壱之二 桜ト風

ニ之一 裏組織『桜花』

「私は高村だ、よろしく。君達は妻の喜代子の教え子なんだね」


 穏やかな自己紹介をして、彼は二人を部屋に迎い入れた。二人の少女は逆に驚く。学校教師の女性の夫が組織のお偉いだとは思わないだろう。驚愕している二人に高村は問い掛けた。


「どうだい。妻の授業は?」

「鬼の如く厳しいです」

「そうか、立ち話も難だ。座りなさい。紅葉達も座りなさい」


 恵美子は即答に高村は笑う。紅葉達は向かいの席に座り、高村は優しく二人を見た。


「朝食をとっていないだろう? この後、朝食が運ばれて来るから一緒に食べよう」


 気持ちは嬉しい。二人は学校に戻らないとまずい。


「あのお気持ちは嬉しいのですが、私達は学校に戻らないといけません。授業もあるので、サボるわけにはいきません」


 春花は申し訳なく言う。下宿先からも黙って出ていった。朝を迎えてしまい、おばさんが心配しているかもしれないのだ。高村は「大丈夫だ」と告げる。


「安心したまえ。学校には君達が今日休む旨を伝えてある。下宿先にも保護の内容を伝えた。それに、お二人の部屋の窓が壊されて今日一日は部屋は使えないぞ?」


 窓が壊された。恵美子が唖然とすると龍之介が謝る。


「悪い。お前達を追う為に俺が窓を壊した」


 助ける為に壊したが、文句は言えない。勝手に出て彼女達は危ない目に遭い、助けれたのだ。二人は逆に申し訳なくなる。龍之介は溜息を吐いて、自分の上司に首を向けた。


「高村さん。彼女達の身の安全、これからの行動をどうなされますか?」


 真剣みの帯びた声に高村は黙った。これから先は彼女達に関わる。護衛をつけるか、下手すれば外出の制限が掛けられる。ピンッと張り詰めた空気になった。恵美子は息を飲むと、春花は汗を垂らしていた。

 四人は決断を待つ。

 高村は顔を上げた。これからの志向が決まったようだ。瞬間、ぎゅるるるっと腹の虫が盛大に控えの間に響いた。四人は驚き、高村は立ち上がって拳を握る。


「お腹が空いた。食うぞ!」


 熱く自信満々に言う上司。その場にいた全員がずっこけた。


「人の命より食が優先ですか!?」


 龍之介はすぐに立ち上がり突っ込む。高村ははっきりと凛々しく口を開けた。


「食欲は元気の源に繋がる。食が優先で当たり前だろう!」

「「自信満々で仰らないでください!」」


 二人の突っ込みは息は見事に合っていた。なんと個性的な人物なのだろうか。春花は瞬きをする。


「紅葉さん。高村さんって、個性的なのですね……」

「すまない。僕達が言える立場じゃないけど」


 紅葉は虚ろで遠い目をする。春花は苦労しているのだなと心の中で労った。




 ──使用人が部屋に入り、机の上に食事を置いていく。紅葉と龍之介は椅子に上着と帽子と手袋を掛ける。白い布を膝の上に引いた。春花達も見真似で、膝の上にナプキンを置く。


「今日の朝食は、パンとプレーンオムレツ。ポタージュにトマトと玉子のサラダです。飲み物は冷やしたお水と牛乳です。食後に珈琲が付きます」


 メイドが言った料理は魔法の呪文のようで、春花達は目を輝かせる。主に和食しか食べていなかった。洋食の料理についてはあまり知らない。

 籠の中に入っている色とりどりのパンに、お皿の上にはトマトソースが掛かった玉子料理にたちましゃレタスが乗っている。カップには黄色のスープに湯気がたっており、乾燥させたパンを小さく四角に切って中に入っていた。硝子の器にはたちましゃレタスとトマトを切り、ゆで卵が添えられていた。隣の硝子の器には、胡麻の香りがするソース。焼きたてのパンのいい香りがして、思わず匂いを嗅ぐ。


「美味しそう。これって、欧米の料理?」

「色々混じっているけどな。いただきます」


 龍之介はちゃんと手を合わせて、フォークでサラダを食べる。紅葉も手を合わせて、スプーンでスープを口に運ぶ。

 美味しそうに食べる二人を見て、春花と恵美子はお互いに顔を見合わせる。申し訳ないがお腹空いたので仕方なく貰う。

 手を合わせて「いだだきます」と言う。

 春花はまずバターロールとクロワッサンをとった。恵美子はナイフとフォークで、オムレツを切っていく。

 お皿に乗っけたバターロールを手にとって、春花は一口齧る。恵美子は切ったオムレツをフォークで刺して、口に運んだ。口に入れて噛んでゆく。なんとも言えない旨みが口の中に広がって、感激を覚える。


