ぬくぬく入道

 むかしむかし。

 ある晩秋のこと。

 とある人里近くの山に、「おかしな奴が出る」という噂が立ちました。


「おかしな奴? 何かしてくるのか」

「いや、何もしてはこない」

「なら、何故おかしな奴と分かる」

「姿が異様なんだよ」


 なんでもそいつは、どてらとか、綿入れとか、とにかく防寒具という防寒具を着込みに着込み、着ぶくれして、巨人のような外見になっているらしく。

 そんな奴が、山道にどすんと座り込み、ただじっとして――ときおり話しかけてくるというのです。

 人はそいつを、"ぬくぬく入道"とよびました。


「はた迷惑な奴だ。懲らしめてやろう」

 一人の男が、そう言い出しました。

「別に懲らしめなくてもいいのでは」

「いや、邪魔なうえに、いかにも怪しい。是非とも懲らしめなければいかん」

 そう述べて、男は山に出掛けていきます。

 本当は、何か口実を作ってぬくぬく入道の服を剥ぎ取り、売っ払って一儲けしてやろうという腹だったのです。


 山道を少し歩くと、果たして、例のぬくぬく入道に出会いました。

 高さは、男の倍以上。着込み過ぎて顔も手も足も見えず、もはや服の塊と化しています。

「噂どおりの怪しい奴だ。正体を見せい!」

 巨大などてら、綿入れ、はんてん、簑、足袋、股引き、笠、手ぬぐい……男は、ぬくぬく入道の纏う防寒具を次々と剥ぎ取っていきます。

「寒い! 寒い!」

「何が寒いか、まだこんなに着込んでいるではないか!」


 しかし、剥ぎ取っても剥ぎ取っても、ぬくぬく入道の体らしきものはいっこうに現れません。

 とうとう最後に、猫くらいの大きさのはんてんを剥ぎ取っても、それを着ていたはずの入道の姿は、どこにもなかったのです。

「寒いよう、恨めしいよう」

 姿はないのに、どこからか、ぬくぬく入道の声が聞こえます。

 男は何だか怖くなって、一目散に山から逃げ帰りました。



 翌日。

 ぬくぬく入道が居た山は、一晩で全ての木々の葉がすっかり落ちて、寒々しい、枯れ木の山に変わっていました。

 あと、男は数年後に禿げました。

 それらは、ぬくぬく入道の祟りか、全く関係のない出来事か。

 真相はわかりません。


 その後、ぬくぬく入道を目撃した人は居ないとのことです。

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ウソ知識の泉 カニカマもどき @wasabi014

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