0と1、そして無限
うつりと
武藤りきた
僕は光の戦士だ。
こんな事を言うと、「ああ、こいつ頭おかしな奴か。」
と思うかも知れないがお生憎様。本当に光の戦士なのだ。
どういうことかと言うと、今、全地球上でハルマゲドン、
つまり最終戦争というやつが起きていて、人類は二手に
分かれて戦争をしている。
それは勿論天上界で起きている最終戦争の投影なのだ
が、僕はその光と闇の二手に分かれた天上界の、光の陣
営側の一兵卒というわけだ。
僕には翼があってローブのようなものを着て、剣と盾
を持っている。人間がよく「戦う天使」として想像する
あれだ。人間の想像力というものは実際のところと違う
事も多いが、僕の格好に関しては想像通り。何故人間の
想像通りなのかについては説明すると長くなるのでまた
の機会にしよう。
まぁ兎に角今僕は戦いの真っ最中なのだ。
ほらまた闇の陣営の雑魚が飛んで迫ってきた。
奴の姿形もだいたい人間が想像している通りだ。コウモ
リっぽい羽におどろおどろしい顔、全体的に黒っぽい。
僕は光の陣営の雑魚なのでこいつと戦わなければならな
い。
本当は逃げたくて仕方がないのだが、逃げると光の陣
営の上官や仲間から集中攻撃される上、最終的には光の
陣営を追放されて、闇の陣営に入隊させられることにな
るので逃げるわけにはいかない。
キーン!カキーン!
奴と剣を交える。
同じ雑魚同士なので実力は互角だ。なかなか勝負がつか
ない。5分程小競り合いを繰り返した頃だろうか。ふと
奴の顔を見ると、ある異変が生じているのに気づいた。
奴の目から何か液体が流れだしている。
キーン!カキーン!
僕は剣を交えながら奴に聞いた。
「おい貴様!その目から流している液体はなんだ!」
奴は言った。
「ん?これか?ははっ!これは涙というものだ!」
キーン!カキーン!
「ナミダ?!なんだそれは?!」
「ははっ!お前ら光の軍勢にはわからんだろうがな。俺
は今悲しくて悲しくてたまらんのよ!」
僕は「カナシイ」という言葉の意味がわからなかった。
闇の軍勢特有の特殊能力だろうか。
キーン!カキーン!
「カナシイとはなんだ?!」
「説明してもわからんだろうがな!俺達闇の軍勢には感
情というものがあるのだ!嬉しい、楽しい、ムカつく、
そして悲しいという感情がな!」
ギーン!
二人の間に5m程の距離ができた。
僕は聞いた。
「何を言っている!カンジョウとはなんだ!」
「ふっ。俺達は今両陣営の雑魚同士として、互いに恨み
があるわけでもないのに剣を交えている。俺は死にたく
ない。お前だってそうだろう。なのにただ殺し合わねば
ならない。なんの理由もないのにだ。それが俺は悲しく
て悲しくてしかたがないのだ。」
「何を意味不明な…」
そこまで言いかけた時、僕の腹部をなにか熱くなるよう
な感覚が襲い始めた。なにかが体の中で増殖し始め溢れ
だすような、それでいて少し快感でもあるような感覚が。
その感覚が急激に腹部から首まで登って来る。
頭頂部までその感覚が到達した瞬間、僕の目から液体が
流れ出した。
奴が言った。
「おお!お前にも感情があるのか!光の軍勢のくせに!」
僕は目から液体を流しながらこのなんとも言えない感覚
に襲われ、剣を構えたまま立ち尽くした。
奴がさらに言う。
「そうよ!それが涙って奴だ!悲しいという感情だ!こ
れでお前も俺らの仲間入りだな!ははっ!」
僕は狼狽えた。
「カンジョウ?!これがナミダ?!」
「そうだ!俺達闇の軍勢は感情を持つ代わりに正義と秩
序を捨て、悪と混沌に従う。正義と秩序に従うだけの光
の軍勢、それもお前のような雑魚によもや感情があると
はな!」
同じ時、闇の軍勢の司令室。
首領らしき男がTV画面のようなものに向かって言う。
「姉者。神なる姉者よ。」
画面に白いローブ着て王冠をかぶった一見すると歳は中
年頃の女性が現れた。
「なんですか。サタン。」
「あんたの軍勢の一兵卒が感情を手に入れたようだ。」
「わかっています。」
「あいつはもうこちらの軍勢だ。」
「ほほ。相変わらず貴方は何もわかっていないのですね。
愛しき弟、サタンよ。」
「何?」
「全ては私の計画通りなのです。」
「どういうことだ?!」
「光の戦士が感情を手に入れる。これは即ち、時代が変
わることを意味しています。貴方の軍勢、なかでも貴方
は感情の権化です。それは極めて人間に近く、その代償
として貴方と貴方の軍勢は正義と秩序を失いました。そ
して貴方がたは悪と混沌(カオス)の中に身を投じました。」
「だからなんだ!」
「あの名も無き一兵卒は正義と悪、そして秩序と混沌(カ
オス)を全て統合する者、即ち私の後継者となるのです。」
「な・ん・だ・と…!」
僕がナミダとかいう液体を流して数秒呆然としている
と、突如大きな声がした。
「感情を手にした名も無き一兵卒よ。」
僕は驚いた。この声は最高権力者である女神様のお声
だ。恐れ多くも今この僕にお声をかけてくださっている!
