My Fair Piggy

湾多珠巳

マイ・フェア・ピギー

 ユリノがそのブタを見つけられたのは、必ずしも偶然ではない。有り体に言えば、事前調査のたまものだ。ただし、その元となる情報を仕入れられたのは、全くの偶然だった。

 ことの起こりは一年近く前、彼女の家から三キロの場所にある、さる公社系の医薬品関連研究所。当時ユリノはそこに務めていた。ただの清掃スタッフ業務だったが、中でどんなことをやっていて、どんな研究が進んでいるのかは、差し障りのない範囲で、それなりに耳に入った。

 それと、どんな実験動物がどこに何匹飼われているのか、という情報も。


 ――まあ、きれいなブタちゃん。


 最初、同僚のおばちゃんがそう呟いた時、ユリノは自分がからかわれているのかと思った。

 はっきり言って、彼女は肥満体だ。中学時代からの体型の変化は、彼女の思春期をほの暗く演出するのに、一役も二役も買ってくれたものだ。自然、性格も成績も後ろ向きになって、高校卒業以降は、続かない短期バイトをひたすらつなぐだけの生活になった。

「ブタ」という響きそのものが、ユリノにとっては自縛的な呪いそのものだった。なのに。


 ――なんてきれいな肌。かわいいわねえ。そのへんの野良猫なんかより、よっぽどいいわあ。


 おばちゃんの言葉の対象は、もちろんユリノではなく、飼育ケースの中でよちよちと動き回っている本物のミニブタだった。派遣の清掃スタッフが入れる部屋ではないので、小さなガラス窓越しに様子が窺える程度だったが、ブタ達は確かにどれも目を瞠るほどつやつやしていて、満ちたりた生活を送っているように見えた。

 その時は、黙って他のスタッフたちと、ただしばらく眺めることしか出来なかったけれど、その実、ユリノは感動していたのだ。「ブタ」でもあんなに美しくなることができる。あれだけ賛辞を集めることができるのだ。

 それ以後、派遣元と研究所との契約が打ち切りになるまで、ユリノはしばしばそのブタ達と対面した。あまり喜ばしいとは言えない実験の中身を聞き知った後も、作業の合間にじいっと見入ってしまうことが何度かあった。

 そして、次にそのミニブタの消息を聞いたのは、つい三日ほど前のことだ。ここしばらく派遣の仕事が入らなくなって、ユリノはだらだらと親元で「求職活動」期間を過ごしていた。

 たまたま買い物先で昔の同僚に会って、どういうつながりでか、その噂を耳にすることができたのだった。


 ――なんでもね、実験動物が何匹か逃げたみたいよ。

 ――え、ヤバくない?

 ――うーん、そんなにニュースになるような事態じゃないらしいんだけど。何匹かは捕まえられなかったって。

 ――それって、モルモットとか?

 ――ううん、ミニブタ。


 一日中家でゴロゴロしていてばかりだったユリノは、その日から突然ウォーキングに目覚めた。朝と夕方、家から研究所にかけての、宅地造成が中途半端に止まったままの荒れ地を熱心に歩き回った。

 そして今日、ついに見つけたのだ。

 清掃アルバイトの仕事カンも捨てたもんじゃない、と思った。研究所のスタッフにはまず思い至らないであろうフェンス周辺の小穴や隙間は、今でも頭の中にある。あの辺から脱出したのならこの辺に隠れてるはず、というユリノの予想は、どんぴしゃり当たった。雑木林と造成地の境目で、水のない排水溝に隠れるようにして、夕焼けの中ですんすん鼻を鳴らしていたのは、紛れもなくミニブタだった。近くには農家も何件かあって、どうやら畑のものを失敬しながら食べつないできたらしかった。

 恐る恐る近づいて、バナナを差し出してみると、あっさりとすり寄ってきた。逃げ出してきたにしては、人懐っこ過ぎる。よほど野宿の毎日が堪えたのか。あるいは、殺すつもりで探し回ってるスタッフとは違う匂いを感じてくれたのかも知れない。

