第2話 未知との戦闘
「……じゃあ、俺が生みの親側についたらどうなるんだ?」
「それならそんなそぶりを見せる前にアンタを殺してやるわ。アンタの体がなくても私はアンタの汚いその魂を壊せるから」
恐ろしいことを言うガキだ……。特にその目が怖い。キラキラと輝いているが、これは娯楽のためなら自分の好き勝手に何でも出来ると思っているガキ特有の無邪気さの表れ。こういう無自覚の暴力が一番怖い。
「……そんな気はねえよ。急に走り始めた直感が、お前と敵対するのだけはやめとけって言ってんだわ」
「じゃあ私に従属する?」
「……そいつは嫌だ。俺は戦いもせずに誰かの足にしがみついて楽するのだけはごめんなんだよ」
敵の姿を視認する。真っ白で不気味な姿。攻撃で使ってきそうなのはあの光り輝く羽か。まずその体を構成する物質はなんなのか。俺の体がおかしくなって、現実味を帯びない現象を目の当たりにしている以上、同じく超常の存在であるこいつに普通の打撃や刺突などが効くのだろうか。
それに加えて──今の俺の体がどんな状態なのかは把握しきれていない。ただ普通に座るだけでも10分をかけてしまうほど制御しきれていないのだ。この状況をどうにかできるのかは未知数。
「ならアンタは自分の力でアレを倒すってことね。いいわ。私はここで見てるから」
エルゼは瓦礫の上に座り、足を組んでニヤニヤ笑っている。弱者同士が殺し合う醜い姿を汚らしいとでも思っているんだろう。
「……チッ、気に食わねえな……おい! 宇宙人!! よくも俺を殺してくれたな!! この代償はテメエの命で償ってもらおうかァ!?」
挑発とか効くんだろうか? それに人間の言葉をこいつらは理解できるのか?
「────」
「うぇ!? キッショ!?」
挑発が効いたのかは知らないが、やつの体の中央部にあたる部分が裂き、中から幾つものブヨブヨした肉の管がミミズのように這い出てきた。あれだ。多分あれで俺は内臓を引き抜かれたんだ。
「────」
音を発することもなく、宇宙人は光り輝く羽を羽ばたかせ俺に向かって突進してくる──!
「うおっ!?」
咄嗟の回避で部屋の外に転げ出る。やつは腹の管を蜂の針のような形状に変えて俺を突き刺そうと迫って来たのだ。実体がないとかエルゼは言っていたが、当たらないに越したことはない。もしあれが魂とやらを傷つける力があるなら危険だ。
部屋の外は原っぱが広がる見晴らしのいい場所だった。どうやら俺がいたのは洋館だったようだ。ここがどこなのかなんて分からないが、原っぱは月光に照らされ、周囲もしっかりと視認できる。ここならばとりあえず不意打ちを食らう心配はない。
身構えていると崩壊した部屋の中で宇宙人とエルゼが対面し、エルゼは目を見開いて宇宙人を見ていた。互いに口を交わすことはない(宇宙人には口がない)が、何かを確かめるように見合っていた。
諦めたかのように宇宙人はゆっくりと向きをこちらに向け、また俺に向かって突進してくる。
「さっきの間は……なんなんだよッ!」
俺はタイミングを合わせてやつの突進を避け、それと同時に身を翻して回し蹴りを叩き込んだ。思っていたよりも宇宙人の身はしっかりしていて、プラスチックの塊を蹴ったかのような角ばった感触だった。
「ハッ! 舐めんなよ!! こちとら大学で武術サークルに所属してんだ! 実践すんのは初めてだが……テメエをサンドバッグ代わりにして、ボッコボコにしてやるぜ!」
宇宙人はさっきの蹴りで10メートルは吹っ飛んだ。力が昔よりもスムーズに、かつしっかりと体に入る。これがエンプティとやらの体なのか?
