2・何気ない日常


「これどう思う?」


 雛本ひなもと 和宏かずひろは片肘をつき、頬を載せスマートフォンを眺めていた。

 突然声をかけられ顔をあげると、良く見知った相手が傍らに立っている。”急にどうと聞かれてもな”、と思いながら次の言葉を待った。

 声をかけてきた相手は講義でよく一緒になる学生。この大学に限らず、最近はネット小説を書くことが流行っているようだ。


 和宏は書くより読むことの方が向いていた為、気まぐれで時々レビューを書いていた。

 ある時それが友人の一人にバレて、同期生にもレビューを書く羽目に。知り合いに書くのはやり辛い。しかし和宏の書くレビューは、読者の読みたい気持ちを誘うスタイルだった為、いつの間にか口コミで広がり今では知らない学生からもよく声をかけられるように。


 人見知りではないが人付き合いの悪い和宏には、それが苦行以外の何物でもなかった。しかし、人に頼られるのは悪い気がしない。


──── まあ、慣れたけどね。


「ここなんだけどさ」

 相手は和宏の元にスマートフォンことスマホを差し出すと、問題の箇所を指さす。

 どうやら世界観の表現でつまずいているらしい。


 受け取ったスマホに視線を滑らす。ジャンルは異世界転生もの。よくある現代からファンタジー世界へ転生するものらしい。和宏はそこに表示されている彼の名前を見て、前回の作品のことを思い出す。


 確か全作は歴史物だった。タイムスリップもので、よくある現代に飛ばされるものだったが、飛んだ先は現代ではなく近未来。

 戦国時代に産まれた人物がある日、穴に落ちて近未来に飛ばされ。AIと恋に落ちるというもの。

 独創性があり、ラストはバッドエンドではあったがコメディ要素があった為、希望を感じるものであった。


「悪くないと思うよ」

 率直な意見を述べると、彼は変な顔をする。

 当然だ、”良い”ではなく”悪くない”という表現なのだから。

「何が足りない?」

と、眉を寄せ困った顔をする彼。

 前作の時と反応が違うのが気になるらしい。


「うーん。インパクト?」

  和宏は少し首を傾げ、スマホを彼に返した。

 こんな風に相談を受けることは少なくない。

 しかし作品自体にアドバイスを求められても困るのだ。自分にできるのは感想を述べることと、レビューを書くことくらいなのだから。


 ”インパクトか”と呟くように言う彼の向こう側、講堂の入口に視線を映し、和宏はドキリとした。視線の先に居るのは同期生の一人。

 こげ茶色のストレートの長い髪が印象的で、可愛らしい顔をした女子学生だ。ワンピースを着ていることが多く、清楚な印象の子である。


 恋愛などまったく興味のない和宏であったが、彼女に興味を持ったきっかけはあるレビューだ。

 あの日ことを思うと和宏の胸が痛む。彼女の小説には、作品否定とも受け取れる感想が書かれていたのである。

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