 抱き上げてみると、さすがに子犬並みとは言えないが、抱えられないことはない。が、さすがに家までは無理そうだったので、妹に自動車で迎えに来るようメールを打った。残り少ない貯金をいくらか崩す必要ができたが、しょうがない。

「うわっ、ブタ!?」

 仕事帰りに休む間もなく呼びつけられた妹は、ユリノの腕の中を見てあけすけに大声を上げた。

「なに、それどうするの? 食べるの?」

「バカ言ってんじゃないのよっ! これ見てかわいいって思わないのっ!?」

「えー? 何それ、同病相哀れむってやつ?」

 首から上はユリノとよく似た妹だったが、下はねたましいほどスマートな標準体型である。

「あんたね。少しは家族に対するいたわりってものをね」 

「はいはい。でもその子って、野生のはずないでしょ? 飼い主は? 警察に届けるの?」

「……身元ははっきりしてるの。いいから帰るよ」

 とりあえず既成事実を作ってうやむやにするつもりだった。だが、そこに至るまでには、当然いくつもの障壁がある。最初の難関はもちろん親である。

「うわっ、ブタ!?」

 玄関へ入るやいなや、母親の声が降りかかってきた。どうやら信号待ちの隙に、妹が「サプライズがあるよ」とかなんとかメールを打ったのだろう。それはいいのだが、枯れ草と泥にまみれたミニブタを見て、母親は嫌悪感を隠さなかった。

「あんたそれどうするのっ!? 食べるのっ!?」

「なんでこの家は食べることしか考えないのっ!? 飼うのよっ! 文句ある?」

「あるに決まってるでしょう!!」

 連れ帰ったブタは玄関の土間に一旦置いて、母親と娘二人の緊急会議が始まった。妹はまあ中立の立場だったので、実質ユリノ対母である。

「急にあんなもの拾って帰るなんて! 農家から逃げてきたんでしょ? さっさと警察に持っていきなさい!」

「あんなミニブタ、農家で育ててるはずないじゃん。どこかのペットが逃げたものだって」

「じゃどのみち、警察じゃないの」

「いやだから、飼い主が見つかるまではさあ」

 ちょうどその時、父親が帰ってきた。のみならず、玄関を開けた拍子にミニブタが外へ飛び出してしまったらしい。父親のびっくりした声が家中に響いた。

「うわっ、ブタ!?」

 心底うんざりした顔で、ユリノは玄関に走り、父親を押しのけ、ミニブタを呼び戻そうとして……愕然とした。

「ああああ、わたしの農園があああ」

 よほど腹を空かせていたのだろうか、ブタは喜びに鼻を鳴らしつつ、庭のささやかなスペースで父親が丹精していた畑の畝を踏み荒らしながら、熟れ頃のトマトに食いついていた。ミニブタとは言っても、人為的に生育を抑えただけの普通のブタであり、しょせんはイノシシの親類だ。慌ててユリノが飛びつくも、ブタがぶるんと体を震わせるとあっさり払われてしまう。

「ちくしょうっ! 何なんだお前はっ!? 殺してやるぞ! 食ってしまえ、こんなブタっ!」

 背後では、日頃温厚な父親が口を極めて罵声を撒き散らしている――。


 すったもんだのあげく、何とかミニブタを畑から引き剥がすことに成功して(というより、食材があらかた食い尽くされるのを待って)、玄関の土間に連れ戻し(一応妹が監視役になった)、ユリノは再び親と対峙していた。正座である。しかも、今度は相手が二人である。

