11 悲劇の雷撃隊

 ホーネットのウォルドロン雷撃隊が辿った運命は、この日、アメリカ側に無数に訪れた悲劇の一つであった。

 ホーネット艦長マーク・A・ミッチャー少将の当初の計画では、高度六、七〇〇〇メートルで進撃する爆撃隊と、高度四五〇メートルで進撃する雷撃隊、そのどちらも支援出来るように中間を飛ぶ戦闘機隊の編隊で日本空母を攻撃するはずであったのだが、結果としてそれは机上の空論で終わってしまったのである。

 この時、赤城の搭載していた二一号電探は比較的正常に作動しており、ウォルドロン隊を電探が捕捉するのは筑摩見張り員が視認するよりも二分ほど早かった。ただし、その電探情報が艦隊全体で共有されたなかったところに、日本側の電探を利用した戦術の遅れが見て取れた。

 結局、艦隊が新たな敵編隊の来襲を知ったのは、筑摩からの発光信号によってであった。

 同時に一航戦、二航戦の四空母は一斉に転舵し、敵に艦尾正面を向ける“後落”と呼ばれる回避運動に入った。この回避運動には、敵機から遠ざかる機動を取ることで直掩隊による迎撃時間を長く取れるという利点があった。

 そして、戦闘機隊の護衛を持たないウォルドロン隊に三〇機あまりの零戦隊が襲いかかったのである。

 その戦闘は、完全に一方的なものであった。

 いかに最新鋭雷撃機のTBFとはいえ、戦闘機の護衛もなく零戦の群れの中に突っ込んで行くのは無謀に近かった。

 もちろん、ウォルドロン少佐は付近に味方戦闘機がいるものと思い込んで突撃を開始したのであるが、結果として彼の誤った状況判断が悲劇を生むことになってしまった。

 さらに高度四五〇メートルの低空を飛んでいたため、急降下をかけて加速し零戦から逃れるという戦法がとれなかったことも彼らにとって悲劇であった。

 TBFアヴェンジャーはTBDデバステーターとは比較にならない頑丈さを兼ね備えた雷撃機ではあったが、零戦隊からの集中的な攻撃のために赤城以下の空母への襲撃運動に入る前に次々と撃墜されていったのである。

 だが、ウォルドロン以下の搭乗員たちは勇敢であった。

 出撃前夜、ウォルドロンは敵の迎撃によって最後の一機になったとしてもその一機が敵空母に魚雷を命中させてくれ、と部下たちに檄を飛ばしていた。その指揮官の言葉に、彼らは忠実に従った。

 そして、ウォルドロン自身も自らの発した言葉に忠実であった。

 彼は空母蒼龍まで七〇〇メートルのところまで迫り、魚雷を投下する直前で撃墜され、戦死した。

 結果として雷撃に成功したTBFはジョージ・ゲイ少尉率いる小隊三機のみであり、蒼龍に向かって魚雷を投下したものの、柳本柳作艦長の巧みな操艦によってすべてが回避されている。

 そして、この三機が二〇ミリ機銃によって機体を穴だらけにされながらも辛うじて母艦へと辿り着き、ウォルドロン隊の数少ない生き残りとなったのである。


  ◇◇◇


 その頃、戦場海域上空を彷徨っている編隊が存在していた。

 エンタープライズを発進したクラレンス・マクラスキー少佐率いるSBDドーントレスの艦爆隊三十一機(第六爆撃隊および第六偵察隊)である。

 彼らはエンタープライズ発艦後、高度六〇〇〇メートルにて予定針路を飛行していた。

 しかし、会敵予定時刻であった〇九二〇時(日本時間:七月五日〇六二〇時)になっても、眼下には艦艇一隻存在していなかった。

 あるのは、ただ茫漠と広がる海だけであった。


「どういうことだ……?」


 操縦席で、思わずマクラスキーは首を捻った。

 索敵報告が間違っていたのか、あるいはエンタープライズの飛行長が針路の計算を間違っていたのか、あるいは自分の航法ミスか……。

 彼は航法板を確認したが、何が原因かは判らなかった。

 実際には、マクラスキーは予定されていた針路から五度ほど南にずれて飛行していたのである。さらに第一航空艦隊が第十七任務部隊に向けた攻撃隊を早期に収容すべく東方に進んでいたため、予定時刻になってもマクラスキー隊は一航艦を視認することが出来なかったのである。

