16:金曜日 夜その3

 都会の繁華街──なんとなく大人になったらこんなところで飲み歩くものだろうと思っていた。

 現実──仕事が終わればスーパーで食材を買い足し足早に帰宅する毎日。

 しかし──よっぱらったサラリーマンたちの粗相を見ると別段羨ましいとも思えなかった。

 ニシは黒いゴミ袋が積まれた繁華街を歩く/駐車禁止&通行禁止のマークのせいかタガが外れた酔客があちこちでふらふらと歩いている=反面教師/こういう人生は嫌だな。

 昼間のように明るいのは魔導機関によるエネルギー革命以前よりの風習/あるいは因習。

 酔客だらけだからか、魔導で地図アプリを表示させたままのスマホを空中に浮かべても誰も見向きもしない/それに加えニシの後ろを身長2m超のアロハの大男が歩いている=泥酔していても正気に返ってしまう迫力。

 いた。

 送られてきたGPS情報とぴったりの位置でうずくまっているカナ/ポニーテールが力なく揺れている。

「おい、カナ。聞こえてるか」

 動かない/気分が悪いのか?

 ふさふさのポニーテールをつついてみた/反応して揺れる/香水の残り香が舞う。

 言葉は返ってこない/しかしカナは薄暗い路地裏を指さした/その先=乱雑に積み上がった黒いゴミ袋から足が2本、天を向いて立っていた。

 ニシは淀んだ繁華街の空気を吸ってゆっくりと吐き出した。

「殺人罪は死体が見つからなければ罪に問われない、というし。1000℃ほどの炎で焼いて横浜港で撒くか」

 ニシの手の平/高温を示す青い炎が熾きる。

 ニシの足元/ズボンの裾をカナがグイグイと引っ張った。

「ちがうちがうの。生きてるの。生きてるの、たぶん」

 目が据わってる/呂律が回っていない=そんなにお酒を飲むような人物じゃなかったはず。

「というか、なんで酔ってるんだ? まさか合コン? ハハハハハ、カナに限ってそんなことは──」

 返事がない。悔しそうに唇を真一門に結んでいる=つまり図星ということ。

「ひとまず、あの、あの、何だ? 刺さってる男を持ち上げよう」

 ゴミ山に腕を突っ込む気概=もちろんなし。

 男が逆さまのまま宙へ浮かび上がる=詠唱なしの単純な魔導。

 たしかに息はしているようだがぐったりしている。

「どうしてこうなったんだ?」

「うううう、居酒屋をみんなで出たときに、私は帰ろうとしたの。でもあの男、私の後ろをつけてきて『ホテルで休まないか』なんてふざけたこと言ったの」

「モテモテ」

「違うもん。私、ちゃんと好きな人がいるんだから!」

 だったら合コンなんて行かなきゃいいのに。

「で?」

「あの男、私のお尻を触ったのわかる? 最低でしょサイテー。だから投げ飛ばしたの」

 状況=わかった。たぶん、空中で2,3回転して落下したのだろう/コンクリート壁に当たらなくてよかった。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 火球に変わって水球がニシの手の平に出現/水球がうねり勢いよく男の顔面を洗い流した。

 ずぶ濡れの男を地面に座らせる/やっと目が覚めたようだ。

「くっそ、クソ、お前ら、卑怯な手を使いやがって、魔法使いか」

魔導士・・・、だ」

 男を宙吊りにするのも悪態をつかれるのも今日で2度目=疲れたなぁ。

「暴力だ! 暴力だぞこれは。訴えてやる!」

 そうなると少々まずい/力で勝る魔導士を抑える法律=魔導不正使用取締法/暴行罪なら特殊刑務所に数年収監されてしまう。

 カナ=うずくまったまま/今にも泣き出しそう。

 丸く納める方法/多分ひとつだけ。

「カグツチ」

 召喚の呪文じゃない/後ろに立っている大男に声をかけた。

 カグツチがどしどしと歩き喚き散らす男の前でしゃがんだ/小男もさすがに黙った。

「あんたですかい。うちのお嬢をなかせたぁちゅうのは。ぎゃーぎゃー赤ん坊みてぇにうるせぇなぁ。てめぇタマついてんのか。それともそれを引き抜いて“らしく”してやってもいいんだぜ、ああん?」

 凄み&脅し。

 小さく悲鳴を上げた男は弾けるように立ち上がると繁華街へ走って消えてしまった。

 ニタニタと満足げなアロハの大男=カグツチ&眉を上げて困惑するニシ/顔を見合わせて、

「俺が思念伝達で言ったとおりになぜ言わない?」

「昨日見た映画でこういう場面があったのだ」

 また勝手にこちらの世界に来てテレビを見ていたのか。

「どんな映画かだいたい察しが付くが、子どもたちの前では見るなよ」

「うむ。小さき魔導士がそう注意していたのでな。我も気遣いをしたぞ」

 人間臭い神様/生き物の暮らしを楽しんでいる=大男はカナの近くに寄ると、膝を曲げ片手を差し出した。

「無事でしたかい、お嬢。さ、お手を」

 カナは今にも泣き出しそう。

「いやぁ、私、そんなの嫌!」

 周囲の目も気にせず喚く酔っぱらい/通行人&ポン引きは視線の端でちらりと見るだけ=「いつもの光景」

 カナはトロンと焦点の合わない視線をニシに向ける/両腕を伸ばす。

「だっこ!」

「バカ言うなよ。ほら、さっさと立てよ。駅まで送っていってやるから」

「嫌!」

 カナ=本当に泣き出した。あまりぐずぐずしていたら通報されて悪者になってしまう。

 ニシは背中を向けると後ろ向きに手を差し出した。

「だっこは俺も嫌だけどおんぶなら。ほら、早く乗れよ」

 ずしり。背中が重い/無意識に魔導が発動=身体強化/数十キロの体重にも関わらずスッと立ち上がる。

 駅は北西の方角/繁華街のLEDの光が眩しい/23時を過ぎて盛り上がりはまだまだこれからというところ=電車が無人で24時間走って終電がないせい。

「嫌い」

「カナ、耳元で大きい声は出さないでくれ。あと吐くなよ。絶対に吐くなよ」

 するとカナは首に腕を回してきた=ニシは絞められるかとヒヤヒヤした。

「優しいのね───」

「あのな、あの状況で放おっておけるわけないだろ」

「───だから嫌い」

 どっちだよ。

 ニシは首を回し大男の姿を探す=いない/カナに頭を叩かれる。

 不意に届く思念伝達──『恋の巣』というドラマでこういう場面を見た。男女のつがいのえにしとは美しいものだ。

 代わりにカグツチにカナを運んでもらおうとしたのに/余計な気遣いだ。

 そうこうしているうちにカナは寝息を立てて静かになってしまった。

 駅で起こすか/起きるのか? 

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