次に会ったら君の名前を
名無し
プロローグ
担任の教師である大須田浩輔は軽くため息をつき、俺の方に目を向けてきた。
放課後の空き教室に担任と二人で机を挟んで向かい合って座っているこの状況を察するに説教でもされるのだろうかと気が重くなる。
大須田先生は脚を組み直しながら腕時計を確認する。
「いい歳して生徒相手に恋愛相談ですか」
気を紛らすために適当に軽口を言ってみた。
「誰とも付き合ったことすらない童貞小僧に恋愛相談する奴なんているのか?」
「……」
何か言われた気がしたが聞こえなかった事にしよう。
「まぁ説教じゃないから安心していいぞ」
説教でないことには安堵したが、気を紛らそうと奮闘していたことも見透かされている様で恥ずかしくなった。
穴があったら入りたい。
「最近、欠席が多いみたいだが学校は飽きちゃったか?」
どうやらこれが本題のようだ。
冗談っぽく聞いてくれているが、担任として理由を知っておきたいのだろう。
「何のために学校に行ってるのかわからなくなって…… 将来の夢なんてものも無いですし……」
俺が真面目にそう答えると大須田先生は真剣な面持ちで何度か頷いた後で、ニヤリと笑って口を開く。
「逢沢、何かに夢中になったことあるか」
「夢中ですか…」
何かあったかと振り返ってみたが、これまでの人生で夢中になれることはなかった。
我ながら可哀想な奴だと思う。
「まずは夢中になれることを見つけろ。部活、恋愛、趣味なんでもいい。とにかく我を忘れるくらい心を奪われる何かを見つけるんだ。それを大人になったときに青春と呼ぶ。青春の思い出がない大人ほどつまらないものはない、お前は絶対そうはなるなよ。自論だがな」
「見つけられますかね、俺に」
大須田先生の言うことはわかるが、17年間できなかったことができるのだろうかという疑問が脳裏に付き纏う。
「それはお前次第だろ」
ごもっともです。
「まずは夢中を探しに登校するんだな」
そう続けて先生は高笑いしながら立ち上がった。どうやら話は終わったようで俺も倣って立ち上がった。
「せいぜい青春を楽しめよ、少年」
最後に一言言ってから先生は教室を出て行った。結局は学校に来いってことかと俺は小さくつぶやいた。
このまま教室にいても仕方ないと思い、椅子と机を元の場所に戻してから下駄箱へと向かった。
教室を出てすぐ左にある階段を降りると下駄箱が見えるのだが俺の脚は階段を降りる前で止まった。目の前には階段に座り文庫本を読む一人の女生徒がいた。
夕日の輝きを受けてブラウンに見えるショートカットの髪型の彼女は俺に気がつき振り向いた。
「一緒に帰る?童貞少年」
悪戯な笑顔でそう問いかけてきた。
教室での話を聞かれていた恥ずかしさと、知らない女生徒に揶揄われた恥ずかしさで思考が停止した。
彼女に返答する余裕が無かった俺はそそくさと階段を降り、下駄箱へと向かった。
ようやく外に出た俺はため息を吐き、さっきの人は何だったんだろうと思い再度ため息を吐いた。
「待ってよー!」
ようやく帰路に着こうとした矢先、3分前に聞き覚えのある声が俺の脚を止めた。だが振り返らず脚を動かすことに決めた。そして再び俺の口からため息が漏れた。
そろそろ学校の敷地を出るというところまで来た。ふと地面を見ると俺の影も一緒に動いていた。当たり前のことなのだが… いや、俺の影の隣にもう一つ影があることを除いては。
ゆっくり隣に目を向けると先程の女生徒がいた。
普通にいた。
「あ、やっと気づいた?」
またしても彼女は悪戯な笑みを浮かべて俺の方を見る。思わず見惚れてしまう程に妖艶だった。
諦めて俺は彼女と一緒に帰ることにした。
好きな曲は何か、YouTubeは何を見るか、最近読んだ本は何かなど他愛のない会話をしながら歩いた。主に語っていたのは彼女の方なんだけど。
話がひと段落したところで彼女はワイヤレスイヤホンの片方を渡してきた。意図がわからなかった俺は彼女の方を見た。彼女はすでに片耳に装着し、手で耳を指して合図をした。そこでようやく片方着けるのだと解釈できた。俺がイヤホン着けると曲が流れ始めた。
「どうだった?」
曲が終わると彼女はそう聞いてきた。正直、歌詞ひとつひとつが胸に刺さりまくって泣きそうになった。
「なんていう曲?」
「Hump Backの生きていく。良い曲だったでしょ?」
彼女は自分の曲であるかのようにドヤ顔をしていたがスルーした。
「さっき好きな曲って言ってたやつか。めちゃくちゃ良い曲だったよ」
「そうそう。私この曲聴いて自分らしく生きようって思ったの!」
自分らしくか… 俺には眩しすぎる。
しばらく歩くと大きな交差点に差し掛かった。
「私ここまっすぐなんだけど君は?」
「俺はここ左」
「そっか、じゃあここまでだね。またね」
彼女はそう言って手を振った。信号が青になるまで一緒にいた方が良いのか迷ったが、人生経験の乏しい俺に正解がわかるはずもなく、その場を後にした。
「君!」
何歩か歩き始めた俺を唐突に呼び止める。
「明日からも一緒に帰ろう!」
今度は悪戯味のない無邪気な笑顔で彼女は言った。
「は?」
驚きのあまり返す言葉が浮かばなかった。
しかも彼女は明日もではなく明日からもと言ったのだ… 言ったよね?聞き間違えじゃないよね?
もう何が何だかわからない。
「じゃ、またね!」
彼女はそう言って信号が青になった瞬間に駆け出した。
そういえば名前聞いてなかったなと思いながら俺は止まっていた脚を家へと向けた。
いつもよりも早歩きで。
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