3・プライドが砕けるような愛に【Side:沙希】

 顔を覆う和宏に大林沙希はしらーっとした瞳を向けた。

 まるで彼の方が処女のような反応である。だが彼がそんな反応だった為、あまり恥ずかしさは感じなかった。つまり、こちらも必死だったというわけだ。

「あ、いや。その……身体大丈夫? とりあえず何か着てくれると助かるのだが」

 しどろもどろになりながらもなんとか言葉を発する和宏。

 大林はそんな彼になんだか愛しさを感じていた。

 無知すぎてプライドをズタズタにされていく彼が面白かったと表現すれば、酷い女と言われるかもしれないが興奮はしたと思う。


──なかなか良い趣向ですわ。


 何をどうしていいのか分からず戸惑う和宏は、大林をドSに開花させるには十分であった。普段はプライドの高い彼の困った様子は、それだけ大林にとって興奮材料となったのである。

「そのうち慣れましてよ」

 大林は傍に落ちていたニットのボディコンに袖を通すと身体の線に沿って下ろしてゆく。

「な、慣れ?!」

 素っ頓狂な声を上げる彼にクスリと笑う。

「あら、お気に召されませんの?」

「そんなことない。よ、良かったよ」

 でも……と俯く彼はきっと罪悪感でいっぱいなのだろう。彼にとってはこの行為は神聖な儀式のようなもの。愛を語らうだけではなく、生命の誕生に関わるものだから。


──避妊は百パーセントではありませんしね。

 できてしまったなら婚約破棄はしやすくて良いでしょうけれど。

 出来ればそんな無責任なことはしたくありませんわね。和宏の未来のためにも。


「慣れた方がリードすれば良いのですわ。恋愛において、恋人間の男女は対等。助け合うものでしてよ?」

「え、またするの」

 真っ赤になって目を泳がす彼。本当にこういうことが苦手なのだなと思った。相手の全てを目にするのも、見られるのも彼にはとても苦手なことなのだと気づく。だがそれでいい。いや、それが良い。

「お嫌ですの?」

 大林の質問に、”意地悪だよ”と涙目の彼。

 彼はこういったことが苦手と言うだけで、性欲がないわけではないのだろう。現に先ほどだって大林に興奮をしていたのだから。そんな自分自身に戸惑う彼を可愛いと思った。


──だからといって、誰ともでもこんなことをするような殿方になってしまっては困りますの。あなたはわたくだけを情熱的に求めれば良いのですわ。


 大林はベッドに乗り上げると、まだシャツを身に着けていない彼の胸に身体を寄せる。

「ちょ、ちょっと。胸を押し付けるのはやめてよ。またどうにかなってしまうから」

 いつもは少しぶっきらぼうで、言葉少なな和宏。そんな彼がいつもより饒舌になるのが嬉しかった。彼が求めるのであればいくらでも応えたいと思う自分がいる。

「とりあえず一度シャワーをしてまいりますわ。このままでは、かぶれてしまいそうですし」

 もう少し戯れていたい気持ちもあったが、なすべきことをしておかないと後が大変だと思った。

「かぶれる……?」

 ”どこが”と聞こうとしたのだろうか。続けて何か発しようとした和宏は何か思い当ることがあったのか、口元を抑え再び赤くなる。

 大林はそんな彼を満足気に見やるとベッドから降りた。


「思い出していただけましたの? 良い反応ですわ」

 彼が赤くなっているということは、思い当たる部位を思い出しているに違いない。大林はニッコリと微笑むと寝室のドアに手を添える。

 そしてドアを押し開くと彼の方へ向き直り、

「また後程」

と声をかけ廊下へ出た。


 一面ガラス張りの向こうにはライトアップされた庭が見える。この廊下にも等間隔で丸い置き型ライトが設置されていた。光を反射して照り輝く白木の廊下がとても美しい。

「ふふふ。でも気を付けないと丸見えですわね」

 鏡のように自身の姿が床には映し出されている。和宏が見たらきっと卒倒してしまうに違いない。そんなことを思いながら、大林はシャワールームに向かったのだった。

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