03-10:赤と黒。それと黄の神子
(これまでのあらすじ:緑の神子、青の神子の模倣体を退けた魔王討伐隊。次は、赤の模倣体が現れるらしい)
「今のうちに、回復と支援を」
「あ、私にもお願い」
重厚なエンジン音を響かせながら、リコが戻ってくる。
「オドくん、立てる?」
「な、なんとか……」
ヒュペラの手を借り、オドは立ち上がる。
「バフ、掛け直しますね」
「回復は私がやります」
オドとイロハの手により、肉体の傷は癒え、支援魔法の状況も戦闘前と同じ状態に戻った。
「……む」
支援を受けながら、
「どしたの?」
ルノフェンが首を傾げ、尋ねた。
「マナの気配が、分かれている……?」
詳しく聞くと。魔王のプレッシャーを、一行を挟み込むような二点から感じるそうだ。
「そも、前回はあのような……進行通知はなかった。今回は、奇妙だ」
「ふーん……」
ケースがどうの、という話だろう。
ともかく二体同時に来るなら、討伐隊が取る戦術も変わる。
「オドくん。少しこっちに」
フィリウスが戦術を説明し、オドは了承。
事前に描いておいた魔法陣の上に立ち、魔力消費を軽減する。
「分かりました。《アース・コントロール》」
にわかに、うねうねと地面が脈打つ。
地形の操作としては。
まず一行を挟むように、二枚の壁を作る。長居はしない。初撃を凌げれば、それでよし。
次に、壁と並行に溝を掘って逃げ、これを当初の予定であった塹壕とする、というものだ。
「急いでやると、マナの消費がおっきい……!」
額の汗を拭うオドに、声がかかる。
「ぼくとマナタイトダストのこと、忘れてない?」
ポシェットから半身を乗り出し、ディーが小瓶を差し出していた。
「……ありがと。使いどきだね」
瓶を受け取って開け、その中身をさらさらと舌の上に乗せる。
マナタイトダストは舌の水分によって溶け、強烈な甘味とともにオドの魔力を回復させていった。
「いざというときはぼくも出てくるから。ちなみに、拒否権はないよ」
「え……危なくない?」
「オドが死んだ時の『オシオキ』を考えると、一緒に死んだほうがマシだからね」
「縁起でもないよ……!」
魔力の回復もあって、作業は順調に進む。
「……できた」
「良いんじゃない? 少なくとも視線は通らないだろうし。じゃ、ぼくはまた引っ込む」
「ありがと」
ディーはポシェットに潜り、器用にジッパーを閉じた。
「準備できました!」
「善き哉」
次の戦闘が始まり、配置につくまでは、早く走れたほうが良いからだ。
オドの準備が終わるのを待っていたかのように、討伐参加者の耳へ声が響く。
『ケース、赤の神子』
「来るぞ!」
フィリウスの声とともに、土壁の向こうへ強大な魔力が落ちてくる。
一行は、挟み撃ちにされていると肌で感じとった。
「
「ちょっ……ルノフェン!? 逃げ足はっや!」
壁を蹴り、塹壕に向かって加速するルノフェン。
その胸を、過剰威力の銃弾が撃ち抜いた。
BLAMN!
遅れて銃声が鳴り響く。
ルノフェンの《インシュランス》が消費され、そのまま彼は二つの壁の合間を抜け、塹壕のない側に向けて弾き飛ばされた。
◆◆
「うっわ、それアリ?」
狙撃態勢のリコは、一部始終を目撃していた。
二地点に現れた魔王のうち、リコの模倣体はバイクに乗っていた。
丁度、リコの乗っているツィークル相当のものだ。機動力は高い。
まず初撃は捨て、塹壕に入ることを優先し。
誰かが追って飛び込んでくるようなら、そいつを狙う。
結果として、ルノフェンは撃たれた。
視界が閉じていることが、今回は仇になったか。
「となると、次は……」
リコは二つの模倣体のうち、ナナの似姿を撃つ。
ナナの方は徒歩。だが、構えた銃は【赤の銃】の試作品。
破壊力は、本物と変わらない。
故に、殺せるうちに殺す。
BLAMBLAMN!
