03-10:赤と黒。それと黄の神子

 (これまでのあらすじ:緑の神子、青の神子の模倣体を退けた魔王討伐隊。次は、赤の模倣体が現れるらしい)


 「今のうちに、回復と支援を」

 「あ、私にもお願い」

 重厚なエンジン音を響かせながら、リコが戻ってくる。


 「オドくん、立てる?」

 「な、なんとか……」

 ヒュペラの手を借り、オドは立ち上がる。


 「バフ、掛け直しますね」

 「回復は私がやります」

 オドとイロハの手により、肉体の傷は癒え、支援魔法の状況も戦闘前と同じ状態に戻った。

 

 「……む」

 支援を受けながら、メンは眉根を寄せる。


 「どしたの?」

 ルノフェンが首を傾げ、尋ねた。

 

 「マナの気配が、分かれている……?」

 詳しく聞くと。魔王のプレッシャーを、一行を挟み込むような二点から感じるそうだ。

 メンにも経験がないらしい。基本は、一対多であったという。


 「そも、前回はあのような……進行通知はなかった。今回は、奇妙だ」

 「ふーん……」

 ケースがどうの、という話だろう。


 ともかく二体同時に来るなら、討伐隊が取る戦術も変わる。


 「オドくん。少しこっちに」

 フィリウスが戦術を説明し、オドは了承。

 事前に描いておいた魔法陣の上に立ち、魔力消費を軽減する。

 「分かりました。《アース・コントロール》」

 にわかに、うねうねと地面が脈打つ。


 地形の操作としては。

 まず一行を挟むように、二枚の壁を作る。長居はしない。初撃を凌げれば、それでよし。

 次に、壁と並行に溝を掘って逃げ、これを当初の予定であった塹壕とする、というものだ。


 「急いでやると、マナの消費がおっきい……!」

 額の汗を拭うオドに、声がかかる。


 「ぼくとマナタイトダストのこと、忘れてない?」

 ポシェットから半身を乗り出し、ディーが小瓶を差し出していた。


 「……ありがと。使いどきだね」

 瓶を受け取って開け、その中身をさらさらと舌の上に乗せる。

 

 マナタイトダストは舌の水分によって溶け、強烈な甘味とともにオドの魔力を回復させていった。


 「いざというときはぼくも出てくるから。ちなみに、拒否権はないよ」

 「え……危なくない?」

 「オドが死んだ時の『オシオキ』を考えると、一緒に死んだほうがマシだからね」

 「縁起でもないよ……!」


 魔力の回復もあって、作業は順調に進む。

 

 「……できた」

 「良いんじゃない? 少なくとも視線は通らないだろうし。じゃ、ぼくはまた引っ込む」

 「ありがと」


 ディーはポシェットに潜り、器用にジッパーを閉じた。


 「準備できました!」

 「善き哉」

 メンは刀を仕舞っている。

 次の戦闘が始まり、配置につくまでは、早く走れたほうが良いからだ。

 

 オドの準備が終わるのを待っていたかのように、討伐参加者の耳へ声が響く。


 『ケース、赤の神子』

 「来るぞ!」

 フィリウスの声とともに、土壁の向こうへ強大な魔力が落ちてくる。


 一行は、挟み撃ちにされていると肌で感じとった。


 「メンさんの読み通りじゃん?」

 「ちょっ……ルノフェン!? 逃げ足はっや!」


 壁を蹴り、塹壕に向かって加速するルノフェン。


 その胸を、過剰威力の銃弾が撃ち抜いた。


 BLAMN!