 しかし、このまま母艦に帰るわけにはいかなかった。

 この戦いは、合衆国海軍の総力を挙げた決戦なのである。ここで無様を晒すわけにはいかない。

 彼は日本艦隊がどこに向かったのか、考えることにした。

 時刻的に、ジャップはミッドウェーを攻撃した艦載機を収容し終えている頃だろう。となると、ミッドウェー島方面にジャップ空母はいない。

 逆に、第十七任務部隊がジャップ索敵機に発見されたと発艦直前に伝えられていたから、もしかしたら連中はヨークタウン以下の空母を攻撃するために針路を東にずらしたのかもしれない。

 マクラスキーはカタリナ飛行艇がジャップ艦隊を発見した地点を地図で見、そこから東方に進んだ場合どの辺りにいるのか、ざっと見当を付けた。

 そうして自分たちの針路とジャップ艦隊の予測針路を比較してみると、自分たちはどうも南に行き過ぎたように考えられる。

 むしろ、ここは北西に針路を変えるべきか……。

 マクラスキーは燃料計を確認した。すでに燃料計の針は、半分を切ろうとしていた。このまま真っ直ぐ母艦に帰還したとして、帰り着けるかどうかという量である。それで虚しく海に不時着するくらいであれば、やはりジャップ空母を捜索する方に賭けるべきだろう。

 マクラスキーは決断した。

 針路を北西に変えて、再度、進撃することにしたのである。

 燃料を上手く節約すれば、一〇〇〇時までは索敵飛行を続けられる。その時刻を過ぎれば、本当に母艦を目指さなくてはならなくなってしまう。

 時刻は〇九三五時。

 マクラスキーの決断により、三十一機のドーントレスは北西の空へと次々と翼を翻していったのである。


  ◇◇◇


 ウォルドロン少佐のホーネット第八雷撃隊を撃退した第一航空艦隊は、続いてエンタープライズ第六雷撃隊の襲撃を受けることになった。

 ユージン・リンゼー少佐率いる十四機のTBFは、飛行時間が二五〇〇時間を超える熟練搭乗員たちで構成されていた。一航艦の搭乗員たちにも劣らない、優秀な者たちである。

 リンゼー隊が第一航空艦隊を発見したのは、〇九三〇時(日本時間:〇六三〇時)のことであった。

彼らの針路上から見て北西方向に黒煙を発見したのである。これは、第一航空艦隊の護衛艦艇が空母の姿を隠すために展開していた煙幕であった。

 その十分後、リンゼー少佐は二〇浬先に複数の空母を発見した。

 彼は編隊を二つに分けた。一方は自身が直率し、もう一方は第二中隊長アーサー・イーリー大尉に任せる。それぞれで敵空母を一隻ずつ仕留める肚であった。


「ジミー、降りてこい!」


 リンゼー少佐は無線機に向かって、グレイ大尉の戦闘機隊を呼びつけようとした。


「……おい、聞こえているのか!?」


 だが、何度無線機に呼びかけてもグレイ大尉からの返答はない。

 こちらか向こうの無線機の不調か、あるいは別の原因があるのか……。

 リンゼー少佐は上空を見上げるが、そこに味方のF4Fの姿が見えない。

 何故……?