銃声が重なる。
ルノフェンがもう一度、今度はナナ模倣体に撃たれて、お守りが役目を果たす。
仲間を撃った代わりに、こちらはヘッドショットをくれてやる。
「――!」
ナナの模倣体は一撃で消滅。
二体に別れた分、一体の耐久力は低めと見積もるべきか。
あるいは、ろくに魔法を使えないという条件が
ともかく、これでシンプルになった。
「行くよ、ツィークル」
このポイントには留まれない。なぜなら――
KABOOM!
先程まで私が居た箇所に、魔法弾が撃ち込まれて爆発。
他のメンバーならかすり傷かもしれないが、私にとっては恐らく致命傷。
《インシュランス》とお守りで二回は耐えるが、それきりだ。
討伐隊も動きはじめた。
魔王と一行を隔てるように壁を作り、二つ目の塹壕を掘り始める。
彼女は迂回を諦め、塹壕に閉じこもることに決めたようだ。
なぜなら、塹壕の反対側にも、行く手を阻むように別の壁。
オドの魔力の消費は相当なものだろう。私には分からないが。
とにかく、私が最も危険な位置だ。
他のメンバーは射線を切った。私は、いつでも撃たれる可能性がある。
魔王のトリガーを引く指が見える距離じゃない。
どのタイミングで撃たれるか、知ることはできない。
その事実が、心臓を力強く脈打たせた。
「……」
次の狙撃ポイントに到着。
ナラの幹に隠れ、魔法弾を込める。一発二千シェル。私専用の、特注だ。
残念なことに、質量弾で狙える位置取りではない。
塹壕とは、そういうものだ。
狙いを定め、トリガーを引く。
KABOOM!
魔法弾は過たず魔王の頭上で爆発。
一瞬遅れ、BLAMN! と銃声が響くと、反撃とばかりに私の右腕が重い衝撃を受けた。
質量弾だった。跳ね飛ばされ、《インシュランス》が発動。
「やるね。私なら、この程度のカウンターは造作もないってことか」
爆発に乗じ、塹壕内にヒュペラと
……ノッているときの私は、確かに手が付けられなさそうだ。
ともかく、これで受けていい攻撃は残り一回。
対して、もし模倣体の装備が革命時と同じなら、倒すには後四発必要だ。
「狙われるけど、しょうがないか」
意を決し、バイクに乗り込む。
次のポイントには向かわず、幾度となく車体を跳ねさせながら、塹壕に向けて悪路を進む。
「ツィークル、バズソーモード」
「推奨されません。隠密に支障をきたします」
「むしろ、それが狙い」
「……了解いたしました」
まるで「やれやれ」と言わんばかりの、ため息を模した電子音声が漏れる。
「やるからには、ちゃんと操縦してくださいね」
「もちろん」
リコがハンドルグリップを握ると、ツィークルはマニュアル操縦に変わる。
そして、その側面の装甲がパージ。
中から、丸ノコめいた機構が飛び出した。
バスソーは威圧的な駆動音を立て、ツィークルの周囲を飛び回る。
もし不幸な野菜もどきが彼女に近づけば、瞬時に千切りめいた凄惨な死体と化すだろう。
BLAMBLAMN!