 遅れて銃声が鳴り響く。

 ルノフェンの《インシュランス》が消費され、そのまま彼は二つの壁の合間を抜け、塹壕のない側に向けて弾き飛ばされた。


 ◆◆

 

 「うっわ、それアリ?」

 狙撃態勢のリコは、一部始終を目撃していた。


 二地点に現れた魔王のうち、リコの模倣体はバイクに乗っていた。

 丁度、リコの乗っているツィークル相当のものだ。機動力は高い。


 まず初撃は捨て、塹壕に入ることを優先し。

 誰かが追って飛び込んでくるようなら、そいつを狙う。

 

 結果として、ルノフェンは撃たれた。

 視界が閉じていることが、今回は仇になったか。


 「となると、次は……」

 リコは二つの模倣体のうち、ナナの似姿を撃つ。

 ナナの方は徒歩。だが、構えた銃は【赤の銃】の試作品。

 破壊力は、本物と変わらない。


 故に、殺せるうちに殺す。


 BLAMBLAMN!

 銃声が重なる。


 ルノフェンがもう一度、今度はナナ模倣体に撃たれて、お守りが役目を果たす。

 仲間を撃った代わりに、こちらはヘッドショットをくれてやる。

 

 「――!」

 ナナの模倣体は一撃で消滅。

 二体に別れた分、一体の耐久力は低めと見積もるべきか。

 あるいは、ろくに魔法を使えないという条件が赤の神子私たちと同じなら、魔力による防護も無いと考えるべきか。


 ともかく、これでシンプルになった。

 

 「行くよ、ツィークル」

 ディータ機械種族のバイクは応じ、機敏に加速する。

 このポイントには留まれない。なぜなら――


 KABOOM!

 先程まで私が居た箇所に、魔法弾が撃ち込まれて爆発。

 他のメンバーならかすり傷かもしれないが、私にとっては恐らく致命傷。

 《インシュランス》とお守りで二回は耐えるが、それきりだ。

 

 討伐隊も動きはじめた。

 魔王と一行を隔てるように壁を作り、二つ目の塹壕を掘り始める。


 彼女は迂回を諦め、塹壕に閉じこもることに決めたようだ。

 なぜなら、塹壕の反対側にも、行く手を阻むように別の壁。

 オドの魔力の消費は相当なものだろう。私には分からないが。


 とにかく、私が最も危険な位置だ。

 他のメンバーは射線を切った。私は、いつでも撃たれる可能性がある。


 魔王のトリガーを引く指が見える距離じゃない。

 どのタイミングで撃たれるか、知ることはできない。


 その事実が、心臓を力強く脈打たせた。


 「……」

 次の狙撃ポイントに到着。


 ナラの幹に隠れ、魔法弾を込める。一発二千シェル。私専用の、特注だ。

 残念なことに、質量弾で狙える位置取りではない。

 塹壕とは、そういうものだ。

 

 狙いを定め、トリガーを引く。


 KABOOM!

 

 魔法弾は過たず魔王の頭上で爆発。

 一瞬遅れ、BLAMN! と銃声が響くと、反撃とばかりに私の右腕が重い衝撃を受けた。


 質量弾だった。跳ね飛ばされ、《インシュランス》が発動。


 「やるね。私なら、この程度のカウンターは造作もないってことか」


 爆発に乗じ、塹壕内にヒュペラとメンが攻め込んでくるも、左手で【赤の銃】をリロードしながら右手の拳銃で応戦している。

 

 ……ノッているときの私は、確かに手が付けられなさそうだ。


 ともかく、これで受けていい攻撃は残り一回。

 対して、もし模倣体の装備が革命時と同じなら、倒すには後四発必要だ。


 「狙われるけど、しょうがないか」


 意を決し、バイクに乗り込む。

 次のポイントには向かわず、幾度となく車体を跳ねさせながら、塹壕に向けて悪路を進む。


 「ツィークル、バズソーモード」

 「推奨されません。隠密に支障をきたします」

 「むしろ、それが狙い」

 「……了解いたしました」


 まるで「やれやれ」と言わんばかりの、ため息を模した電子音声が漏れる。


 「やるからには、ちゃんと操縦してくださいね」

 「もちろん」


 リコがハンドルグリップを握ると、ツィークルはマニュアル操縦に変わる。

 そして、その側面の装甲がパージ。

 中から、丸ノコめいた機構が飛び出した。


 バスソーは威圧的な駆動音を立て、ツィークルの周囲を飛び回る。

 もし不幸な野菜もどきが彼女に近づけば、瞬時に千切りめいた凄惨な死体と化すだろう。

 

 BLAMBLAMN!

