第1章 これって放課後デートってやつ?
帰りのホームルームを終えた午後4時過ぎ。
30分前まではクラスメイトが部活動やら帰宅やらで慌ただしい雰囲気だった教室内は、すっかり落ち着きを取り戻していた。
ちなみに掃除はホームルームの前に行うというのがこの学校の決まりになっている。
読んでいた文庫本をキリのいいところまで進めてから帰ろうと思っていた俺はようやく本を閉じた。教室内を見渡すとすでに誰もいなかった。
鞄に持ち物を入れて帰り支度をしている最中、教室のドアが勢いよく開いた。俺は反射的に肩を上げてドアの方へと目を向けていた。
「やっと見つけた!」
昨日ぶりに聞くその声が俺の耳を支配する。
そして軽い足取りで俺の席の前までやって来た。
「さ、帰ろう!」
そう言って彼女は俺の制服の袖を引っ張って放課後の世界へと
彼女がどこで俺を待っていたかは定かではないが、探させてしまったことに対する罪悪感で抵抗する気にはなれなかった。
ようやく学校の敷地を出たところで彼女は何か思い出したような顔をして隣を歩く俺を軽く見上げた。
「そういえば小説とか読むんだね」
「たまに読むよ」
「なるほど。それで私との約束を忘れてたわけだ?」
そう言って悪戯な表情をして上目遣いで俺を見てきた。
彼女と目が合い、顔から火が出そうになった俺は顔ごと逸らす。
「約束って言っても待ち合わせはしてないんですが」
「……なんか言った?」
彼女の耳には都合の悪いことが聞こえなくなるようにプログラムされているらしい。
「30分待たせた罰として、ちょっと付き合ってよ」
「はい……」
彼女に先導されて20分程経った頃だろうか。
彼女の脚が止まり、隣を歩いていた俺は少し遅れて脚を止めた。
辿り着いた先は1階にゲームセンター、2階にカラオケ、3階にボウリング、ダーツ、ビリヤードができる商業施設。
入り口を抜けると爆音が俺たちを出迎えてくれたが、彼女の目的は2階だったらしく階段へと直行した。
「21番のお部屋です。ごゆっくりどうぞ」
受付を済ませた彼女にアルバイトらしき店員が決まり文句を言う。
部屋に入ってすぐに、ドリンクバーに飲み物を取りに行くため、もう一度部屋の外へと出た。
コーラと彼女に頼まれたメロンソーダを手に持ち、来た道を戻りながら何を歌おうか悩んでいた。なにしろカラオケに行くことは滅多に無く、せいぜい時間潰しの一人カラオケが数回ある程度だ。
初めて誰かとカラオケに来てみたが何を歌えばいいのか、俺は大きすぎる悩みの種を抱えたまま部屋の前へと辿り着いた。
悩んでいても答えが出るはずもなく、諦めた俺は未来の自分に委ねることにした。
「おかえり、ジュースありがとね」
彼女はそう言ってテーブルに置いたメロンソーダを1口飲み、タッチパネルを太ももの上に置いたまま見つめていた。
「名前なんていうの?」
彼女は今更だけどと小声で付け加えて聞く。髪の毛を耳にかける仕草が妙に色っぽく見えたが、タッチパネルを見ていたため表情まではわからない。
「逢沢だけど」
「下の名前は?」
「い、伊澄」
ここだけの話だが俺は自分の名前に少し抵抗がある。
伊澄という綺麗めな印象を与える名前は女の子っぽいとよく揶揄われたし、似合わないと言われた回数は両手では収まらない。
次第に自分でもそう思うようになった。
イケメンだったらこの名前も上手く使いこなせるのかもしれないが、残念ながら眼鏡陰キャだ。
俺の名前を聞いた反応が気になりテーブルを挟んで正面にいる彼女の方をバレないように目だけを動かし視界に入れた。
「いい名前だね!」
彼女は目線をタッチパネルから俺の方へ向け、満面の笑みで言ってくれた。
以外と言われて笑って誤魔化すつもりだったのに予想外の反応に何も言えなくなる。
「似合ってる。しっくりくる!」
呆気に取られていた俺に彼女はそう続けた。
「さすがにそれは……」
つい否定してしまいそうになったが彼女が俺の目を見て首を横に振る。
その姿を見て否定しかけた言葉を止めた。
両親がつけてくれた大切な名前を肯定してもらえたことが嬉しくて涙が出そうになったが堪えることにした。彼女とは涙を流した姿よりも笑った顔で話したいと思えた。
「歌おう!」
俺の下手くそな笑顔でようやくカラオケが始まった。
「……バラードだよね?」
気持ちよさそうに歌い終えた彼女は壊滅的に音痴だった。
選択した曲はDISH//の猫だったはずだが、蓋を開けてみるとライオンだった。
採点機能を使っていたため画面には67点という数字が大きく表示されるが採点結果に納得のいかない彼女は頭に疑問符のついた表情をしていた。
「この採点厳しめだね。伊澄も歌ってみなよ」
