2 心許せる、幼馴染み

1・幼馴染みの女の子

和宏かずひろ

 困り果てていたところに、声をかけられ和宏はそちらに視線を向けた。

 良く知った声。それもそのはず、隣の家に住む幼馴染みなのだから。

彩希さき


 同級生で幼馴染みの彼女の名は、大林彩希おおはやしさきという。

 幼稚園から一緒の為、幼い時から下の名で呼んでいた。そのまま現在に至る。彼女とはまるで兄弟と変わらない感覚だ。

 小柄で、ベージュの長くウエーブかがった髪を背中までたらし、いかにもお嬢様と言った風に、品の良い仕草をする。

 モノトーンの少しふんわりとしたワンピースを身にまとっていた。


「今日は、本屋に付きあって下さると。約束をしておりましたわよね?」

 そんな約束をした覚えはない。

 これは助け船なのだと思い、和宏は彼女の言葉に甘えることにした。

 今は一刻も早く、この場を逃げ出したいのだ。

「ああ。そうだったな」

 和宏の言葉に大林はホッとした表情を浮かべる。

 それはきっと、彼女の意図がスムーズに伝わったと思ったからに違いない。


「悪い、先約があることを忘れていた」

と、穂乃果ほのかに謝る和宏。

 彼女は勘が良いのか、怪訝そうにこちらを見ていたが諦めたように立ち上がる。

「そう。じゃあ、今度お礼させてね?」

 穂乃果はチラリと大林に視線を向けると、再び和宏に視線を戻して。

 それが宣戦布告であることに和宏は気づかない。


 紹介すべきか迷ったが、次回で良いかと思い直す。ここで時間を食ってしまっては、元も子もないからだ。

「ああ」

 短く答えると、彼女はひらひらと手を振ってその場を立ち去っていく。

 その背中を見送っていると、

「どちら様ですの?」

と大林に問いかけられる。


「同じ講義を取っている、槙田穂乃果まきたほのか

 すると、彼女は頬を膨らませた。

「名前を聞いているんじゃありませんのよ?」

 ”それは分かっている”と和宏は心の中で返事をすると、

「作品のことで相談を受けていた」

と答える。

 その答えにため息をつく、大林。


 和宏はバッグを持つと立ち上がった。

 並べば身長差は歴然だ。こちらを見上げる彼女に”帰るぞ”と合図を送るように入口に視線を向ける。

 そんな和宏に、

「仕方ありませんわね」

といって、彼女も後に続くのだった。


「本屋へは、本当に付きあって頂きたいの」

 一階の靴箱へたどり着くと、彼女は靴に履き替えながら。

 大学にもよるかも知れないが、この大学の構内は土足禁止だ。

「分かった。夕飯は食べて帰るか?」

まるで夫婦のようだなと、思いながら彼女の荷物を少し持ってやる。女性はどうしてこうも荷物が多いのかと思いながら。


「人が苦手なくせに、自らコミュニケーションを取らねばならない状況に身を置く、あなたのことが理解できませんわ」

 彼女の指摘に和宏は、深いため息をつく。

 言われるとは思っていたが、実際に言葉にされると辛いところだ。

 和宏は確かに、人づきあいが苦手であった。だからこそウェブでレビューを書いていたのに。


「仕方ないだろ」

駐車場に着くと助手席のドアを開けて彼女を促す。

「人づきあいが苦手な上に、お人よしとかどうかしてましてよ?」

運転席に乗り込むとエンジンをかける和宏の横で、慣れた手つきでカーナビを操作する大林。

 流れ出す、one light。

 優しい音色に、微笑む和宏。


 そんな自分を大林が優しい瞳で見つめていることに、和宏は気づかないのだった。

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