 魔王は瞬時に注意をこちらに振り向け、拳銃で二発撃つ。


 一発はバスソーに当てて弾く。もう一発は、車体で受ける。

 ツィークルの耐久力は、拳銃での一撃に耐えるように設計してある。


 気づけば、リコは獰猛な笑みを浮かべていた。

 塹壕にこもれば、膠着状態となる。

 平衡を破るには、トリックスターが必要だ。


 リコにとってトリックスターの役割を担うのが『最適解』であると、彼女自身も確信していた。


 「だよねえ。私を・・無視できるはずがないよねえ!」

 【赤の銃】は、片手では撃てない。故に、リコはすでにそれを背負っている。

 今や両者の得物は同じ、ハイグレードの量産型拳銃だ。


 アドレナリンが、血管を駆け巡る。


 魔王がリコに手を割いた結果、メンが塹壕に乗り込むことに成功する。

 予想通り、魔王はバイクのバズソーモードを起動。

 壁として扱い、自身は塹壕を登って、討伐隊とは逆方向に脱出する。


 「魔王が逃げるよ!」

 「私が追う! 《テレポーテーション》!」

 討伐隊からも魔王の姿が見えたようだ。

 フィリウスが眼前に転移し、行く手を阻む。


 魔王は咄嗟に拳銃で二回フィリウスを撃つ。

 一発目でよろめき、二発目で後方に倒れる。

 アダマンタイトの鎧ゆえ、傷はさほどないだろうが、大きな隙ができた。


 スプリントで走り出す魔王。

 リコはそれを咎め、拳銃で牽制。

 魔王は無視して逃走を続け、ダメージはお守りで受ける。後三発。


 向かう先は、岩が立ち並んだ窪地。

 あくまで基本に従い、遮蔽を作るつもりか。


 追われる魔王、追う討伐隊。

 残りのメンバーも続々と塹壕から這い上がり、追撃を狙う。


 「……まずい!」

 魔王には、まだ隠し玉がある。

 革命時、準備はしたが使わなかったもの。


 パイナップルめいた形状をしたそれを、魔王は懐から取り出す。


 グレネードだ。

 爆発すれば破片と爆風で周囲十五メートルを殺傷する、恐るべき武器。


 逃走の最中、気づかれぬようにピンを抜かれた爆弾は、投げ放たれずに後方の地面に転がされた。


 「はぁ!? なんであんなモン持ってるんだよ! 《ブラスト・バリア》!」

 ルノフェンは、分かっているようだ。

 後方のオドとイロハを制止し、爆風軽減の結界に閉じ込める。


 「……姿勢を下げて!」

 「えっ――」

 「何――」

 リコの警告もむなしく、グレネードは派手な音を立て、爆発する。


 ヒュペラとフィリウスが巻き込まれ、その衝撃で弾かれる。

 当然《インシュランス》も発動した。

 

 魔王はというと、すでに窪地に到着。

 フィリウスに【赤の銃】での追撃を決め、お守りをも破壊する。


 リロードを始めた魔王の脇腹を、今度はツィークルのバズソーが引き裂いた。


 「――!?」

 意識外からの攻撃に、魔王は明確にたじろぐ。


 窪地にはすでに、完全武装のリコが入り込んでいた。

 反射的に【赤の銃】から拳銃に持ち替え、撃とうとするも。

 

 CLICK!

 と、無慈悲な音が鳴るのみだ。


 「塹壕内で四発。逃走時に二発。そして――」


 BLAMN!


 銃口から遅れて放たれた銃弾を、リコは「分かっている」とばかりに避ける。


 「――遅発加工が一発で、おしまい。ギミックを知り尽くしてる、私が相手ってのが良くなかったね」


 リコは己の拳銃を魔王に向ける。


 「【赤の銃】は弾切れ。グレネードも使った。拳銃はさっき言った通り。要は、詰みだ」


 まだ何かやる? と挑発するリコに対し、魔王は掴みかかろうとする。


 BLAMBLAMBLAMN!