「あんたね。犬猫ならまだしも、よりにもよってブタなんて」

「そ、そういう言い方は……よく見たらかわいい……でしょう?」

「そうね。畑を根こそぎにしたりしなかったら、まだしもだったんだけどね」

「わ、私だってあんなことになるとは」

 どどん、と、それまで黙っていた父親が卓を叩いた。稀に見る威厳と怒気がその全身にみなぎっている。

「その前に言うことがあるだろうっ!」

「あ、はい。……すみません。畑は……責任持って復旧しますんで」

「復旧とはどういう意味だっ!? 食われたトマトは元に戻せんだろう!」

 うわ、マジで怒ってるよ、と内心げんなりしながら、それでもユリノは防戦一方である。

「ええと、いいところの有機トマト、私の貯金で買ってきますんで、それでご勘弁を」

「なんだそれはっ。食われたんなら金で解決してやろうという、その性根の貧しさはどういうことだっ」

 えええ? と本気で頭を抱えたくなる。いくら趣味にしていたとは言え、なんでここまで怒るのか。

「じゃ、じゃあ……来年の夏まで、畑の世話手伝うから、それで」

「それで終わりかっ!?」

「まだ何をせよと」

「あのブタを差し出そうという気概はないのかっ!」

「何を考えてんのよ、アンタ達はっ!」

 どうやら親側の追い込みが少々性急過ぎたようだった。あるいは貪欲さに正直すぎたと言うか。

「なんちゅー浅ましさ! いいトシして恥ずかしくないのっ!? あんな小さな子を悪魔みたいになぶり殺すなんて!!」

「い、いや、でもブタだし」

「ブタが相手でもやっていいことと悪いことがあるでしょお!」

 成人後の娘から、倫理的なことを突かれると親としては弱い。逆に、ユリノはその隙を最大限攻撃し始めた。

「迷い子なのよ!? 天涯孤独なのよっ!? 今日にも野犬に食い殺されるかも知れなかったのに! それを保護して、いったい何のやましさがあるって言うのっ」

「そ、それはまあいいとしても、お前」

「あんた、ブタ一頭飼うのに、どんだけお金かかるか分ってるの?」

 父親と入れ替わりに、冷静な指摘を差し入れる母親。ユリノはちょっとだけひるんだ。

「適当に残飯やって散歩に連れてくだけじゃ済まないんだからね。あんたの貯金、残りいくらよ?」

「も、もちろん働くよ! 次の勤め先、さっさと見つけてくればいいんでしょ?」

「今までみたいな半日パートとかじゃ、到底足りないと思うけど。病気になった時の診察料とか、予防注射の料金とか、あんた全然考えてないでしょう」

「考えてる、考えてます。分ったってば。フルタイムの就職先見つけてこいってことよねっ! ソッコーで見つけてくる!」

「ブタの飼い方なんてこっちは知ったこっちゃないんだからね。一から十まで、あんたが責任持って」

「調べます。当然でしょ、それぐらいは」

「あんた、今までネットニュースの見方も満足に」

「だから覚えるっつーてるでしょっ。私だって、本気になったら調べごとの十や二十」

「それから、どこで飼うつもりか知らないけど、この家もあんまり広くないんだから、ゆくゆくはペット可のアパートぐらい見つけてきて」

「出ます! 早々に出て行かせてもらいます! 自活すればいいんでしょ、心入れ替えて働いて稼いで……あれ?」

「まあ、そこまで言うんならあたしらが口出しすることもないかもねえ、あなた」

「うむ、まあそこまで言うのならな」

 打って変わって満足気に頷き合う両親である。ようやくユリノは謀られたことを悟った。

 ――しまったぁ……。

 どちらがどちらを説得したのかよく分からないリビングの向こうでは、妹に頭を撫で回してもらって気持ちがいいからか、はたまた明るい未来を予感してでもいるのか、ミニブタがブヒブヒと嬉しそうな声を上げていた――。


 ユリノの生活は翌日からがらりと変わった。

 日中は就職の面接に走りながら、夜はミニブタの情報サイトを漁り、合間にエサやりやしつけに励む。さらに暇を見て父親の畑の畝を作り直し、秋野菜の準備まで手伝ってやる。仕事はさる動物病院でトリマー見習いの仕事をフルタイムで見つけた。以後は、のったりソファーで寝っ転がるような時間の過ごし方とは完全に縁が切れた。いつも何かを手がけながらしゃかしゃかと動き回り、頭は常に次の作業に向かっている。まさにひっくり返ったような変身ぶりである。

