3:月曜日

 フフン フンフン フフン

 8月の暑い日差し&陽気な日差し=嫌いじゃない。社から支給された地味なTシャツを腕まくりしてじっくり焼けることを期待=もともとは色白な肌。

 ジュン=元SAT/銃が大好き/大きい銃が大好き/銃声も硝煙の香りも大好き。

 金髪を整髪剤で整えたミドルロングヘア=「これからの時代は個性が大切っす」

 ジュンは旧東京の潰瘍監視基地の古い倉庫に向かって歩いていた。

 潰瘍発生&戦前からの建物/旧東京都を更地にする際にいくつか残された施設のひとつ/かつての貸倉庫群れ。

 暇だとつぶやいたのがすべての発端=ちびっこ・・・・隊長とおでこ・・・主任に雑用を任せられる/鍵の束を渡される。

 錆びた扉を力いっぱいに開ける/日光が差し込んでもうもうと埃が舞うのが見える。

「うへーめっちゃあるじゃないっすか」

 積み上げられた古い段ボール箱/ゴキブリの死骸/その側面=大田区第64避難所/雑にマジックペンで書き殴られている。

 ああ、あの時のか/思い浮かぶビジョン=それを振り払うためツンツンの金髪が揺れた。

「ずべこべいうな。おまえのせいだかなら」

 背後のヒロ=元警視庁巡査/平和が大好き/公正が大好き/不純が大嫌い。

 ジュンとは対象的な清潔な丸刈り=「仕事で個性は不要」

「まさかあの2人が一緒にいるとは思わなかったんだよ。しかも意見まで一致している」

「俺たちは待機任務なんだ。それだけで経費がかかる。その有効活用だろう」

「でもケンさんは本社の開発部と会議っしょ」

「ケンさんも隊長も元陸自だからだ。いいから、喋ってないで手を動かせよ。こっちの倉庫はお前、あっちは俺がやる」

「なあ、せめてニシさんを呼ばね? ニシさんの魔法があれば、こう、段ボール箱を浮かばせて、俺がその中を選別してってできる」

 ヒロ=わざとらしく鼻を鳴らす/力任せに錆びた倉庫の扉を開ける。

「朝のミーティングで寝てたのか、お前? ニシさんは1週間する出向しゅっこうから不在だ」

「ん、じゃあ、潰瘍に入るときはどーすんだよ」

「俺たちだけでもできるし、緊急時は佐藤女史が同行してくれる。本人曰く、ニシより強いって自慢していた」

「あーなるほどね」

 落胆/嘆息=諦め。

 ジュンは薄暗い倉庫に入る───埃を払って段ボール箱を開ける/蓋部分にふたたびマジックペンの走り書き「忘れ物入れ」

 中身=カビたクッション、壊れたおもちゃ、古着、帽子、今では見なくなった乾電池。

「くっそ、全部ゴミじゃないかよ。5年もたったしこれ全部捨ててしまえよ」

 ふと思い出す5年=遺失物保管の期限。

 貴重品=なし。記名=どれもなし。

 ダンボール箱をひとつずつ倉庫の外に出して積み上げていく。

 次のダンボール=大田区第21避難所備品。内容=使いかけの包帯、絆創膏、干からびた消毒液のボトル=ゴミ。

「せっかく民間のトップ企業に入れたと思ったら、公務員時代と同じ雑用とはトホホっすね」

 段ボール箱をガサガサとかき回し、ゴミ、と判断した。しかし底の方に見慣れたマンガが埋もれていた。

「うおっ、ワンピースじゃないっすか。しかも名場面の64巻! オレっちのコレクションも魔導災害でパーになっちゃったからなあ」

 ジュン=振り返りあたりを見渡す/ヒロの姿は見えない。ちょっとくらいサボってもバレない。ツンツンに整えた金髪がふらふらと揺れた。

「へー懐かしー」

 ここ最近、紙のマンガはすっかり見なくなってしまった/電子版はコレクションとも思えず。

「ん? ページがくっついて……」

 真ん中ほどのページ/真っ黒い染み=血糊の跡。

 ジュンはぽいとマンガを投げ出した/つんつんの金髪をかきあげる。

「あーあ。割り切ったと思ったのに。思い出しちまったな」

 