 眉間に向けて三発。

 オートマチックな射撃のすべてが、過たず魔王を貫く。


 「――、――」

 魔王から赤いノイズがこぼれ、散ってゆく。


 彼女は残った魔力とともに地面に染み込んでいき――


 『ケース、赤の神子。完了』


 フェーズの終了が告げられた。


 ◆◆


 赤の模倣体を倒した直後。

 集合を済ませた一行の耳に、進行通知が響く。


 『ケース、黒と黄の神子』


 「……む」

 メンは不審げに顔をしかめた。


 「一瞬魔力を感じたが……すぐに消えた」

 「先ほどと違う感じですか?」

 「うむ」

 

 フィリウスは聞きとがめ、《コンパス》で、魔王の出現位置を探る。


 「……ダメだ。機能しない。どういうことだ……?」

 首を傾げる。

 今まで、この呪文が機能しなかったことは一度もない。

 最下級であり、基礎の呪文だ。


 「ってかそもそも突っ込みたいんだけど、黒はオドくんとルノフェンだとして、黄の神子って誰?」

 「黒はオド。黄がボクじゃない? ほら、ボクの加護は大体アヴィのだし」

 「ふーん……」


 そう言って、ヒュペラは自らのポーチからお守りとマナタイトダストを取り出し、乱雑に捨てた。

 【世界樹の枝】も放り投げ、素手である。


 「……? ヒュペラさん、今のは……?」

 「え?」


 オドの問いに、彼女はぽかん、と口を開けた。


 「だって、アレでしょ? 『強敵と戦うときは、武装を捨ててから戦うのが常識』って。えっ、なにか間違ってる?」

 「《ニティ》」

 間をおかずフィリウスが正気化の呪文を仕掛ける。

 効果は出ない。


 「フィリウス。発音が間違っている」

 「そんなまさか……。下級呪文だぞ?」

 「確かに、冒頭が“ザ”であった」

 「……んん、“ザニティ”ではなかったか?」


 カチッ、カチッ。


 オドが、音を立てている。

 見ると、彼は自らの学ランのボタンを外し、脱いでいる。


 リコは拳銃の分解を試みている。

 ルノフェンは四つん這いになり、微笑むイロハをハッハッと息を上げながら背中に乗せ、歩いていた。


 「……精神操作系か。悪辣なことだ」

 メンがその事実に気付けるということは、彼だけが抵抗に成功したということでもある。


 魔王はまず、隠密の呪文を自身に唱え。

 その後一人ひとりに《ギアス》を掛け、無力化していったと考えるべきだろう。


 とにかく、状況は刻一刻と悪くなる。

 オドはベルトを外し、スラックスまで脱ぎ始めた。


 対策を練る。

 この中で難度の高い陽光の呪文を使えるのは、オドとフィリウス。

 フィリウスは恐らく詠唱を制限されている。トリガーワードなしで魔王の魔力を上回るのは、ほぼムリだ。


 「悪いが、使わせてもらうぞ」

 「あ……うん。良いけど」

 ヒュペラが投げ捨てた小瓶を拾い上げ、封を開ける。


 「メンさん、なにか……なにかおかしい気がするんです」

 オドは中途半端に抵抗に成功したのかもしれない。

 己の脱衣行動に、若干ながら疑問を抱いている。


 「口を開けろ」

 「は、はい……」

 あーん、と開口。その中に、マナタイトダストを流し込む。


 「言葉を繰り返せ。《マス・ディスペル》」

 「……? 《マス・ディスペル》」

 解呪の呪文を唱えさせる。


 変化は、歴然だった。