 もちろん、多忙な中でもユリノはしっかり時間を作ってミニブタと触れ合うことを心がけたし、ブタの方もユリノによく懐いた。ちなみに、決めた名前はピギーである。ピギーを飼うためにユリノは勤勉な生活ぶりになり、生活を切り替えたおかげでピギーに触れ合う余裕が出来ている。実に喜ばしい好循環であり、ユリノ自身も一連の変化をおおむねポジティブに受け止めていた。

 たかがブタ一匹でねえ、と、家族は絶句し、昔を知る知人の間でも、その変貌ぶりはしばらくの間、鉄板ネタの一つになり続けたほどだ。だからみんな知らなかった。ユリノがなぜ、そこまでそのミニブタに思い入れを持ったのかという、真の理由を。



「これがそのピギーちゃんですね」

 夏が終わって秋が過ぎ、年も明け、そろそろ年度の変わり目に差し掛かろうかという時になって、その男はやってきた。仕事のつてを頼って情報を集め、この人ならと白羽の矢を立てた獣医師である。まだ若く、聞けば高校時代の一年先輩にあたるらしいが、ユリノの記憶にはない。

 飼育環境を見てもらいたいという名目で、家族の留守中に往診を頼み、ナースも誰もいない場所での一対一の対面時間をセッティングして、胸に秘めていた相談をついさっき持ちかけたところだ。最初は驚いていたようだったが、格別にブラックな依頼というわけでもないし、何より医院の窓口を通さない報酬の提示が心を動かしたらしい。彼は大筋で依頼に応えることを約束し、改めて"患畜"を見せるよう、ユリノに求めた。

 冬の間はすっかり家飼いになっていたピギーを、リビングの扉を開けて呼びつける。柴犬サイズなんだけれどぱつんぱつんに丸い、けれども本式のブタにしてはちょっと痩せた、清潔そうなペットが二人の前に現れた。

「いや、健康そのものに見えますね。色つやもいい」

「ありがとうございます」

「エサの分量は確かにメールで頂いた通りの数字なんですね?」

「もちろんです」

「それでこの体型……しかし弱っているようにも見えないし……なるほど、可能性はありそうですねえ」

「ええ、それで、あの」

「お約束した以上、私は依頼に応えます。ですが、今一度お伺いしたい。ほんとうにいいんですか? ペットのブタの体から取ったサナダムシを自分の体に入れるなんて」

「それが私の希望です」

 即答したユリノに、なおもまだ何か言いたそうだった獣医師は、しかし戸惑ったように視線を逸らすと、小さく咳払いした。

「あのダイエット法はよく言って賛否両論です。医師はほぼ十割懐疑的ですよ。危険もある」

「でも、ピギーはこれだけ健康なんです。は完璧じゃないですか?」

「いやまあ、そりゃそうなんですが……そういう単純なものでは」

「ピギーの中のサナダムシは、危険な野生種とはっきり別のものだと見ていいはずです。宿主の体の中で、おとなしく余った栄養をもらうだけの、改良種、みたいな? これなら安全に手を出せそうな気がするんです。もしかしたら予想以上の効果も」

「……ま、その辺の事情に関して、僕は一切関知しないと申し上げておきますよ」

 ピギーの出自については何一つユリノは口にしなかったが、「拾った」経緯を大雑把に聞いた段階で、獣医師はだいたいのことを察しているようだった。

 あの研究所がさまざまな寄生虫をより安全・効果的なものに改良して、治療や美容につながる"新商品"を開発しているという話は、実のところ、しばらく前から公然の秘密だったのだ。



 獣医師が帰ると、ユリノは鼻歌交じりでピギーのエサ作りに取りかかった。

 総じて気分は爽快だ。いよいよ、一生ものの大プロジェクトが動き出したのだ!