「────」
「お? キレてんのか? えぇ?」
表情が無いため目には見えないがこの宇宙人は怒りを放っている。第一に挙動だ。羽の動きがより激しく乱雑になっている。そして第二にそのエネルギー。こいつの体から感じる何かがより強まっている。これは──嫌な予感がする。
「────!」
「──ッ! やっぱりかよ!」
やはり来た! 不規則な飛行で攻撃の筋が読みづらい! それに管の量が増えやがった……! この攻撃範囲は避け切れるのか……!?
「チッ……! しゃらくせぇ!」
避けきれないなら最低限のダメージに抑えてカウンターするのが基本だ。俺は身をかがみ込んで相手の勢いを利用するように蹴りを入れる。しかし、避けきれなかった管の三本ほどが俺の足に刺さる。
「ぐっ──!? ああっ…!」
痛え!? 刺されたところではなく、体の中心あたりにズッシリとした衝撃と痛みが走り出す。そしてその管は体の中の何かを搾り出そうとしているかのように収縮を始めた。
「こんの……! 野郎!」
俺は管に手刀を叩きつけた。すると手刀は打撃に過ぎないはずが管を叩き切る切れ味を持っていた。
「────!」
宇宙人が少しだけ怯んだ。今がチャンスだ。
「ふんっ!」
俺は宇宙人の顔面部目がけて思いっきり殴った。真っ直ぐに入った拳はしっかりとその面を拳の形に凹ませ、宇宙人を吹き飛ばす。
その際にチラと見えたもの。宇宙人の管に覆われた腹の中央に青白く光る球体が見えた。あれが恐らく弱点、急所だ。
「もらったあああッ!!!!」
拳を強く握り込み、球体めがけて振りかざす。敵は抵抗できないはずだ。さっきの一撃は完璧に決まった。今の俺の力ならば、このまま──
「────」
「! こいつ……!」
忘れていたことが一つある。それはこいつの正体が未だ何なのかを理解できていないということだ。
球体を取り囲うように埋め尽くされた管。それの数がさらに増えていた。それは数秒後に爆発を予感させる伸縮を行っている。正しく肉の壁と化したその毒素にこのまま俺は手を突っ込めるのか──。
いや、迷ってたらこれに魂とやらを食い尽くされるだけ……! 「死ぬ」か「死ぬかもしれない」なら「かもしれない」を取るに決まってんだろッ!!
「うおあぁぁっ!!」
思いっきり拳を握り込む。思いっきり拳を振りかざす! ただ、それだけだ──!
「──馬鹿ね。
「え?」
殴ろうとしたその時、青白い球体が目の前へと突き出てきた。それには白くてすらっとした指が食い込むように握り込まれていて、少しずつ軋む音を発したかと思うと、風船のように破裂した。
顔に中から飛び散った黒い血がかかる。何とも言えぬ匂いと黒色に包まれ、不快感が襲う。
宇宙人の羽がぼとりと落ちる。それと同じようにその白い身体も崩れ落ちる。光を失ったその身体は金色の粉と化し、風に吹かれて消え去った。
消えた先にいたのは月光を反射し、白銀に輝く少女。頬に黒い血を垂らし、それを舐めとる姿は恐ろしくも情欲的だった。
「……お前、見てるって言ったよな? なんで手出ししたんだよ」
「気まぐれよ。あまりにも無防備な背中が見えたから刺したくなっちゃったの」
握り潰して干からびたその残骸を投げ捨てる様はさながらペットボトルを路上に捨てるかのような気やすさだった。
「……へっ、怖い女だな。お前はよ」
俺は決めた。こりゃ仕方ねえや。
「……お前につくよ。俺だってこんなやつに人知れずやられたくはねえ。だから俺はお前に協力してやる。その代わり……死にそうになったら助けてくれね?」
「うーん……気が向いたらね」
うわ、こいつマジで言ってる。つまり俺の生死(もう死んでるらしいが)はこいつに委ねられてるということだ。
だけどこいつなら、意外とさっきみたいに助けてくれるんじゃないかなと俺はちょっとだけ期待した。
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