 だが、リンゼーたちにその原因を探っている時間的余裕はなかった。自分たちはジャップ空母を視認し、今まさに突撃に移ろうとしている。燃料の問題もある。ここで悠長にグレイ大尉の戦闘機隊を待っていては、時機を逸してしまう。

 リンゼーは自分たちの不穏な未来を予測しつつも、突撃命令を下す決断をした。


「行くぞ、アーサー! 第二中隊は北側から回り込め!」






「敵雷撃機十四機、二手に分かれて突っ込んできます!」


 赤城見張り員がそう叫んだのは、〇六四九時(現地時間:〇九四九時)のことであった。

 新手の雷撃隊そのものは、すでに利根の見張り員が発見して信号で艦隊全体に警告を発している。


「撃ち方始め!」


 赤城を始めとして、後方に取り残された五航戦とその護衛を除く艦艇が高角砲や機銃の射撃を開始した。だが、零戦隊も新手の敵機に気付いたのだろう。即座に敵雷撃機に取り付いたため、各艦は味方機を撃墜してしまうのを避けるため、すぐに「撃ち方止め」を命ずることとなった。


「敵雷撃機の一隊、加賀に向かいます!」


 この時、リンゼー隊が向かったのが加賀であった。だが、すでに彼らの上空には零戦隊が覆い被さっていた。

 白根斐夫あやお大尉率いる赤城零戦隊がまずリンゼー隊への攻撃を開始し、続いて加賀の飯塚雅夫大尉の零戦隊も加わった。

 加賀まで七〇〇〇メートルを切ったところで、まずリンゼー機が撃墜される。TBFが接近してくるに従って、加賀の対空砲火も再び火を噴き始めた。残りの六機の内、加賀に対する雷撃の射点に取り付けたのは二機に過ぎなかった。

 だが、その二機が投下した魚雷も、加賀艦長・岡田次作大佐の巧みな操艦によって回避されてしまう。

 リンゼー隊はその勇敢さを示しながらも、何ら戦果を挙げることなく壊滅してしまったのである。

 一方、第二中隊のイーリー隊は零戦隊の攻撃を受けながらも、何とか加賀前方を航行する飛龍への射点に付こうとしていた。だが、ここでもやはり指揮官機であるイーリー機が真っ先に撃墜されてしまった。

 飛龍への雷撃に成功したのは、最後に残った第二小隊長ロバート・ラウブ中尉機だけであった。だが、熟練搭乗員である彼の投雷は極めて正確であった。


「取り舵一杯!」


 飛龍では、航海長・長すすむ少佐が左舷から迫る魚雷に対して転舵を命じていた。白い航跡を引きながら、魚雷は飛龍の舷側に向かって進んでくる。

 機転の利いた機銃指揮官が機銃員に対して、魚雷に向かって撃つように命じる。しかし、徒に海上に飛沫を上げるだけで魚雷の破壊には一向に成功しない。

 海上を滑るように進んでくる魚雷に、それを見ていた誰もが最悪の予感を覚える。

 緊迫の数瞬。


「―――魚雷、艦尾に抜けました!」


 ラウブ中尉機の放った魚雷は、際どいところで飛龍の艦尾をかすめて後方に消えていった。

 飛龍に目立った被害はなく、それは残りの三空母も同じであった。






 一方、グレイ大尉率いるエンタープライズ第六戦闘機隊は、未だ無為に空中で待機を続けていた。

 グレイ大尉自身も、どこの隊からも通信が入らないことに不審を抱いて何度か通信を試みていたが、どこからの応答もなかった。

 〇九五二時(日本時間:〇六五二時)、F4F隊の燃料はいよいよ心許なくなってきた。

 彼は一縷の望みをかけて、マクラスキーの艦爆隊に呼びかけてみたが、やはり通信は繋がらなかった。

 一〇〇〇時(日本時間:〇七〇〇時)、グレイ大尉は母艦であるエンタープライズに対して、日本艦隊の位置を報告し、その二分後、母艦への帰投を決意した。

 これ以上は、帰還のための燃料がなかったからである。

 こうしてグレイ大尉の第六戦闘機隊は戦闘に何ら寄与することはなく、虚しくエンタープライズに帰投することとなった。

 結果として、ウォルドロン少佐のホーネット第八雷撃隊とリンゼー少佐のエンタープライズ第六雷撃隊は見殺しにされてしまったわけである。

 さらに悪いことに、生き残りの第六雷撃隊のTBFとグレイ隊のエンタープライズへの帰還時刻が重なってしまったため、グレイ隊はこれをジャップ雷撃機と誤認、危うくこれを撃墜しかけた。