魔王は瞬時に注意をこちらに振り向け、拳銃で二発撃つ。
一発はバスソーに当てて弾く。もう一発は、車体で受ける。
ツィークルの耐久力は、拳銃での一撃に耐えるように設計してある。
気づけば、リコは獰猛な笑みを浮かべていた。
塹壕にこもれば、膠着状態となる。
平衡を破るには、トリックスターが必要だ。
リコにとってトリックスターの役割を担うのが『最適解』であると、彼女自身も確信していた。
「だよねえ。
【赤の銃】は、片手では撃てない。故に、リコはすでにそれを背負っている。
今や両者の得物は同じ、ハイグレードの量産型拳銃だ。
アドレナリンが、血管を駆け巡る。
魔王がリコに手を割いた結果、
予想通り、魔王はバイクのバズソーモードを起動。
壁として扱い、自身は塹壕を登って、討伐隊とは逆方向に脱出する。
「魔王が逃げるよ!」
「私が追う! 《テレポーテーション》!」
討伐隊からも魔王の姿が見えたようだ。
フィリウスが眼前に転移し、行く手を阻む。
魔王は咄嗟に拳銃で二回フィリウスを撃つ。
一発目でよろめき、二発目で後方に倒れる。
アダマンタイトの鎧ゆえ、傷はさほどないだろうが、大きな隙ができた。
スプリントで走り出す魔王。
リコはそれを咎め、拳銃で牽制。
魔王は無視して逃走を続け、ダメージはお守りで受ける。後三発。
向かう先は、岩が立ち並んだ窪地。
あくまで基本に従い、遮蔽を作るつもりか。
追われる魔王、追う討伐隊。
残りのメンバーも続々と塹壕から這い上がり、追撃を狙う。
「……まずい!」
魔王には、まだ隠し玉がある。
革命時、準備はしたが使わなかったもの。
パイナップルめいた形状をしたそれを、魔王は懐から取り出す。
グレネードだ。
爆発すれば破片と爆風で周囲十五メートルを殺傷する、恐るべき武器。
逃走の最中、気づかれぬようにピンを抜かれた爆弾は、投げ放たれずに後方の地面に転がされた。
「はぁ!? なんであんなモン持ってるんだよ! 《ブラスト・バリア》!」
ルノフェンは、分かっているようだ。
後方のオドとイロハを制止し、爆風軽減の結界に閉じ込める。
「……姿勢を下げて!」
「えっ――」
「何――」
リコの警告もむなしく、グレネードは派手な音を立て、爆発する。
ヒュペラとフィリウスが巻き込まれ、その衝撃で弾かれる。
当然《インシュランス》も発動した。
魔王はというと、すでに窪地に到着。
フィリウスに【赤の銃】での追撃を決め、お守りをも破壊する。
リロードを始めた魔王の脇腹を、今度はツィークルのバズソーが引き裂いた。
「――!?」
意識外からの攻撃に、魔王は明確にたじろぐ。
窪地にはすでに、完全武装のリコが入り込んでいた。
反射的に【赤の銃】から拳銃に持ち替え、撃とうとするも。
CLICK!
と、無慈悲な音が鳴るのみだ。
「塹壕内で四発。逃走時に二発。そして――」
BLAMN!
銃口から遅れて放たれた銃弾を、リコは「分かっている」とばかりに避ける。
「――遅発加工が一発で、おしまい。ギミックを知り尽くしてる、私が相手ってのが良くなかったね」
リコは己の拳銃を魔王に向ける。
「【赤の銃】は弾切れ。グレネードも使った。拳銃はさっき言った通り。要は、詰みだ」
まだ何かやる? と挑発するリコに対し、魔王は掴みかかろうとする。
BLAMBLAMBLAMN!
眉間に向けて三発。
オートマチックな射撃のすべてが、過たず魔王を貫く。
「――、――」
魔王から赤いノイズがこぼれ、散ってゆく。
彼女は残った魔力とともに地面に染み込んでいき――
『ケース、赤の神子。完了』
フェーズの終了が告げられた。
◆◆
赤の模倣体を倒した直後。
集合を済ませた一行の耳に、進行通知が響く。
『ケース、黒と黄の神子』
「……む」
「一瞬魔力を感じたが……すぐに消えた」
「先ほどと違う感じですか?」
「うむ」
フィリウスは聞きとがめ、《コンパス》で、魔王の出現位置を探る。
