異世界管理局
真中夜
第1話
亜麻色の髪を風に靡かせながら、愛らしい顔の少女は上機嫌に自宅へと向かっていた。
──やった、やった、やったぁ! ロナルディンに一番好きって言われちゃった! 私はみんなに愛されてる!
嬉しさを隠すことが出来ず、ニコニコと笑う彼女に彼女を知る人間は自分のことのように嬉しくなって笑顔を浮かべ、緩む頬を抑える彼女に声を掛ける。
「嬉しそうだねぇ、何かいいことがあったのかい?」
「ええ、そうなのよおば様! とっても嬉しいことがあったの!」
頬を薔薇色に染め、うっとりとした笑みを浮かべる彼女に声を掛けた女性は自分のことのように喜んだ。それに、少女は満足気な顔になる。
「またね、おば様」
ひらりと少女は女性に手を振り、自宅へと駆けて行く。少女の背中が見えなくなると、女性は自分は何に対して喜んでいたのか分からなくなり、不思議そうに首を傾げた。
帰宅した彼女は自室に向かい、ドレッサーの前に置かれた座椅子に座る。鏡の中に映る自分はとても嬉しそうに笑っていて、前の自分に比べてずっと綺麗で可愛らしい顔にまた嬉しくなる。
──この顔が自分だって感覚はまだ薄いけど、転生することができてよかった〜!
少女には前世の記憶があった。神様の手違いで殺されてしまった彼女は好きな世界に転生する権利を与えられ、三つまでなら好きな
彼女の選んだ世界は大好きだった乙女ゲームの世界。魔法も異能もスキルもない異世界だが、神様に「君は特別だから」と言われ、
──知り合う人間全員に自分を好ましく思って欲しかった。誰からも好かれる人間がこの世にいないことなど知っている。けれどずっと、ずっとずっと愛されたかった。誰かに愛して欲しかった。特別になりたかった。愛が欲しくて欲しくてたまらなくて、一人だけの愛ではその欲望は満たされない。みんなに愛されたい、みんなに自分を愛して欲しい。
転生した彼女は魅了のおかげで、望んだ通り誰からも愛されるようになった。
乙女ゲームの主人公よりも攻略対象に愛されて、サブキャラクターにも愛されて、名前も立ち絵も出て来ない人間に愛されて、乙女ゲームの主人公にも愛されて、少女を愛さない人間なんてこの世界にはいない。
「ふふっ、しあわせ」
「──そうですか、それはよかったですね」
自分しか居ないはずの部屋に聞こえた誰かの声。空気に溶けてしまいそうな静かな声に身体が硬直する。
ドレッサーで見える範囲を確認する。誰も居ない、映っているのは自分だけ。聞き間違いかもしれない、と思って振り向けば、黒いスーツを着た高校生と大学生の間くらいの女がそこに居た。
少女の鼓動がドッと早くなる。その女に、少女は見覚えがあった。
「お久しぶりですね。その様子だと私のことを覚えていらっしゃるようで」
にこり、と女が──死神が笑う。
『いいですか? これは忠告です。
少女は死神に言われた言葉を思い出す。それを言われたとき、自分は神様から特別に許可されたんだから使っても問題はない、と主張した。
けれど──
『いいえ。あなたのその力はこの世界では許されていません、この世界に魔法や異能やスキルは不要なものなんです』
意味がわからなかった。神様が許可したのに許されていないなんてそんなのはおかしいと。だから魅了を使い続けた。魅了のおかげでみんなに愛されることができた。それがずっと自分が死ぬまで続くものだと、少女は信じて疑わなかった。
「忠告したにも関わらず、あなたは魅了を使い続けた。あなたは世界の
「や、やだ! いや! 出て行って! 出て行ってよ!!」
涙で潤んだ瑠璃色の瞳が妖しく揺らめく。
黄金色の瞳がすっと細められ、口元に薄く笑いが浮かぶ。
「ああ、すみません。私にあなたの
「なんで……ッ!」
「そういう体質だとでも思ってください。怖いことなんて何もありませんよ? あなたは人生をやり直すだけなんですから」
「やり、なおす……?」
「はい、やり直すんです。ゲームで言う、『さいしょから』がわかりやすいですかね? あれと同じだと思ってください。いいですか、やり直したら
少女はわなわなと震えた。自分の積み上げてきたものが全て無くなる。その上に、魅了の力が禁止されるなんて!
そんな、そんなことをしたら、自分は誰にも愛されなく──……。
「いや、いやっ、そんなの絶対いや!!」
「うーん、困りましたね。時間も押しているので、早く終わらせたいのですが」
少女は「ひっ」と短い悲鳴をあげ後退り、ドアに向かって走り出す。死神は困ったように眉を下げ、
「ツヴァイ」
と、誰かの名前を呼んだ。
ドアノブを捻ろうとしていた手の上に温度を感じない手が重なる。ゆっくり顔を上げると美しい顏の青年がすぐに近くに居て、切れ長の血溜まりのような目が見下ろしている。
少女は「たすけてっ!」と得体の知れない青年に魅了の力で助けを求めるが、青年は少女の腕を掴んで引き摺っていく 。
「いやぁ! 離して! 離してよぉ!」
必死に抵抗するがビクともしない。青年は死神の前まで連れて行くと、少々雑に腕から手を離す。少女が床にドサッと崩れ落ちるように転がる。床にぶつけた手足が痛かった。
転生してから異性はもちろん、同性からも乱暴な扱いを受けたことがない少女は初めて受ける扱いにショックを隠すことができず、ぽろぽろと瑠璃色の目から涙がこぼれ落ちる。
「なんで? ねぇなんで? そんなにダメなの? そんなに愛されたいって思うのはダメなの? いけないことなの?」
「ダメではありませんよ、いけないことでもないと思います」
「ならなんでッ!!」
「この世界がそれを許していないから、としか私には言えません」
感情がないように聞こえるほど、凪いだ声だった。死神の手には鎌が握られている。あの青年の姿はどこにもない。逃げるために立ち上がろうとするが、足に力が入らないどころか腰が抜けている。
誰も助けに来てはくれない。自分を愛しているはずなのに。愛しているのなら、どうして助けに来てくれないんだろう。自分は泣いて悲しんで、嫌がって助けを求めてるのに。
いやだ、と首を横に振って拒絶するが、「痛くはありませんよ、一瞬で終わりますから」と見当違いなことを告げられた。
「なんで、なんでなんでなんでっ! わたしは……私はただ、」
「次は
「愛されたいだけなのにっ……!」
死神の鎌は無慈悲に少女に向かって振り下ろされた。
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