 このため、戦闘機隊に見殺しにされた上に、その戦闘機隊に同士討ちされかかった第六雷撃隊の生還者が激昂、母艦への帰還後、彼らは拳銃を持って第六戦闘機隊の搭乗員たちに詰め寄ったという。


  ◇◇◇


「翔鶴の電探が南西方向に不明機の編隊と思しき反応を探知した。諸君らは直ちに発進し、この確認を行ってもらいたい」


 瑞鶴飛行長・下田久夫中佐からそのような言葉を受けて、岩本徹三一飛曹の零戦が真っ先に瑞鶴の飛行甲板を蹴って飛び立っていった。

 〇九五〇時過ぎ、一航艦本隊から遅れ気味であった第五航空戦隊の翔鶴、瑞鶴から零戦隊が発進していく。それぞれ二個小隊六機ずつの編隊である。

 〇九一八にミッドウェー攻撃隊の収容を終えた五航戦には、一航艦司令部から第三次攻撃隊の準備を命じられていた。

 着艦した航空機は、整備員と兵器員たちが総出で再度の整備と燃料の補給、爆弾と魚雷の搭載を行うことになる。

 収容した攻撃隊は艦首にまとめられ、前部エレベーターで順次、格納庫に下ろされるか、そのまま飛行甲板上で再出撃の準備が行われることになる。基本的に、艦爆は格納庫に下ろし、艦攻は飛行甲板上で補給を行うというのが、第二次攻撃隊発進の手順であった。

ただし当然ながらこの間、艦首部分が塞がっているため、新たな上空直掩隊の発進が出来なかった。

 ようやく九九艦爆を格納庫に下ろし、九七艦攻を飛行甲板後部に移動させて、格納庫から上空直掩用の零戦を飛行甲板に上げて発艦出来たのが、この時刻であった。

 なお、開戦前の訓練の結果から見て、第一次攻撃隊収容後、ただちに第二次攻撃隊の出撃準備に取りかかった場合、第一次攻撃隊の収容から第二次攻撃隊の発進準備完了までの所要時間は一時間半から二時間と見積もられている。

 もちろん、実戦は訓練と違って被弾して損傷した機体もあるであろうから、もう少し時間がかかる可能性もある。

 五航戦を護衛している第五戦隊の高木武雄中将(五航戦司令官の原忠一少将よりも先任。ただし、両者は海兵同期)は、前方で一航戦、二航戦が空襲を受けているのを見て、あえて彼女たちとの距離を保ち続けていた。それどころか、ちょうど付近に雲があったので、その下に翔鶴と瑞鶴を隠すような艦隊運動を取らせていた。

 空襲に伴う回避運動で艦が動揺すれば、整備員たちによる第三次攻撃隊の準備に支障が生じるだけでなく、飛行甲板上で整備を続けている九七艦攻が振り落とされる危険性があったからである。

 そのため、ある意味で一航戦、二航戦が対空砲火の喧噪に包まれているのとは反対に、五航戦の周囲は静寂が漂っているといえた(もちろん、格納庫や飛行甲板上では整備員たちの作業で喧噪に包まれていたが)。

 そうした中で、何とか正常に作動していた翔鶴の二一号電探が南西方向三万八〇〇〇メートルの距離に航空機の編隊と思しき反応を探知したのである。

 小隊を率いる岩本徹三一飛曹は、ひとまず機体を南西方向に向けつつ、自身の小隊の集合を待って高度六〇〇〇メートルまで上昇することに決めた。

 零戦二一型が高度六〇〇〇メートルまで上昇するのにかかる時間は、約七分二十七秒とされている。

 恐らく、一〇一〇時過ぎには翔鶴、瑞鶴を発艦した全機が目的の高度に達していることだろう。

 そう考えつつ、岩本徹三一飛曹の機体は抜けるような蒼穹へと上昇を続けていた。

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