「……ダメだ。機能しない。どういうことだ……?」
首を傾げる。
今まで、この呪文が機能しなかったことは一度もない。
最下級であり、基礎の呪文だ。
「ってかそもそも突っ込みたいんだけど、黒はオドくんとルノフェンだとして、黄の神子って誰?」
「黒はオド。黄がボクじゃない? ほら、ボクの加護は大体アヴィのだし」
「ふーん……」
そう言って、ヒュペラは自らのポーチからお守りとマナタイトダストを取り出し、乱雑に捨てた。
【世界樹の枝】も放り投げ、素手である。
「……? ヒュペラさん、今のは……?」
「え?」
オドの問いに、彼女はぽかん、と口を開けた。
「だって、アレでしょ? 『強敵と戦うときは、武装を捨ててから戦うのが常識』って。えっ、なにか間違ってる?」
「《
間をおかずフィリウスが正気化の呪文を仕掛ける。
効果は出ない。
「フィリウス。発音が間違っている」
「そんなまさか……。下級呪文だぞ?」
「確かに、冒頭が“ザ”であった」
「……んん、“ザニティ”ではなかったか?」
カチッ、カチッ。
オドが、音を立てている。
見ると、彼は自らの学ランのボタンを外し、脱いでいる。
リコは拳銃の分解を試みている。
ルノフェンは四つん這いになり、微笑むイロハをハッハッと息を上げながら背中に乗せ、歩いていた。
「……精神操作系か。悪辣なことだ」
魔王はまず、隠密の呪文を自身に唱え。
その後一人ひとりに《ギアス》を掛け、無力化していったと考えるべきだろう。
とにかく、状況は刻一刻と悪くなる。
オドはベルトを外し、スラックスまで脱ぎ始めた。
対策を練る。
この中で難度の高い陽光の呪文を使えるのは、オドとフィリウス。
フィリウスは恐らく詠唱を制限されている。トリガーワードなしで魔王の魔力を上回るのは、ほぼムリだ。
「悪いが、使わせてもらうぞ」
「あ……うん。良いけど」
ヒュペラが投げ捨てた小瓶を拾い上げ、封を開ける。
「
オドは中途半端に抵抗に成功したのかもしれない。
己の脱衣行動に、若干ながら疑問を抱いている。
「口を開けろ」
「は、はい……」
あーん、と開口。その中に、マナタイトダストを流し込む。
「言葉を繰り返せ。《マス・ディスペル》」
「……? 《マス・ディスペル》」
解呪の呪文を唱えさせる。
変化は、歴然だった。
瞬間的に増大したオドの魔力は、魔王のそれを上回り。
バキバキと、一行を包んでいた認知の結界が剥がれて行った。
結界の中心に、黄色に輝く模倣体が佇む。
隠密が解けるやいなや、悠々と立ち上がり、結界を維持していた黒い模倣体の元へ歩んでいく。
「……え? なんで、わたし、脱いで……!?」
うろたえるオドの元に飛んできた《ミアズマ・ランス》を、
「洗脳だ。もう解けた。
「わ、分かりました!」
ジャケットとスラックスを拾い上げ、オドは遮蔽に隠れる。
「うわっ、砂だらけ!」
リコは地面に落ちた拳銃の部品を手に取り、戦闘中の修理を諦める。
代わりにツィークルに乗って走り去る。
【赤の銃】で戦うようにしたようだ。
「《ライトニング・ブレード》!」
ルノフェンの上から退き、距離を取るイロハに組み付きに行った黄の模倣体を、フィリウスが妨害。
「《アイアス・シールド:バッシュ》!」
「《アイアス・シールド》! 呪文も問題なさそうだ!」
黒の模倣体による反撃を、さらなる盾で受け止める。
実力伯仲。互いの盾は対消滅し、光の粉と化す。
「何が『常識』だァっ!」
武器を拾い上げたヒュペラも戦線に参加。
《ゴリラ・マッスル》で強化した跳躍叩きつけを仕掛ける。
「《アイアス――」
黒の模倣体は防御呪文を唱えようとするが、黄の模倣体が脚のブースターを起動してタックル。
【世界樹の枝】の一撃を辛うじて回避する。受けていれば、かなりの打撃であったに違いない。
「《マス・レジストアップ》!」
オドによる支援も掛かる。
二度目の《ギアス》はないぞ、と言いたげだ。
BLAMN!
