ウィンストンキャスター5ミリ
森エルダット
第1話
ぱやちのさんという人がいる。詩を書かれている。もともとナチュラルメイクの、ミスid のオーディションに出てた時のビジュアルしか知らなかったのに、文フリのスペースでバチバチにメイクをキメて売り子をされていたのを見て、なぜか一瞬で、その存在に気づいた人がいる。たまたまそこで会って、たまたま自費出版の詩集を買った人がいる。
最近訳のわからないことばかり起きている。と言いながら、実は訳のわかるようなことばかり起きている。例えば、私が終焉の生活を貪りながら、ヤニカスへの道を着実に歩んでいたりしている。それは突飛で唐突に見えて、実はずっと前からそうなることが決まっていたような気もしている。とにかく、最近の私の半径数メートルに、煙がまとわりついているのは事実だ。
昨日、(といってもどうやら24時間近く惰眠を貪っていた結果、コールドスリープから覚めた誰かさんみたいに、今日起こったと思っていたことが実は昨日のことだったりして、時系列がほどけてバラバラになって、指の隙間から砂がこぼれ落ちていくようにしか記憶をつかめないから確信を持って言えないのだけれど)シーシャバーに腐れ縁と行った。そこでは色んな、本当に色んなフレーバーが選べて、メニューにない味でも店員さんが調合して作ってくれたりするスゴいところだった。腐れ縁はガム風味のレッドブルフレーバーを選んで、私は10段階あるうちのミントレベル6を混ぜたみかん(オレンジではなくて、あくまで田舎くさい”みかん”)のフレーバーにした。うちの父方のおばあちゃん家では裏山に夏みかんの木があって、そうでなくてもご近所から和歌山や愛媛のなんて目じゃないくらい、異常な甘さのみかんが冬になると大量におすそ分けされて、母親は毎冬みかんの食べ過ぎで柑皮症になって、イエローモンキーとはかくやみたいな感じになるんだけれど、とにかく、みかんというものは自分の肌というか、内部にじわっと染み込んだものだった。美味しかった。時間を忘れて、リックアンドモーティーと、韓国のクリエイターさんのオリジナルキャラクターのカッコ可愛いタトゥーが入った店員さんに炭を変えてもらいながら、煙と一緒に立ち昇って消えていって、何を話していたのかひとつも思い出せない会話を2時間近くもした。そうして、腐れ縁の家に泊まることになって、そこでも加熱式とか、噛みタバコとかを摂取して、荻窪のボロアパートの隅の一室を、この世の底にした。そうして、(たぶん)別れ際に、今度はミントをもっとドカンとぶち込んだ、マンゴーフレーバーのシーシャを吸いに行こうと言われた。それはつまり、その時まで死ぬなよってことだった。
自殺ということが、こういうものなんだと最近気づいた。一気に、アアアア!!ええいままよ!! と命を絶つのではなくて、じりじりと気づかないうちににじり寄ってきて、サウナの後の水風呂みたいに、皮膚を透かして溶かして浸透してくるものなんだと気づいた。私はそれをごまかそうと(ほんとは多分違うけど)ヤニに身体を侵食させている。最近吸っていたのは、ブルーベリーのフレーバーがカプセルになっていて、それをプチっと潰すとメンソールの味と口や肺の中でマリアージュ(マリアージュって言葉もこんな表現に使われたくないだろうけど)して、ぐわわわーんってなるやつだった。だけど、ぱやちのさんの動画を死ぬほど見まくってたら、彼女の吸っているのはウィンストンキャスター5ミリとかいうやつらしかった。安いしどこでも手に入るかららしい。ので、今日、てかさっき、合宿免許WAO!!とかなんとか、かしましい店内放送がこだまするファミマで買ってきた。なんか二種類あったから、でかい方を買った。おむすびころりんだったら、卑しい罰当たりなジジババがする選択だなーとか思った。それで、さっき吸った。
あんまり、美味しくなかった。カプセルを潰せる、メビウスの方が好きだった。横にある幼稚園では、今日が体育祭かなんからしくて、父兄さんと輪になって歌ったり踊ったりしてる音が聞こえてきてた(煙がそっちへ行かないように細心の注意を払ったよもちろん)そんなふうに煙をふかしていると、なんだか、他人との関わりってこんなもんだよなーって思った。好き好き大好きマジラブ1000%みたいなことを口走ってても、どこかでは分かり合えないところがあって、このウィンストンチャーチルだかなんだかの煙の、水で薄めまくったバニラエッセンスみたいなにおいも、そんな他者とのズレというか厳然と存在する断層みたいに思えてきて、遠くの空をただ眺めてた。まあ、もったいないし二十本吸い尽くすけどね。
狭苦しい、およそ人が座ることを想定していないベランダに身体を押し込んで、上に昇っていく煙を見ていると、自分の火葬のビジョンと重なり合う。いまー、わたしのー、ねがーいごとがー、かなーうーなーらばー、火葬場の煤けたゴツい煙突から、ミントをこれでもかってくらいぶち込んだマンゴーフレーバーの煙が立ち昇って、鈍色と群青色の混ざったような空に溶けていくことを願うかな。あ、これはもちろん試し行為とかじゃなくて、全部フィクションで、実在の人物団体などとは関係ありません。終わらせ方わからんし爆発させとくか。ドカーーーーン。
ウィンストンキャスター5ミリ 森エルダット @short_tongue
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます