『ひれふせ、女たち』についての続き②
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多くの女性が配偶者による暴行を受けているというのは事実だが、しかしそれを糾弾するに、言うに事欠いてmasculinityという言葉を用いて、女に縁のない童貞連中まで巻き添えにされては――しかも「ゴールデンボーイ」への免責が「チェリーボーイ」連中への常態的軽蔑と並行するからには――明らかに不当であると言わざるをえない。そのような攻撃性が男性性を構成する重要な要件であるとあなたがたが超越的に定義付けられるなら、いち男性である私は、男性性の要件を満たすために、暴行するための女を要求したい。(しかしこれは明らかに不合理である。「男社会」における累代の女性幻想が女性性の実態とは乖離した誤ったイメージであったように、feminine環世界的経験を基盤とした男性性の超越的規定もまた誤りを生むと言わなければならないだろう。「マザコン男のブンガク」は「オンナ主義者(フェミ女、と言った方が正確かもしれないが、そのような下品な響きの言葉を書きたくはない)のシャカイガク」ではなく、男女両性の真実により取って代わられる必要がある。)
家父長制的ミサンドリーについて――『ひれふせ、女たち』第六章での「ゴールデンボーイ」に関するマンの考察は、規範的な男性に対する極度の免責を語る一方で、その陰画として、より少なく規範的な男性に対する極度の責めを示唆している。強姦犯人である水泳選手の青年は「怪物」ではない、家族にとっても友人にとってもそうではないのだが、われわれの社会に住む人間は犯罪者を「怪物」とみなしがちであるために、事実犯人である者が怪物然としていないという理由で彼を免責する傾向にあると言われる。この「怪物」のイメージは、では、どこに投射されるのか? 規範的な男性による犯罪が喚起するイメージが、当の規範的な男性に向けて投射されないとき、宙に浮いた怪物的イメージは、彼らではないもの、すなわちより少なく規範的な男性へと投射される。
宮崎勤自身は少女を誘拐・強姦・殺害した凶悪犯罪者であり、その事実は揺るぎない。しかし、切り離されてもよい「宮崎勤」と「怪奇映画」、「漫画趣味」が強固に結合し、このような趣味を持つ者は凶悪犯人の類であるとして道徳的非難に曝されることとなる。
いかに本質的な次元における家父長制イデオロギーの真実在を主張しようとも、現実的次元において規範的でない男性に対する女性による攻撃が現象する以上、これは女性が行為者であるような家父長制的ミサンドリーpatriarchy misandry of which women are the agents、男性一般の監視と序列付け並びに非規範的な男性に対する嫌悪の表明及び懲罰的行動である。性経験の有無がある種の特性の有無や優劣と結びつくというのは考えられる話だから良いとして、してもいない犯罪行為によって喚起されたイメージを負わされるという不正は断じて許しがたい。
(This may be similar to anger of women who were (not) killed by Eliot Rodger who hated women never loved him. Dead cannot bear any emotion but for other women this anger would be valid. "Why are we to blame because we did not love him? We'd never done anything on him." And, or but, he rose as a "supreme gentleman" to punish women under laws, according to which he was right. ロジャーの環世界的苦痛によって懐胎された「ビッチ」のイメージが見ず知らずのソロリティの学生らに投影され、当のロジャーとは何のかかわりもないにもかかわらず、何か悪行を犯しているかのようにみなされた。これに似通って、女性の環世界的苦痛によって懐胎された「怪物」のイメージが見ず知らずのチェリーボーイに投影され、当の女性とは何のかかわりもないにもかかわらず、何か悪行を犯しているかのようにみなされた。)
道徳家の、正義のための闘士の顔をした人間がこのような不正を行うのを見ることほど、憤りを喚起する苦痛はそう多くないだろう。マンのごとき洞察を持たない本邦のポピュリスト女性主義者に対する怒り――それは女性解放の前衛によって「進歩に対するバックラッシュ(退行)」と呼ばれるのだが――は、私の場合、このような苦痛に由来する。
家父長制イデオロギーが倒壊したとき、処女・童貞に対するいかなる「からかい」も「ヘイト」も禁止されねばならず、それは女性に対するある種の行為の禁止を含意する。しかしそのような含意を、現代の女性主義者、一見すると女性に告発の主体としての位置しか与えようとせず、責任の主体としてその人格を彫琢しようとしているとは見えない女性主義者の運動を見ると、そのような社会的主体性を将来の女性主義が涵養しうるかどうか怪しい。
正義を名乗る者の不正は最も強く怒りを喚起する。正義を一顧だにしない者であればまだしも、正義を名乗る者が「それは、別」と己の行使する悪を免責する――それが怒りを喚起しないことがあるだろうか。あるいは「わたしは自分のパイを取りに来ただけで、世界を救いに来たわけじゃない」と言うのなら、闘争は純粋に政治的な再分配をめぐるものに限定されるのでわかりやすい。世界を救いに来たわけではない者同士、己の利益を正義と言い換えて戦えばよい。しかし善を、正義を自称し論敵に道徳的な非難を加えながら、その同じ概念的ツールに基づく自らの道徳的浄化を拒否するのなら――それを退行と呼ぼうと女性憎悪と呼ぼうと、起こるものは起こる。
あるいはtruthではなくtruf, trufsを。
Post truth come trufs. The term "post truth" implies there were once a period when sole truth existed which intelligent class could find and define and then lay public people obeyed the definition of sole truth by intelligence. Now such a monopoly definition has become no more possible. This transition, the death of truth, is mourned by many progressive intelligences because the new right movements rise all over the world under the name of alternative truth. "Truth" is no more the monopoly capital of left progressive intelligence(, or, that is to say, Marxist vanguard?).
PLURAL DEFINITIONS OF THE CONCEPT OF TRUTH IN PARTICULAR DISCIPLINES
Then, we can question to ourselves, what is truth? In logics, true proposition becomes false when it becomes negative. When A is true, Not A is false. There are true or false, so simple. We can say here the concept of truth is exclusive. Not A is always false (vice versa: if Not A is true, A is always false). This simple and exclusive binary opposition starts its method and ends at an abstruct logical system.
As for the history of multiplication of the concept of truth, its speculative bird-view dessin is given by Ernst Cassieler in "die Philosophie der Aufklaerung."
PHENOMENOLOGICAL FONDATION OF TRUTH IN HEIDEGGERS DISCUSSION
NEOLOGISM FOR THIS DYNAMIC CONCEPT OF TRUTH: TRUF AND TRUFS
Post truth bring trufs themselves.
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