空を裂く銃声。
後退しながら放たれたリコの一撃が黄の模倣体に突き刺さる。
機械とマナを編んだ肉体の、深い傷口はシュウシュウと音を立て、自ずと塞がれていった。
「《ヒール・オーバータイム》ですかね」
「わたしもそう思います。あっちは支援魔法がいっぱい掛かってる状態なのかな……?」
念の為、オドが《アナライズ》を行使。
魔王は一旦「《マス・テレポーテーション》」で距離を取ったようだ。
転移間際にフィリウスが《ゾディアック・トライブ》をねじ込み、互いの位置を共有することには成功した。
「《ヒール・オーバータイム》の他には、《マジックアップ》《レジストアップ》《インシュランス》《ストレングス》《インドミタブル》《アンチ・クリティカル》が掛かってます」
「耐久を上げて魔法で削る、か」
オドの話を聞いたフィリウスが、戦略を練る。
「支援が切れるまで待つという手は?」
「多分、今みたいに距離を取って支援を掛け直してきます。むしろ、休息を与えず攻めるべきだと思います」
「ふむ」
ルノはどう思う? と、オドは話を振る。
「同感。どうせあっちもマナタイトダスト持ってるでしょ。持久戦は、むしろ分が悪いよ」
「分かった。なら、攻めるとしよう」
「はぁい」
フィリウスが手を差し出す。
「《テレポーテーション》で飛ぶ。奇襲するなら、こうするのが早い」
一行は頷き、手を重ねる。
「行くぞ。《マス・テレポーテーション》!」
◆◆
ブン、と音が鳴り、転移が発動する。
視界が暗転し、すぐさま復帰。
「ぐうっ!?」
転移のコストとして、フィリウスの肉体から大量の魔力が抜けてゆく。
彼もこうなることは予期していたようで、マナタイトダストの小瓶を開けて、兜の下から一息に飲み込んだ。
「山の麓じゃない! ここは……!?」
イロハが周囲を見渡す。
朽ちた石畳。
アンデッドの屍肉、骨片。
風化しかけた建物に、長剣に従う短剣二本の紋章。
太陽の光から逃れるように薄暗く、闇のマナに覆われた、元大都市。
「多分、シュヴェルトハーゲンの旧王都ね。二キロは転移した。この人数は神子でも無茶だよ。フィリウスさんは休んだほうがいい」
「……恩に、着る」
ヒュペラの指先でググと押され、路端に寝かされたフィリウスの息は、上がっている。
「《デーモン・アーム》!」
黄の模倣体が建物から飛び降り、闇腕での一撃をイロハに。
「《リフレクション》!」
自衛。呪文で弾いて隙を作る。
同じ軌道で跳んできた
「――!」
やはり、傷は塞がる。
飛び離れようとする魔王を「《ロング・リム》!」ヒュペラが捕まえ、改めて地面に叩きつける。
「もう片方は?」
「オドとルノフェンが抑えている。逃がすな。こいつはここで潰す」
「イイねえ」
ヒュペラは魔王を掴んだまま、離さない。
「《ミアズマ・ランス》!」
ならばと腕を狙う魔王に、イロハの《チェーン》が絡みついた。
攻撃呪文の狙いが逸れ、建物を貫く。
「《アンチ・バインド》!」
やむを得ず、魔王は拘束解除の呪文で脱出を強行。
支援魔法の差もあって、拘束していたヒュペラとイロハは弾かれる。
「くっ!」
「やっぱそうなるか!」
脚のブースターを起動し、魔王は上空へと逃げる。
「……逃さん」
躊躇なく投擲。骨片は一直線に飛翔し、右足の排気部に突き刺さる。
モノが詰まった右ブースターは、「フェイタルエラー。異物を排除してください」と電子音を立てて、駆動が止まった。
「……マジ?」
呆気に取られるヒュペラ。
イロハは
その呪文が、もう片方のブースターも汚す。
先ほどと同じ電子音。
両脚の推進力を失った魔王は、自由落下を――
「《フライ》!」
高度を持ち直し、なおも逃げ始める魔王。
黒の模倣体の方へと向かう。
「十分です。《マス・フライ》!」
イロハも同じ呪文を唱える。
ヒュペラと
「あー、ごめん。私はフィリウスさん運んでくるわ」
「俺がやる。ヒュペラ殿は、追跡を」
「……ああ、そっか。おっけ。そうするね」
「かたじけない」
そこに、ヒュペラが水を差すべきではないと考えた。
ともかく、ヒュペラはイロハの後をついていく。
「ねえ、《フライ》だったら、魔力の多い方が速くなるんじゃない?」
言わんとしていることは、魔王のほうが先に合流してしまわないかという危惧である。
「なので、妨害を入れています。《ダウンバースト》!」
魔王の前方に、下降気流を召喚。
抵抗に失敗すれば、地面がそのまま敵になる。
確実に抵抗できるなら、魔王はそのまま突っ切ることを選ぶだろう。
だが、迂回した。
身体の損傷は、抵抗力の低下を招く。ブースターの故障も、例外ではない。
「まあそれに。黄の模倣体の機動力は削ぎましたから。縦横無尽に動かれさえしなければ、勝てますよ」
「……だね」
BLAMN!