 瞬間的に増大したオドの魔力は、魔王のそれを上回り。


 バキバキと、一行を包んでいた認知の結界が剥がれて行った。


 結界の中心に、黄色に輝く模倣体が佇む。

 隠密が解けるやいなや、悠々と立ち上がり、結界を維持していた黒い模倣体の元へ歩んでいく。


 「……え? なんで、わたし、脱いで……!?」

 うろたえるオドの元に飛んできた《ミアズマ・ランス》を、メンが切り払う。


 「洗脳だ。もう解けた。はよう服を着ろ」

 「わ、分かりました!」

 ジャケットとスラックスを拾い上げ、オドは遮蔽に隠れる。


 「うわっ、砂だらけ!」

 リコは地面に落ちた拳銃の部品を手に取り、戦闘中の修理を諦める。

 代わりにツィークルに乗って走り去る。

 【赤の銃】で戦うようにしたようだ。


 「《ライトニング・ブレード》!」

 ルノフェンの上から退き、距離を取るイロハに組み付きに行った黄の模倣体を、フィリウスが妨害。

 

 「《アイアス・シールド:バッシュ》!」

 「《アイアス・シールド》! 呪文も問題なさそうだ!」

 黒の模倣体による反撃を、さらなる盾で受け止める。

 実力伯仲。互いの盾は対消滅し、光の粉と化す。


 「何が『常識』だァっ!」

 武器を拾い上げたヒュペラも戦線に参加。

 《ゴリラ・マッスル》で強化した跳躍叩きつけを仕掛ける。


 「《アイアス――」

 黒の模倣体は防御呪文を唱えようとするが、黄の模倣体が脚のブースターを起動してタックル。

 【世界樹の枝】の一撃を辛うじて回避する。受けていれば、かなりの打撃であったに違いない。


 「《マス・レジストアップ》!」

 オドによる支援も掛かる。

 二度目の《ギアス》はないぞ、と言いたげだ。

 

 BLAMN!


 空を裂く銃声。

 後退しながら放たれたリコの一撃が黄の模倣体に突き刺さる。


 機械とマナを編んだ肉体の、深い傷口はシュウシュウと音を立て、自ずと塞がれていった。


 「《ヒール・オーバータイム》ですかね」

 「わたしもそう思います。あっちは支援魔法がいっぱい掛かってる状態なのかな……?」


 念の為、オドが《アナライズ》を行使。

 魔王は一旦「《マス・テレポーテーション》」で距離を取ったようだ。

 転移間際にフィリウスが《ゾディアック・トライブ》をねじ込み、互いの位置を共有することには成功した。


 「《ヒール・オーバータイム》の他には、《マジックアップ》《レジストアップ》《インシュランス》《ストレングス》《インドミタブル》《アンチ・クリティカル》が掛かってます」

 「耐久を上げて魔法で削る、か」

 オドの話を聞いたフィリウスが、戦略を練る。


 「支援が切れるまで待つという手は?」

 「多分、今みたいに距離を取って支援を掛け直してきます。むしろ、休息を与えず攻めるべきだと思います」

 「ふむ」


 ルノはどう思う? と、オドは話を振る。

 「同感。どうせあっちもマナタイトダスト持ってるでしょ。持久戦は、むしろ分が悪いよ」

 「分かった。なら、攻めるとしよう」

 「はぁい」


 フィリウスが手を差し出す。

 「《テレポーテーション》で飛ぶ。奇襲するなら、こうするのが早い」

 

 一行は頷き、手を重ねる。

 「行くぞ。《マス・テレポーテーション》!」


 ◆◆


 ブン、と音が鳴り、転移が発動する。

 

 視界が暗転し、すぐさま復帰。

 