そうきたかと思ったが、採点機能を使ったことが無かったため何も言わないでおいた。未だに何を歌おうか迷っていたのでランキングから知っている曲を選ぶことにした。
ナチュラルに名前を呼ばれてドキッとしたことは内緒。
「パチ、パチ、パチ……」
歌い終えた俺の目の前には唖然として拍手する彼女の姿があった。
「うますぎ!本物かと思った!余韻やばい!」
初めて人前で歌うこともあり少し緊張したが下手ではなかったらしい。選曲はランキングの28位に位置していた米津玄師のLemonにした。
リリースから数年経った今でも歌われているだけあっていい曲だと改めて思った。
採点結果は正直見たくはなかったが、彼女の方がドキドキしながら画面を見ていたので不可避だと悟った。
「「きゅ、99!?」」
俺がカラオケの楽しさに気づいた瞬間である。同時に彼女があることに気づいてしまった瞬間でもあった。
「も、もしかして私って音痴?」
「めちゃくちゃ、ね」
今まで気づかなかったことが奇跡的だと思う。
紅潮する彼女はいつもの余裕のある姿とは違い、そのギャップに俺は思わず吹き出してしまった。そんな俺を見て彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「一緒に歌う?」
俺がそう言うと彼女はにっこり笑って頷く。
それから二人で小さな恋のうた、プライド革命、心絵、前前前世、キミシダイ列車などお互いが知っている曲をジャンル問わずに歌いまくった。
2時間のカラオケがあっという間に終わり、現在は階段を降りて30mほど進んだところ。目の前には湾岸ミッドナイトという人気のドライブゲームがある。
「今度は負けないからね」
どうやら先ほどのカラオケのリベンジのようだ。
勝負していた覚えはないが負ける気がしなかったため受けて立つことにした。
「負けたらジュース奢りね!」
謎に自信満々の彼女はポルシェ911、俺はスープラRZを愛車に選択した。
ちなみにお互いにプレイ経験はあるがカードは持っていないため馬力は300で同じ条件だ。
緩やかに13kmのレースが始まり、2速からそれぞれシフトチェンジをする。マニュアル操作で対戦しているためシフトチェンジのタイミングとカーブが明暗を分けるだろう。赤く矢印が表示される大きなカーブや黄色く表示される中カーブ、目の前を走る走行車など難所が多々あり、何回も愛車をぶつけてしまう。
残り直線1000mのところで俺は勝ちを確信した。黄色いトラックを軽々かわして残り500mのところで彼女の方を横目で覗いてみた。運転姿がよく似合っていた。
白熱したレースが終わり俺たちはクレープを食べながら歩いている。もちろんジュース付きのセットで敗者の奢りだ。彼女はイチゴチョコ生クリーム+抹茶ラテ、俺はバナナカスタード+ジンジャーエールを注文した。
「伊澄は私に見惚れちゃったのかな?」
彼女は悪戯に笑って少し見上げる。相変わらず妖艶だと思う。
それに以外と身長が高いことに気がついた。175cmの俺と10cm程しか違わない。
「あ、あれは、たまたま?」
そう俺は残り500mのところで彼女の運転姿に見惚れトラックに衝突したのだ。その間にポルシェ911は俺を置き去りにして行った。
結果は俺の軽くなった財布が物語っていた。
二人が分かれる交差点が視界に入ったところで俺は重大なことを思い出した。
彼女の名前聞いてない……
なんであの時聞き返さなかったのかと自責の念に駆られる。
今更聞くのは変だろうか、そんなことを考えている間に刻一刻と交差点に近づいて行く。
「LINE交換しよう。今日みたいに探さなくてもいいように」
咄嗟に俺の口から出たのはそんな言葉だった。
彼女は一瞬驚いていたが、すぐにスマホを出してQRコードの画面を開いてくれた。
「つばっきー?」
彼女のLINEの名前だ。どこかのマスコットキャラクターのような名前だと思った。
「椿だからつばっきー。説明するの恥ずかしいんだけど」
そう言って彼女ははにかんで目線を下げた。
「俺も椿って呼ぶよ」
「うん!また明日ね、伊澄」
ちょうど交差点に着き、椿は信号が青のうちに駆け出して行った。
夕日に照らされる彼女は赤く染まって見えた。
0時を回った頃、俺はベッドに入りながら今日の出来事を思い返していた。
カラオケに行ってゲームをして、帰りながらクレープを食べて、彼女の名前をなんとか聞けて久しぶりに充実感を感じた。
てかこれって、放課後デ……そんなわけないか。違うよね?
そんなことを考えているうちに睡魔に襲われ俺の今日が終わる。
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