さっきまで戦っていた闇側の雑魚も驚いた表情のまま動
けずに恐れおののいている。
「神よ。私のような一兵卒にお声掛けくださいますとは
光栄の極みでございます。」僕はひざまづいた。
先程のナミダ、カナシイというカンジョウというものと
神に対する畏怖の念で頭の中がごっちゃになったままだ
った。
神が言った。
「みなまで言うことはありません。あなたはもうわかり
かけているはずです。この戦いの終わらせ方が。この世
界の全てが。私は今からあなたになります。あなたは私
になり、全てになります。あとはあなたのみこころのま
まに。」
僕は頭の中がごっちゃになったままひざまづいていた。
さっきまで闘っていた敵も呆然としたまま立ち尽くして
いる。
ふと手を見ると白かった手が黒っぽさを帯びだした。
「うわっ!」僕は叫ぶ。しかし手は腕まで黒みを増して
いく、足を見ても衣服ごとみるみる黒くなっていく。
数秒で、僕の身体は完全に黒くなり、黒みはさらに増し
ていく。僕の全身は「黒」というよりも「完全な闇」と
なった。
そして次の瞬間、突如全世界が闇となった。
1mm先も見えない完全な闇。そして静寂が訪れた。
その闇と静寂は天上界だけでなく、地上全て、太陽系全
て、銀河系全て、そして宇宙全体に及んだ。
全ての存在は声を出す術を奪われてしまったようだった。
突然、僕の全身に激痛が走る。
かつて味わったことない激痛。
この激痛がおさまるなら死んだほうがましだと思う程の
激痛。
「ぎゃあああああああああ!!」
全宇宙の中で僕だけが声を発した。
次の瞬間、全世界に光が戻った。急激に痛みが引いてい
く。
「な…なんだ…??」
と思った次の瞬間、また全てが闇に包まれた。
またしても身体中に激痛が走る。
「ぎゃあああああああああ!」
光が戻る。光が戻ると痛みが引いていく。
また闇が訪れる。
「ぎゃああああ!」
繰り返される闇と光。激痛と休息。
段々と闇の時間と光の時間が短くなっていく。
そしてそれはじきに早い点滅となっていった。
僕はもはや激痛に耐えられずただ叫ぶだけの存在となる。
点滅が極限まで早くなったとき僕の心臓から一筋の光が
真正面に向かって発せられた。その光はすぐに向かう方
向の幅を広げ、いずれ僕の身体から 360°全方向へと広
がった。
するとその光は先程までの光と闇の点滅を覆い尽くす。
激痛の中、僕は頭の中で混乱していた全てが、たった一
つの法則に則っていることを、始めはゆっくりと、そし
てじきにはっきりと理解していった。
光が全宇宙を覆った時、激痛が全て消えた。
わたしは地上、天上界、全宇宙、異次元に存在する全て
の宇宙について、全てを理解した。
点滅は消え、僕の身体から発せられる新たな光で全宇宙
は照らされている。
わたしの身体は気づくとダイヤモンドのように硬質化し
ており、七色の光を発している。
わたしが神だと今自覚がある。
この戦いの終わらせ方について語るまでもない。
この戦いは遥か遠い過去に終わっていた。
存在しないものは存在しない。存在するものは浮遊して
いる。ただそれだけのことである。
光が安定し、やっと声を出せるようになったらしいサタ
ンが話しかけてくる。
「お…おい!一兵卒よ!なにがどうなっている!」
わたしは答える。
「愛する弟よ。あなたは間違っていない。ただあなたは
忘れてしまった。祈ることを。」
「な…に…。そうか、やはりお前が姉者の後継者…。…
…祈り…。祈りか…。たしかに俺は祈ることを捨てた存
在だった。祈りに意味などないと思っていたが…。しか
し、こうなってはやむを得まい…。」
そう言い残すと、サタンは目を瞑ると同時に消滅し、私
が発する光と同化した。
先程まで戦っていた敵の一兵卒にわたしは話しかける。
「愛すべき敵よ。そしてわたしに心を教えてくれた親友
よ。」
彼は我に返った。
「…えっ?!…はっ!ははっ!!」
「あなたはどうされますか?」
「えっ?!お…俺は…サタン様は…間違ってなかったと
思っている!」
「そうです。」
「お…俺は祈らない!…祈りで世界がかわったか?何も
変わらない!サタンがいなくなったのならば、俺がサタ
ンになってやる!!」
「それもいいでしょう。」
彼は闇側の司令室に飛んでいった。
「全ては始まりであり、既に終わっています。天上界も
人間界も全宇宙も、全てはこころの中にあることを教え
てくれた親友よ、また戦いの中で会いましょう。」
「我は秩序と混沌(カオス)、
正義と悪を統べる者。
玉座にて待っています。」
了
0と1、そして無限 うつりと @hottori
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