肯定するように、【赤の銃】。
頭部を貫き、バランスを崩した魔王は民家の屋根に転がる。
《フライ》では緩慢にしか飛べない。
まさに、リコにとっては良い的だろう。
起き上がる魔王。
空中に逃げることは諦めたようで、ファイティングポーズを構えている。
ヒュペラとイロハは、頷きあった。
屋根に着地し、武器を取る。
「《ミアズマ・ランス》!」
イロハを狙った攻撃を、ヒュペラは【世界樹の枝】で一方的にかき消す。
「《エンチャント:サンダー》!」
守られながら、的確にレイピアへ雷を付与。
大きくステップして武器を払うと、ムチめいた雷撃が魔王を襲う。
「ピガガーッ!」
ノイズが散る。有効打。
麻痺した魔王を、今度はヒュペラが殴りつける。
魔王は横薙ぎの一撃をまともに受け、屋根から地面に叩きつけられた。
「《インシュランス》は?」
「《ディスペル》。今ので無効化しました」
再び立ち上がろうとする魔王の背中を、ヒュペラは踏みつける。
「トドメ、どっちが刺す?」
「お願いします。拘束はしますので」
「分かった」
イロハが《デュアル・チェーン》を唱え、雁字搦めに魔王を縛って這いつくばらせる。
「私さ、初めてルノフェンを見た時、『なんて文化的で素敵なんだろう』って思ったんだ」
ヒュペラは肩を回す。
【世界樹の枝】が呼応する。まるで、クスクスと笑うように。
「蓋を開けてみれば、毎晩淫蕩に耽るクズで。誰彼構わず抱いてさ? 私のことも……」
魔王は、恐怖に震えている。
「はぁ」と息を吐き、ベースボールの打者めいて【世界樹の枝】を構えた。
「言いたいことは、たった一つ。貴方はただのルノフェンの似姿だけど、憂さ晴らしさせて」
周囲の空気が歪む。
怒気と、魔力に満たされる。
「私の――」
力を込める。
全身全霊の一撃を見舞うために。
陽炎めいて立ち上がる怒気が、視線が。
ルノフェンの模倣体を貫いた。
「――初恋を、返しやがれえええええええっっっ!!!!」
振り抜いた【世界樹の枝】が、強かに顔面を打ち据える。
「――! ――!」
魔力の軌跡を描いたスイングが、魔王を跡形もなく消し飛ばす。
黄色のノイズが視界を満たし、マナとなって溶けてゆく。
後にはスッキリした面持ちのヒュペラと、「わーお……」と呟くイロハが残された。
◆◆
「んーっ、ちゅっ♪ ちゅっ♪ かわいいね、可愛いね……」
一方、黒の模倣体。
オドの《オリハルコン・バインド》で四肢を封じられた彼は、《テレポーテーション》を封じるためという名目で羽交い締めにされながら、ルノフェンによるキスを受け続けていた。
「マニアックすぎるよ、この状況……」
オドの目は死んでいる。
自らの似姿を、友人に対して差し出しているようなものである。その友人の、趣味故に。
実際、勝率で言えばかなり高い戦術でもあるので、なおさら困るのだ。
「《ドレインタッチ》。んー! サイコー!」
魔王の唇を、ルノフェンは己の唇で塞ぐ。
「んー! んー!」
魔王は言葉を発さないが、とにかく抵抗している。
その抵抗力をさらに《ドレインタッチ》で奪う。悪循環だった。
「ねえ、ルノ……。もしかして。わたしのことも、前から“こう”したいって思ってた?」
「ちゅっ♪ 実は思ってたけど、あっちの世界の『魔女』に喧嘩売るの怖すぎるからやんないよ」
「うへえ……」
魔女とは、オドの師匠のことである。
「まあそれに、一回断られてたし。撤回する? 撤回していいよ」
「絶対撤回しない」
秒で断る。
今のオドには、レシュも居る。
ルノフェンに食い散らかされるのは、まっぴら御免であった。