 体が重い/もっと早く動け! 手足に命令するも緩慢な動きしかしてくれない。

 アドレナリンの過剰分泌=痛覚の鈍化、視野狭窄、そして思考の加速。

 尻もちをついて動けないジュン=その眼前。

 グチャ グチャ グチャ グチャ

 この音/色/ああ、見たことがある。家庭科の実習でハンバーグを作ったときだ。赤い肉をこねる音、まさにそれだ。

 そして鼻をつくアンモニアの死臭=人の臭いってこうなんだ。

 体が動かない。ほんの10秒前まで隣を歩いていた同僚がA型怪異に襲われた。それを見ているしかできない。

 かろうじて人の形を保っている怪異/東京を覆っている黒いドームと同時に各地にあふれ出るように出現した怪物。

 常盤興業の説明=聞いた/武器=持っている。ただの怪物だろうと高をくくっていた。

 ちがう。何だこの化け物は。人の力じゃどうすることもできない。俺たちは住民を守るための肉の盾になるしかないのか。

 同僚を踏み潰すA型怪異の動きが止まる/顔かどうかわからない部分がこちらを凝視している。まずい。

「く、くるなあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 持っている武器=9mm口径のサブマシンガンだけ。

 撃った。飛び出す弾も薬莢もまとめて目で追えるくらい、思考が加速している。

 効果=なし。まるで土嚢に向けて撃っているよう/銃撃に怯むこと無くA型怪異は肉片がまだ付いてる手足で近づいてくる。

 終わった。このクソ訳の分からない災害の中でクソみたいな化け物に殺されるのか。

 ヒュュュュン

 巨大なかえし・・・のついたもりが視界を横切った。それがA型怪異の体を貫く/引っ張る/空中へ引っ張り上げる

 爆散。銛は突如破裂/A型怪異は黒い霧になって散った。

「大丈夫ですか! ああ、くそ、間に合わなかった」

 人が崩れかかったビルの屋上から飛び降りてきた=こいつも化け物か。

「ああ、あの、すみません。銃を向けないでくれませんか。自分、一応魔導士ですので。銃弾程度じゃ死ねません・・・・・が、一応、緊張するので」

 魔導士? 魔法使いのことか。

「常磐が配布した魔導障壁貫通弾は、無いんですか」現れた魔導士は同僚だった死体を一瞬だけ見て目をそらした=見慣れた光景。

 はっ、そうだ。用意していた言葉=さっきまで同僚と交わしていた言葉を思い出した。

「たった50発だ。たった1人50発だぞ。もう使い切ったに決まっているだろう。何匹、あの化け物がいると思ってるんだ!」

 普段はこんなに怒鳴らないのにな。

 目の前の魔法使いのその背後=筋骨隆々の大男がいた/上半身裸で瓦礫の中裸足で立っている/WWEの選手か?

「はあ、わかりました。とりあえず──カグツチ、この周囲の怪異を排除してきてくれないか」

「あいわかった。だがニシ、この小さい方の体じゃ1匹ずつ潰さなくてはならん。不便だ」

「デカイほうだと自衛隊に空爆されるぞ。いいから、その拳で潰してこい」

「あいわかった」

 何なんだこのふたりは。

 すると魔法使いのほうがジュンに手を伸ばした。

「銃弾、普通の方でいいです。まだありますか。それに付術エンチャントを行って怪異を倒せるようにします」

 信じていいのか/しかし今しがた命を救ってくれた。

 ガチャリ。銃の安全装置を確かめ、マガジンを引き抜いた。

「これが最後の一本だ」

 何か呪文でも唱えるのだろうか/魔法の杖や御札を貼るとでも言うのか。

 しかし彼はすぐにマガジンを返してくれた。

「1発ずつが爆発するので、あまり人の近くでは使わないでくださいね」

「何だよ、そのピーキーな性能!」

「あ、あとこれも」

 魔法使いは空中に手を掲げた。朽ちていく鉄塊を逆再生していくかのように、魔法使いの手の内に無骨なマチェットが出現した。

「おいおい、まじかよ」

「魔導で召喚した武器はマナを帯びているので怪異に対処できます。丸1日は召喚を保つことができます。どうぞ。お守りみたいなものですが」魔導士の青年はずっしりと思いマチェットを手渡しした。「あー斧とか刀とかのほうが良かったですか? 警察の人は剣道が得意だってテレビで見ました。槍ならリーチが長いので安心して戦えます」

「いや、いい。大丈夫だ」

「じゃ、俺は世田谷の救援に行きます。大型の怪異が迫っているみたいなので。あの、すみません、同僚さんを救うのに間に合いませんでした」

「あ、ああ」

「どうかご無事で。また避難所で会いましょう」

 魔導士の青年は微笑んだ/しかしその顔は真っ青=もしかして休み無しで働いている?

 彼はくるりと背を向けると予備動作なしの跳躍で瓦礫の街へ姿を消した。

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