「「美味しい!」」


 思わず、口元が綻んだ。様子を見ていた三人は微笑ましく見つめている。紅葉は説明をし始めた。


「パンの傍にある赤色のビンはジャムでパンに塗る物だよ。赤は苺を使っている。で、ジャムのビンの隣のあるものはバター。パンにつけると塗ってね」


 彼女達は興味津々に色々な洋食を聞く。部屋の中は賑わいの雰囲気が出てきた。



 からんころん。外の中庭から下駄の音が聞こえて、春花は手を止めた。窓から見ると、男性が鼻歌を歌いながら散歩をしている。足を止めて、窓を覗いてくる。ぼさぼさの長髪を高く結び、凛々しい眉毛が特徴の男性。


「ん、何かいい匂いがするな」


 男性はぎゅるるるっとお腹を盛大に鳴らす。高村の鳴らした腹の虫とは比較できない音の大きさ。恵美子は驚いて外を見る。男性は豪快に笑っていた。


「にゃははっ。そういえば、朝は何も食べてなかったから、ちょうど良いなっ!」


 聞こえた大きな声に、紅葉と龍之介も手を止める。元気な笑顔になった瞬間、龍之介が素早く椅子から立ち上がる。


「どぉぉぉぉぉんっ!」


 掛け声と共に音を立てて、壁は破壊された。少女達は壊れた瞬間を目に焼き付ける。

 黒い袴と白い靴下に下駄を履いた足で一人の男性が中に入ってきた。彼は少し紫の入った青の着物の下にワイシャツを着ている。彼は白い手袋をした両手を広げて、豪快に笑い声を上げる。


「にゃははっ、お腹すいたぞっ。なんか食わせろーっ!」


 明るい声と壁のいきなりの破壊。少女達は茫然自失に陥る。壁の破壊なんて見ないので当然である。紅葉は頭を押さえ、龍之介は深い溜息を吐く。


「お、龍にもみじくん。帰ってきてたんだなっ!」

「うん。相変わらずだね。節」


 疲れた笑顔で返す紅葉。龍之介は彼の下に来て、荒々しく襟首を掴み上げる。


たかし。てめぇっ、何回壁を壊せば気が済むんだっ!?」


 憤激の龍之介。何故怒っているのか解らず、彼は頭の上にはてなを浮かべた。


「壊す? 私はただ、部屋に入ってきただけだぞ?」

「お前の入室は、壁を壊して入るのか!?」

「まあまあ、龍。何処でも穴があれば出入口だ!」

「お前の場合は穴をあけて、出入り口を作るだろ!?」


 突っ込む龍之介に明るく笑い、彼女達の存在にようやく気付く。


「おっ。お前達、高村さんの言っていた女子達か?」

「えっ、はい」


 我に帰った春花が言う。男性は屈託のない笑顔で自己紹介をする。


「私は小松節。よろしくな!」

「あっ、はい。私が渡辺春花で、この子が私の友人志村恵美子です」


 自己紹介に節という男性は明るく笑っていた。恵美子を見るが当の本人は放心状態。ただ大きな穴が開いた壁を見るしかない。節は無邪気な顔で二人に向く。


「なるほど。じゃあ、春花ちゃんと恵美子ちゃんと呼ぶからよろしくなっ。あ、ところで二人ともいい匂いをするなっ! かがせてよらぶっ!」


  紅葉が節の頭をごすっと殴り、節は涙目で頭を押さえる。次は龍之介が頭を殴った。


「いだっ!」

「節。その質問やめろ。お前は欲に直球過ぎるんだよ」


 小松節は直球な人物のようだ。頭をさすりながら、彼は仕方なさそうに。


「そうか、じゃあ、髪だけでも」

「こぉんのぉエロ虎はぁっ!」


 龍之介は青筋を立てて、もう一発殴る。どうやら直球に欲も出るらしい。言い換えれば、本能的。節は顔を横に傾げる。


「これも駄目なのか?」

「当たり前だ!」

「そうなのか」


 わかったのか、わかっていないのか。うんうんと節は頷き、龍之介を見てにっこりと。


「私がエロ虎なら、龍はエロガラスだなっ!」

「この馬鹿猫、本当にわかっているのかっ!?」

 

 余計な一言で龍之介を怒らせた。

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