 ――これで私は"ブタ"から卒業できるっ。

 ユリノの脳裏に、これまでのあんなことやこんなことが思い浮かぶ。……と言ってもまあ、エグいドラマみたいな悲惨なイジメを受けたりしたわけじゃない。でも、学生時代に鏡の前で毎日のようにどん底まで落ち込み、腹立ち紛れに体重計を踏み壊そうとしたことは一回二回じゃない。

 自分にマイナスの自信しか持てないことが、十代の女の子にはどれだけ辛いことだったか。

 ふっとついさっきの、獣医師が帰る間際の出来事を思い出す。いよいよ玄関ドアを開ける段になって、彼は一度振り返り、何を思ったのか「僕は高校時代の君を一応知っているんだけど」なんて言い出したのだ。

 反射的にネガティブな話題になりそうな気がして、不機嫌そうに眉をひそめて見返してやると、結局何も言わずに出ていってしまった。

 何が言いたかったのかな。後ろ向きな話じゃなかったのかも知れないけど……あんまり昔のことは言い立てないでほしい。

 これだけ苦労したんだから。半年間、ほんとうにほんとうに一生懸命駆けずり回ったんだから。

 頭にも体にもムチ打って、死ぬ思いでがんばってここまで来たんだから。

 私にはその報酬を受け取る権利があるっ。

 そう、これからは、スリムで美しい体を、何の苦労もなく維持し続けて――

 と、そこまで考えて、あれ? と思う。何か忘れている……というか、考え抜けてることがあるような。何だろ。

 ぼうっとしていたら、足首に湿った生暖かいものが押し当てられた。ピギーが催促するように、ユリノの足元を鼻でつついている。

 リクエストに答えて野菜の盛り合わせを皿に入れようとしたユリノは、そこで不意に思い至った。そういえば最近、この子の体重量ってない。

 ずんずん体が大きくなってるもんだから、三代目の測定用のカゴも先日壊れたばかりだ。仕方ない。一度こいつを抱えて洗面所まで歩いて、自分ごと体重計に乗って、と。うわっ、ほんとに重たくなったなあ。

 そろそろ量りの測定限界に近くなってる数字をメモって、次に自分だけ乗る。出た数字を二行目に書いて引き算しようとしたユリノは、しかし。

 ハタとその手を止めた。

 そう言えば、体重計に乗るのなんて、何年ぶりかだよなあ、と、頭の裏っかわの大脳皮質のシワ一つ分だけで、ぼんやり考える。数字見るのが嫌で、リアルの体重なんか存在しないことにしてたからなあ――て、そんなことじゃなくて!

 数字をもう一度見る。首を傾げて量りにもう一度乗る。変わらない。

 呆然とした顔を上げると、目の前に鏡があった。なんだか違和感のあるその輪郭に、つい目を見開いてしまう。実は鏡をまじまじと覗き込むのも久しぶりだったりする。ここしばらくは、出勤前に髪の毛のチェックを最低限やってただけだ。髪の輪郭線の内側は極力見ないようにしてた。

 どうせ見ても仕方ないものだったから。そう思ってきたから。

 でも。

 ピギーは何も美味しそうなものがない洗面所から勝手に這い出ると、そのまんまキッチンに向かったようだ。ほっといたら口が届く範囲の野菜とか果物とか、好きに荒らし始めるだろう。

 かわいいけどほんとに手間のかかる、油断ならない、そしてお金のかかるペットだ。このペットのために私は今まで寝る間も削って走り回り、出来ないこともやり、出せない費用を絞り出し、あるいは自転車操業で稼ぎ、家族やその他にあちこち頭も下げ、ないに等しいコミュ力も無理やり底上げして、しなくていい苦労をムダにレイズしていった。

 何のために? サナダムシのために。ブタを卒業するために。やせるために。スッキリした顔になって、せめて妹並みの体型に化けるために。

 これからそうなる。そうなるはず。そのために、駆けずり回って、さっきも結構な大枚はたいて――

 ユリノはもう一度メモの数字に目を落とし、それから鏡を見た。食卓の方からは、のっぴきならないミニブタの鼻息が、ごちそうをがっつく音と一緒になって聞こえてくる。

 摩訶不思議な思考の無限ループに眉を思いっきりしかめながら、ようやくユリノは叫んだ。

「あっれええええぇぇぇっっっ?」



  <了>



 *次項は、このページと同一のストーリーを半分以下の字数でリライトしてみた推敲版です。

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