君と見た花火を、君のいない世界で僕は
〇〇
第一章・もしも
--電子音が、僕と君だけの世界に響く--
時々テンポが狂うそれは、普段は少しも気になることがない音のはずなのに、今は君の命の終わりが近いことを残酷なほどはっきりと示している。
僕は病室に広がる重く
--もしも願いが叶うなら、もう一度あの笑顔で僕に、笑いかけてほしい--
…返事は返ってこない。諦めて彼女の方に視線を向けた時、僕は目を見開いた。
「…雅…彦……?」
目が合った。僕は急いで彼女の方へと駆け寄り、その小さな手を勢いよく掴んだ。
「……琴葉! 大丈夫なのか……⁉」
僕がそう問いかけると彼女は痩せこけた顔に笑みを浮かべ、小さく
突然の出来事に理解が追いつかず、
「雅彦に、伝えたいことがあるの……。聞いてくれないかな……」
僕は
「ねえ雅彦、二年前のこと…おぼえてる……? ちょうど今頃だよね……」
……二年前? それも七夕と言えば、高校三年、君が大人と呼ばれるようになってすぐの頃の話だ。
僕は僕の中の記憶を辿る。辿る、辿る……
…あった。
記憶の行き止まりにあったのは、よく晴れた夏の初めのこと。
初恋の人である夏野琴葉(なつのことは)に告白をして、見事に散った記憶だった。黄昏、教室、琴葉。僕の
僕、冬野雅彦(ふゆのまさひこ)は放課後の教室に彼女を呼び出した。夕日が沈もうとする窓の外ではきらりと一番星が輝いていて、彼女は
「今日は…来てくれて、ありがとう」
「うん、大丈夫だよ。……話があるって言ってたけど、どうしたの?」
彼女の黒髪がこの世界に
「ずっと…ずっと前から、琴葉のことが、好きでした。もしも…君が、こんな僕でいいと言ってくれるなら……僕と、付き合ってください」
「……え?」
彼女は突然の出来事に
「アハハッ!」
静寂をかき消すように彼女の笑い声が教室に響く。
…ああ、振られた。
「……ごめん」
そう一言残して、僕は逃げるようにその場を去った。教室を出るとき
「…え? ちょっと! 雅彦、待ってよ! どこ行くの?」
声を掛けられたが、とてもじゃないけれど振り返ることなどできなかった。彼女は、情けない僕に呆れたのか、それ以上追ってこなかった。
…なぜ、あの時振り返らなかったんだろう
自分の
「……懐かしいね。雅彦の真剣な顔、今でも思い出すよ…。いきなり告白されて……びっくりしちゃった」
琴葉はそう言って笑う。少し
「……どうして逃げたの?」
彼女の一言に僕は胸を突かれた。僕は不誠実で、どこまでも自己中心的だ。
「……振られるって分かってて、返事を聞くのは、僕にはできなかった。本当にごめん。
……許してもらえないかな?」
僕は彼女のほうを見て、彼女の
「……いやだ。だってあのとき、わたし
ひどく悲しい顔をして、彼女はそう言い放った。所々詰まって、ゆっくりなテンポの口調が、僕の心を更に締め付ける。
あぁ、僕はなんて最低な奴なんだ。
僕は君から、恋を奪った。未来を奪った。
僕は何も奪われていないのに。それどころか僕の
君を、傷つけてしまった……
「…‥もしも、雅彦と付き合えてたら、わたし、幸せだっただろうな……」
琴葉は一筋の涙を流しながらゆっくりと目を閉じ、そのままどこか遠くへ行ってしまった。
病室に広がる二人だけの世界は、いつの間にか僕だけがただ一人取り残されてそこに残った。
家に帰る時、病院のエントランスに七夕の笹と短冊を見つけたので
「二年前に戻りたい」
そんな、叶うことのない願いを書き、病院を後にする。僕の住むアパートは病院の目と鼻の先にあるため、すぐ家に着いた。鍵を開けて部屋に入ると、見慣れた景色がいつものように広がっている。この部屋は狭いが、窓からの視界を
琴葉と見たかったな……
いや、こんなこと僕が願ったら駄目か……
満月だと言うのに妙に薄暗い月明りの下、やり場のない後悔は涙へと変わり、上から下へ頬を伝い、音もなく底に広がる暗闇へと落ちてゆく。
その夜、不思議な夢を見た。僕はどこかの部屋のソファーに座っていて、目の前にはテレビが一台置いてある。それには何故か砂嵐が映っていて、僕はその異様な光景に目が離せなくなる。ザー、ザー、と砂嵐の音だけが不安感を
それを一言で表すとするならば、僕の知らないあの日のことだった。
僕が教室から逃げた後、琴葉は一人、教室に残された。画面の中の彼女はひどく落ち込んでいるように見える。彼女がぽろぽろと涙を
その時、突然扉をたたく音がした。
ハッとして僕は扉の方を見る。
ギイ…と音を立て、ゆっくりと扉が開く。そこにいた人物の正体が分かった時、僕は衝撃を受けた。
それは、琴葉だった。
彼女は何も言わずこちらへと近づいてくる。僕の鼓動は走った後のようにドク…ドク…と大きく速く脈打ち、何とも言えない緊張感が僕の体を駆け巡る。もう目の前に琴葉がいる。しかし、どうしてだろう、声を掛けたいのに喉からは音が抜けて
「……行こう」
彼女は僕にそう耳打ちしておもむろに僕の腕を掴み、扉の向こうに広がる真っ暗な世界へと僕を
彼女に手を引かれるがまま、僕は
不思議と恐怖はなかった。
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