やがて、魔王の魔力も弱まってゆく。
このままでは、吸い尽くされる時は近い。
「……あんた、本当に見境ないのね……」
呆れたような声で、ヒュペラが戻ってくる。
イロハ、
「フィリウスさんは大丈夫ですか? あの距離の《テレポーテーション》は難しかったと思いますが」
「問題ない。応急で私の分のマナタイトダストを使った。戦線復帰のため、イロハ殿からも一本貰った」
「……良かった。大事無くて」
魔王はビクビクと震えている。
体内に残る魔力を一滴残らず吸われれば、ひとたまりもないだろう。
「ふぅ、ごちそうさま」
ルノフェンは唇を拭う。
身体に一切の力が入らないほどに吸いつくされたオドの模倣体は、生きることを諦めたかのように、ドロドロと溶けていってしまった。
『ケース、黒と黄の神子。完了』
ルノフェンは大きく伸びをする。
残りの討伐隊も、やりきったとばかりに緊張の糸を緩めた。
――ただ一人を除いて。
「まだ、終わってはおらんぞ」
「緑と、青。赤二人。黒二人で六体。作戦だと、これで全てだったような」
指折り数えるオド。
「いや、待てよ……」
と、フィリウスが状況を見抜く。
「この世界は、『七』という数字に縛られている。そういう伝承が、聖典に残っている」
「フィリウス、分かっているなら支援魔法を」
「言われずとも」
フィリウスが《インシュランス》を始めとする呪文を掛け直す。
オドもわたわたと続き、フィリウスを補う。
「……もう一体来るってことですか?」
「応。それも、未知の敵に相違なし」
「分かりました。リコさんにも伝えますか?」
「その必要はないよ。今来たからね。周囲の魔物も、まだ消えてない。魔王討伐は、続いてる」
リコは「《ピュア・ウォーター》頂戴」と、イロハに頼む。
拳銃の部品を洗い、《デハイドレート》で乾かしてから再び組み立てた。
「ちなみに、今の物資状況は?」
「マナタイトダストはルノとわたし、イロハさんが一本ずつ」
「お守りは……遠くで見てた感じ、フィリウスさんとルノフェン以外が無事?」
確認のため、ヒュペラは自らのポーチを開け、ハッと気付く。
「ごめん! お守りのことなんだけど、麓の戦闘で落としてきた! 《ギアス》掛けられたときだ……!」
「再分配が必要か?」
「それはいいかな。《インシュランス》あるし」
「分かった」
そのうち、支援魔法が行き渡る。
リコは再び走り去り、狙撃手の役割に徹するようだ。
一行は魔力の溜まり場に向け、取り囲むように立つ。
『準備は、よいですか?』
進行通知。
大地より湧き出た魔力は、やがてヒトの形を取る。
業物の刀を持った、着流しの
腰まで届く長い白髪。血の気のない肌。
「この人は!」
「オド!」
「《セパレート:ルール》!」
《セパレート:ルール》。二者の間の魔力の流れを完全に断ち切り、妨害魔法を完全に無効化する呪文。
その魔力消費は、まさに甚大。
「くあっ……」
C神話の加護なき今、オドに耐えきれるものではない。呪文の成立と引き換えに、意識を失い倒れ込んだ。
『ケース、
オドとルノフェンは、彼女を見たことがある。
正確には、彼女のレプリカを。
「《トリックレス・メカニズム》」
彼らを苦しめた呪文は、効果をなさない。
不思議そうに手のひらを見つめた彼女は、合点し、むしろ満足そうに笑った。
「我が名は
刀を構える。被弾を厭わぬ屍八相の構え。
その所作は達人ですらも遠く及ばぬ、一切の隙を見せぬ様相であった。
【続】
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