 「ぐうっ!?」

 転移のコストとして、フィリウスの肉体から大量の魔力が抜けてゆく。

 彼もこうなることは予期していたようで、マナタイトダストの小瓶を開けて、兜の下から一息に飲み込んだ。


 「山の麓じゃない! ここは……!?」

 イロハが周囲を見渡す。


 朽ちた石畳。

 アンデッドの屍肉、骨片。

 風化しかけた建物に、長剣に従う短剣二本の紋章。

 太陽の光から逃れるように薄暗く、闇のマナに覆われた、元大都市。


 「多分、シュヴェルトハーゲンの旧王都ね。二キロは転移した。この人数は神子でも無茶だよ。フィリウスさんは休んだほうがいい」

 「……恩に、着る」

 ヒュペラの指先でググと押され、路端に寝かされたフィリウスの息は、上がっている。


 「《デーモン・アーム》!」

 黄の模倣体が建物から飛び降り、闇腕での一撃をイロハに。


 「《リフレクション》!」

 自衛。呪文で弾いて隙を作る。

 同じ軌道で跳んできたメンが魔王に刀を突き刺し、ノイズとともに抜く。

 

 「――!」

 やはり、傷は塞がる。

 飛び離れようとする魔王を「《ロング・リム》!」ヒュペラが捕まえ、改めて地面に叩きつける。


 「もう片方は?」

 「オドとルノフェンが抑えている。逃がすな。こいつはここで潰す」

 「イイねえ」


 ヒュペラは魔王を掴んだまま、離さない。

 

 「《ミアズマ・ランス》!」

 ならばと腕を狙う魔王に、イロハの《チェーン》が絡みついた。

 攻撃呪文の狙いが逸れ、建物を貫く。


 「《アンチ・バインド》!」

 やむを得ず、魔王は拘束解除の呪文で脱出を強行。

 支援魔法の差もあって、拘束していたヒュペラとイロハは弾かれる。


 「くっ!」

 「やっぱそうなるか!」

 脚のブースターを起動し、魔王は上空へと逃げる。


 「……逃さん」

 メンはアンデッドの骨片を拾い上げ。


 躊躇なく投擲。骨片は一直線に飛翔し、右足の排気部に突き刺さる。

 モノが詰まった右ブースターは、「フェイタルエラー。異物を排除してください」と電子音を立てて、駆動が止まった。


 「……マジ?」

 呆気に取られるヒュペラ。

 イロハはメンの意図を理解し、《エクステンド・ソイル・スプレッド》。何の変哲もない、土を飛ばす呪文だ。


 その呪文が、もう片方のブースターも汚す。

 先ほどと同じ電子音。

 両脚の推進力を失った魔王は、自由落下を――


 「《フライ》!」

 高度を持ち直し、なおも逃げ始める魔王。

 黒の模倣体の方へと向かう。


 「十分です。《マス・フライ》!」

 イロハも同じ呪文を唱える。

 ヒュペラとメン、フィリウスにも同じ呪文を掛ける。


 「あー、ごめん。私はフィリウスさん運んでくるわ」

 「俺がやる。ヒュペラ殿は、追跡を」

 「……ああ、そっか。おっけ。そうするね」

 「かたじけない」


 メンとフィリウスの関係性。

 そこに、ヒュペラが水を差すべきではないと考えた。


 ともかく、ヒュペラはイロハの後をついていく。


 「ねえ、《フライ》だったら、魔力の多い方が速くなるんじゃない?」

 言わんとしていることは、魔王のほうが先に合流してしまわないかという危惧である。


 「なので、妨害を入れています。《ダウンバースト》!」

 魔王の前方に、下降気流を召喚。

 抵抗に失敗すれば、地面がそのまま敵になる。

 確実に抵抗できるなら、魔王はそのまま突っ切ることを選ぶだろう。


 だが、迂回した。

 身体の損傷は、抵抗力の低下を招く。ブースターの故障も、例外ではない。

 

 「まあそれに。黄の模倣体の機動力は削ぎましたから。縦横無尽に動かれさえしなければ、勝てますよ」

 「……だね」


 BLAMN!

