第9話
明くる日、事実確認のため、警察署で事情聴取を受けた。
取調室はひんやりと冷たい空気が辺りを
私は龍壱との馴れ初めや下積みの頃、真打ち昇進から破門する経緯について語った。
だが自殺した動機については当てが無く、何も分からないと返答した。
署を出て自宅に帰ると、未菜子が出迎えてくれた。
「思い当たる節が何も無い。有るとしても話の釣り合わない所だった。何故死を選んだのか…検討つかないんだ」
「兎に角、警察側に任せるしかないわ。貴方のせいじゃない。気を引き締めて」
「ありがとう。ちょっと、部屋で休む」
バッグから次の仕事の台本に目を通した。自分が罪を犯したわけでは無いのに、身震いがする。未菜子が言った様に気持ちを切り替えないといけない。
翌週、旅番組の収録を終えて、そのまま福岡に直行し、納涼会寄席のイベントに参加した。
自分の出番が来た。
今回の噺は二階ぞめき。
吉原通いに明け暮れているとある若旦那が、それだけでは飽き足らずに、自宅の2階に吉原そっくりの部屋を作ってしまったという話だ。
事件が起きて人が亡くなったと言うのに、この様な噺をやるもの、いかがなものかと考えたが、自分を奮い立たせる為に敢えて選んだ。
高座では華やかに盛り上げて、観客から歓声が上がると、更に加速するかの様に情景を膨らませてもらいたいと、必死に演じ切った。
イベント終了後、滞在先のホテルの部屋に入って、ベッドの上に横たわって深い溜め息をついた。
翌日、東京に戻り、所属事務所へ向かうと人集りができていたのでよく見ると、報道陣が取り囲んでいた。
「龍喜師匠。一連の事件について、一言お願いします。」
「何故お弟子さんが自殺したのか、真相を語っていただけないでしょうか?」
「すみません。それらについては、まだ警察側が捜査中なので、何も話す事はありません」
「師匠、何かあるんですよね。お話してください」
騒ぎ立つ合間をすり抜ける様に事務所の中へ入っていった。
「龍喜師匠。まだ警察側から連絡が来ていないんです。だから、マスコミには何も語らなくて良いです。スルーしてください」
「あぁ。溜まったものじゃ無いな。これだと、
自宅に帰る際も報道陣から同じ様に声をかけられきたが、無視して帰ってきた。
部屋で10月にある独演会の噺の稽古をしていた。立て鏡に何かが写った気配がしたが、何も無かったので、引き続き稽古を続けていた。
すると、背後から赤く染まった両腕が身体を覆ってきたので、鏡を見ると男性や女性の血まみれの腕や黒く焼け焦げた腕が写り、目の前を覆う様に掴みかかろうとしてきた。
「うわあぁぁーーーっ!!」
思わず奇声を上げた。血の気が引いて、身体を床に伏せると、ドアを叩く音がした。
未菜子が入ってきて、私の両肩を掴んできた。
「光生?大丈夫?」
再び鏡を見ると、誰も居なかった。私は未菜子の腰回りに抱きついて身体が震え出していた。
「俺は、誰も殺してなんかいない。何で龍壱が死を選んだのか、分からないんだ。なぁ、頼むから俺の傍に居てくれ。信じて…くれよ…」
「息を整えて。ゆっくり深呼吸して。…そうよ、大丈夫よ。貴方は何の罪もないのよ。安心して」
「次の…独演会は年1の大勝負となる会だから、気が抜けない。だから、寝ずに何度でも落語に向き合わないといけない。兎に角、稽古だ。稽古をせねばならない」
「今、飲み物を持ってくるから、ひと息ついてよ。そうしたらまた再開して。そうしてちょうだい」
「今回の件で…祖父に、笑花師匠に何と詫びれば良いんだ?俺の今までやってきた事が何になるんだ?あの人が生きていたら…酷くせめぎ立てられるだろうな…」
「そんなに責めないで。貴方は貴方のやり方があるのよ?今まで通り落語に向き合っていて良いのよ。ちょっと待っていてね」
未菜子は背中を摩りながら色々と励ましてくれた。乱れた息をゆっくりと整えて、白湯を飲んだ。床に落ちた扇子を拾い、鏡に向かって突き出した。鏡に写る自身の顔を睨む様に見つめながら、稽古の続きを行なった。
龍壱の葬儀が終わり、初七日が過ぎたある日、彼の妻である亜沙美から連絡が来た。後日私に会って話がしたいと告げてきた。
1週間後、自宅に亜沙美が訪れた。玄関のドアを開けると、彼女から挨拶をしてきた。
すると、隣にもう一人女性が並んでいたのでその顔を見て愕然とした。
「ご無沙汰しています。私の事、覚えていますよね?」
「絵麻…どうして、ここに?」
「知り合いだったの?」
「ごめんお義姉さん。今日会うまでずっと黙っていて。…ちょっと驚かせたかったの」
間違いない、絵麻だ。龍壱の実妹だ。
ただ私は彼女と、彼らの知らないうちに過去にお互いが何者かも知らずに肉体関係を持った仲だとは、誰一人打ち明けた事が無かった。
ここにもう一人、明かしてはいけない情事が隠れていた。
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