遺言

ごません

第1話

 俺、鏑木貴幸(かぶらぎ たかゆき)は絶叫していた。周りの人の困惑など知った事かと、声の限りに絶叫していた。本来なら静粛にしなければならない祖父の葬儀の場で、誰あろう祖父の遺言状を握りしめて。


「ふざけんなよ、あんのクソジジイィィィィィィィ!」


 と。




 話は一ヶ月程前に遡る。その日俺は母親から『祖父がお前を呼んでいる』と言われ、祖父が入院中の病院へ向かった。祖父の留吉(とめきち)は地元では有名な企業の創始者で資産家。だが、数年前から体調を崩して入退院を繰り返していた。そして今回の入院でガンが見つかり、いよいよかと覚悟をしていた。


「よう爺ちゃん、元気か?」


「バカ野郎お前、入院してるジジィに元気も糞もあるか」


「あはは、それだけ悪態がつければ暫くは大丈夫そうだな」


 爺ちゃんにとっては俺は唯一の孫。小さい頃からかなり可愛がられた。毎年のように高額なお年玉を貰ったし、就職祝いにと高級車を新車でプレゼントされるくらいには可愛がられた。そんな爺ちゃんが俺一人を病室に呼び出した。これは、何かとてつもない話をされるんじゃ?という予感がした。


「んで爺ちゃん、話って?」


「うん……」


 そこで言い澱む爺ちゃん。普段はハッキリとした物言いを好む爺ちゃんにしては凄く妙だ。


「美沙子さん……母さんからは何か聞いとるか?」


「母さんから?いや、何も」


「そうか……」


 何でここで俺の母さんの名前が出る?


「実はな、おまえにはずっと隠しとったんだがな」


「うん」


「お前は美沙子さんと正男の子ではない。儂と美沙子さんの子じゃ」


「え、は?……うん?」


 今何て言った?爺ちゃんが俺の本当の父親?待て待て、理解が追い付かない。


「だからな、貴幸。お前は儂の孫ではなく息子じゃ」


はい????????????




「正男が仕事で出張に出てる間にな。早くに連れ合いを亡くした儂はつい、美沙子さんに手を出した。そうしたら運悪く……いや、幸運にもお前を授かったという訳じゃ」


 正男ってのは爺ちゃんの一人息子であり俺の親父の名前だ。今は爺ちゃんの後を継いで、会社の社長をしてる。つまりは、親父だと思っていたあの男は俺の歳の離れた兄貴だったって事か。確かに、言われてみれば俺は親父よりも爺ちゃんに似ているとよく言われるし、学生の頃は友達に『本当は爺ちゃんの子供だったりしてな!』とからかわれた事もあった。


「マジかよ……」


「あぁ、すまんな。こんな大事な事をくたばる寸前まで……」


「おいおい爺ちゃ、いや親父。くたばるなんて言うなよ」


「お、親父と呼んでくれるのか?このろくでなしを」


「親父。確かに隠してた事は今もちょっと許せねぇ所がある。けど、親父は親父だろ?」


「そうか……そうか」


 そう言って爺ちゃんは涙を流した。


「遺産は正男とお前で半分に分けろ」


「良いのか?母さんに遺さなくても」


「美沙子さんからは断られたよ。私よりも貴幸に遺してやってくださいとな」


「……分かった。親父、いや、兄貴には?」


「伝えるな。アイツは意外と打たれ弱いからな……遺言状を残してあるから、そこに全て書いてある」


「分かったよ、爺ちゃん……いや、親父」


 それから爺ちゃんは、全てを伝えて安心したのかつい先日天国へと旅だった。92歳、大往生だった。




 そして場面は祖父の葬式へと切り替わる。葬儀場へと遺言状を携えた会社の顧問弁護士が参上、御悔やみを申し上げつつ遺言状をオープン。そこには葬儀の指示や財産分与の方針などが書かれていた。そして最後に、


「貴幸へ」


 ゴクリ、と唾を飲み込む。ここでついに打ち明けるのか?親戚一同どころか付き合いのあった会社のお偉方が揃ったこの場でか?


「ありゃ全部嘘だ。ビビったか?ビビったろ、わはははは……遺言は以上です」


 一同、ポカーン。両親もポカーン。そして再び理解が追い付かない俺もポカーン。


……は?『あれ』は嘘?俺が爺ちゃんの息子とかってあの話が嘘?あの病室で流した涙とか、俺の覚悟とか葛藤とかどうしてくれる。俺は弁護士から遺言状をひったくり、文面を読み返す。確かにそこには、『貴幸へ ありゃ全部嘘だ。ビビったか?ビビったろ、わはははは』と書かれていた。そして思い出したのだ、元気だった頃の爺ちゃんはとても悪戯好きで俺もよく引っ掛けられていた事を。そして今回、人生の最期に一世一代の大芝居を打ってみせたと理解した時、思わず俺は叫んでいたのだ。


「ふざけんなよ、あんのクソジジイィィィィィィィ!」


 と、思いっきりの笑顔で。多分、爺ちゃんは笑顔で見送れと言いたかったんだろうけど。



心臓に悪いよ、爺ちゃん。


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遺言 ごません @kazu2909

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