 

 肯定するように、【赤の銃】。

 頭部を貫き、バランスを崩した魔王は民家の屋根に転がる。


 《フライ》では緩慢にしか飛べない。

 まさに、リコにとっては良い的だろう。


 起き上がる魔王。

 空中に逃げることは諦めたようで、ファイティングポーズを構えている。


 ヒュペラとイロハは、頷きあった。

 屋根に着地し、武器を取る。


 「《ミアズマ・ランス》!」

 イロハを狙った攻撃を、ヒュペラは【世界樹の枝】で一方的にかき消す。

 

 「《エンチャント:サンダー》!」

 守られながら、的確にレイピアへ雷を付与。

 大きくステップして武器を払うと、ムチめいた雷撃が魔王を襲う。


 「ピガガーッ!」

 ノイズが散る。有効打。

 麻痺した魔王を、今度はヒュペラが殴りつける。

 

 魔王は横薙ぎの一撃をまともに受け、屋根から地面に叩きつけられた。


 「《インシュランス》は?」

 「《ディスペル》。今ので無効化しました」


 再び立ち上がろうとする魔王の背中を、ヒュペラは踏みつける。


 「トドメ、どっちが刺す?」

 「お願いします。拘束はしますので」

 「分かった」


 イロハが《デュアル・チェーン》を唱え、雁字搦めに魔王を縛って這いつくばらせる。


 「私さ、初めてルノフェンを見た時、『なんて文化的で素敵なんだろう』って思ったんだ」

 ヒュペラは肩を回す。

 【世界樹の枝】が呼応する。まるで、クスクスと笑うように。


 「蓋を開けてみれば、毎晩淫蕩に耽るクズで。誰彼構わず抱いてさ? 私のことも……」

 魔王は、恐怖に震えている。


 「はぁ」と息を吐き、ベースボールの打者めいて【世界樹の枝】を構えた。


 「言いたいことは、たった一つ。貴方はただのルノフェンの似姿だけど、憂さ晴らしさせて」


 周囲の空気が歪む。

 怒気と、魔力に満たされる。


 「私の――」


 力を込める。

 全身全霊の一撃を見舞うために。


 陽炎めいて立ち上がる怒気が、視線が。

 ルノフェンの模倣体を貫いた。


 「――初恋を、返しやがれえええええええっっっ!!!!」


 振り抜いた【世界樹の枝】が、強かに顔面を打ち据える。


 「――! ――!」

 魔力の軌跡を描いたスイングが、魔王を跡形もなく消し飛ばす。

 黄色のノイズが視界を満たし、マナとなって溶けてゆく。


 後にはスッキリした面持ちのヒュペラと、「わーお……」と呟くイロハが残された。


 ◆◆


 「んーっ、ちゅっ♪ ちゅっ♪ かわいいね、可愛いね……」

 

 一方、黒の模倣体。


 オドの《オリハルコン・バインド》で四肢を封じられた彼は、《テレポーテーション》を封じるためという名目で羽交い締めにされながら、ルノフェンによるキスを受け続けていた。


 「マニアックすぎるよ、この状況……」

 オドの目は死んでいる。

 自らの似姿を、友人に対して差し出しているようなものである。その友人の、趣味故に。


 実際、勝率で言えばかなり高い戦術でもあるので、なおさら困るのだ。


 「《ドレインタッチ》。んー! サイコー!」

 魔王の唇を、ルノフェンは己の唇で塞ぐ。


 「んー! んー!」

 魔王は言葉を発さないが、とにかく抵抗している。

 その抵抗力をさらに《ドレインタッチ》で奪う。悪循環だった。


 「ねえ、ルノ……。もしかして。わたしのことも、前から“こう”したいって思ってた?」

 「ちゅっ♪ 実は思ってたけど、あっちの世界の『魔女』に喧嘩売るの怖すぎるからやんないよ」

 「うへえ……」

 魔女とは、オドの師匠のことである。


 「まあそれに、一回断られてたし。撤回する? 撤回していいよ」

 「絶対撤回しない」

 秒で断る。

 今のオドには、レシュも居る。

 ルノフェンに食い散らかされるのは、まっぴら御免であった。


 やがて、魔王の魔力も弱まってゆく。

 このままでは、吸い尽くされる時は近い。


 「……あんた、本当に見境ないのね……」

 呆れたような声で、ヒュペラが戻ってくる。

 イロハ、メン。歩けるようになったフィリウスも一緒だ。


 「フィリウスさんは大丈夫ですか? あの距離の《テレポーテーション》は難しかったと思いますが」

 「問題ない。応急で私の分のマナタイトダストを使った。戦線復帰のため、イロハ殿からも一本貰った」

 「……良かった。大事無くて」

 

 魔王はビクビクと震えている。

 体内に残る魔力を一滴残らず吸われれば、ひとたまりもないだろう。


 「ふぅ、ごちそうさま」

 ルノフェンは唇を拭う。

 身体に一切の力が入らないほどに吸いつくされたオドの模倣体は、生きることを諦めたかのように、ドロドロと溶けていってしまった。


 『ケース、黒と黄の神子。完了』


 ルノフェンは大きく伸びをする。

 残りの討伐隊も、やりきったとばかりに緊張の糸を緩めた。


 ――ただ一人を除いて。


 「まだ、終わってはおらんぞ」


 メンは刀を構える。


 「緑と、青。赤二人。黒二人で六体。作戦だと、これで全てだったような」

 指折り数えるオド。


 「いや、待てよ……」

 と、フィリウスが状況を見抜く。


 「この世界は、『七』という数字に縛られている。そういう伝承が、聖典に残っている」

 「フィリウス、分かっているなら支援魔法を」

 「言われずとも」


 フィリウスが《インシュランス》を始めとする呪文を掛け直す。

 オドもわたわたと続き、フィリウスを補う。


 「……もう一体来るってことですか?」

 「応。それも、未知の敵に相違なし」

 「分かりました。リコさんにも伝えますか?」

 「その必要はないよ。今来たからね。周囲の魔物も、まだ消えてない。魔王討伐は、続いてる」


 リコは「《ピュア・ウォーター》頂戴」と、イロハに頼む。

 拳銃の部品を洗い、《デハイドレート》で乾かしてから再び組み立てた。


 「ちなみに、今の物資状況は?」

 「マナタイトダストはルノとわたし、イロハさんが一本ずつ」

 「お守りは……遠くで見てた感じ、フィリウスさんとルノフェン以外が無事?」


 確認のため、ヒュペラは自らのポーチを開け、ハッと気付く。


 「ごめん! お守りのことなんだけど、麓の戦闘で落としてきた! 《ギアス》掛けられたときだ……!」

 「再分配が必要か?」

 「それはいいかな。《インシュランス》あるし」

 「分かった」


 そのうち、支援魔法が行き渡る。

 リコは再び走り去り、狙撃手の役割に徹するようだ。


 一行は魔力の溜まり場に向け、取り囲むように立つ。


 『準備は、よいですか?』


 進行通知。

 

 大地より湧き出た魔力は、やがてヒトの形を取る。

 業物の刀を持った、着流しの

 腰まで届く長い白髪。血の気のない肌。


 「この人は!」

 「オド!」

 「《セパレート:ルール》!」

 

 《セパレート:ルール》。二者の間の魔力の流れを完全に断ち切り、妨害魔法を完全に無効化する呪文。

 その魔力消費は、まさに甚大。

 「くあっ……」

 C神話の加護なき今、オドに耐えきれるものではない。呪文の成立と引き換えに、意識を失い倒れ込んだ。


 『ケース、とうの神子』


 オドとルノフェンは、彼女を見たことがある。

 正確には、彼女のレプリカを。


 「《トリックレス・メカニズム》」

 彼らを苦しめた呪文は、効果をなさない。

 不思議そうに手のひらを見つめた彼女は、合点し、むしろ満足そうに笑った。


 「我が名は晴愁セイシュウ。どうやらこの世界は、満足に死なせてもくれぬらしい」

 刀を構える。被弾を厭わぬ屍八相の構え。

 その所作は達人ですらも遠く及ばぬ、一切の隙を見せぬ様相であった。

 

 【続】

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