真夜中心中中

エリー.ファー

第一章

 気が狂う。

 本当に気が狂う。

 冷静に考えて欲しい。

 殺し屋のマネジメントなんて、仕事として成立している時点で馬鹿げている。

 殺し屋だ。

 本当に殺し屋なのだ。

 人は殺す。ものは壊す。時には依頼人まで殺す。

 そんな存在を自分のそばに置いておいて、しかもある程度信頼関係まで築いておかなければならない。

 あいつらは殺し屋とかいうアンダーグラウンド中のアンダーグラウンドで、アウトロー中のアウトローの職についているくせに、マネジメントされていて何か違和感を持っていないのだろうか。

 まぁ、どうせ深く考えていないのだろう。

 馬鹿だから。

 どうせ、馬鹿か。

 依頼人から仕事を受けることになったのは別にいい。

 だが、その依頼人が報酬を踏み倒すことだってある。

 売掛金の管理を誰がやっていると思っている。仕事を受けて、殺して終わりではない。その後のクロージングがあってこそ仕事なのである。というか、お金を受け取るとか当たり前すぎてクロージングでもなんでもない。

 とにかく。

 殺し屋のマネジメント業務など頼まれてもするべきではない。

 ちなみに、本当にちなみにだが。

 もしも、あなたが元殺し屋であるならどうにかなるかもしれない。

 そういう業界である。

 ちなみに、私は元殺し屋である。

 今はもうやめた。

 年齢は。

 秘密である。

 子どものころから殺し屋をやっていたから、キャリアは結構長い。

 こんな感じで始める。

 殺し屋とか、殺し屋じゃないとか。

 そういうことではない。

 これはどんなお仕事でも真剣にやろうという話である。

 というわけで。

 どうぞよろしく。




 雨が降っている。

 血は直ぐに流れていってしまう。

 私は殺し屋たちがしっかりと仕事を行っているのか、それを見届けるという体でその場にいた。

 こちらが派遣した殺し屋はステイシー。

 女性だ。

 ちなみに。

 たった今、殺された。

 まぁ、あまり働かなかったし、実力もないのに色気でのし上がろうとするので、その実力に合わない仕事をやらせて処理をした。

 これも、重要な業務である。

 そして、このステイシーに依頼していた仕事が、ラヴを殺すこと。

 ステイシーはそのラヴに返り討ちにあった。

 その殺し屋、ラヴだが。

 今、私が殺した。

 首の骨を折った。

 砂が磨り潰されるような音がした。

 ちなみに。

 私の名前はマヨナカである。

 殺し屋のマネジメントを主たる業務とするマヨナカである。

 このような形で二人が死んで、私が生き残った理由は単純にジャンケンのような作用が生まれたからである。

 ラヴはステイシーを簡単に殺すことができる。私はラヴを簡単に殺すことができる。ステイシーは私を簡単に殺すことができる。

 ラヴの性別は男である。ホモセクシャルであり、私に惚れていた。私の依頼であればなんであっても聞いたし、私の殺意を感じ取っても逃げなかった。

 使い勝手のいい殺し屋。

 ラヴ。

 年齢は六十八。

 加齢臭のきつい殺し屋だった。

 元々、私とステイシーとラヴはトリオで仕事をこなしていた。

 ある時、私はマネジメント部門に出世した。

 出世したのは私だけだった。




 二か月と二十一日後。

 私の腕から垂れる血は、固く縛ったことによって少量にはなっているが、決して安心できない。しかし、それよりも安心できない理由が目の前にあった。

「マヨナカくん。これはどういうことでしょうか」

 上司は微笑んでいた。

 左手には血まみれの日本刀。

「すみませんでしたっ」

 私は姿勢を正し、上司の目を真っすぐに見つめた。

 もう何度言ったことか。

 この上司の性格は、かなり粘ついているのである。

「聞こえませんが」

「すみませんでしたっ」

「心から言っているのか判断に困るのですよ。どうなのでしょう、その点は」

「すみませんでしたっ」

「ねぇ、マヨナカくん」

「すみませんでしたっ」

 この上司は何人も部下を変えている。前の部下は胃をやられてしまって、今も病院に通っているし、その前の部下は自殺したらしい。

 正直、部下を変えるよりも上司をどこかに飛ばしてしまった方が、業務の効率化に繋がるのだがそうはなっていない。これが組織の限界というやつであり、これ以上を求めるのであれば組織に居続けようとすることが間違っているということになる。

 私は出世したいものの、決してこの組織を愛している訳ではない。

 それはこの上司も同じだろう。

 その点では似たもの同士と言えるのかもしれない。

「あなたが随分前に殺したはずのステイシーとラヴが何故か生きていた。そのため、急遽、あなたはそれが事実なのかを調べ、そのステイシーとラヴを殺さなければいけなくなった。まず、そこから始めましょうか。認識のずれというものは、意外なところから生まれますから」

「いえ、その通りです。仰っている通りです」

「先ほど、死んだはずのステイシーが道玄坂で大量の殺人を行ったとの情報と、ラヴが大阪のとある企業の機密情報を盗もうとする姿が、防犯カメラに映っていたとの情報が入ってきています」

「ですが、二か月と二十一日前に、確かに私は殺しました」

「死体は」

「回収いたしました」

「回収した死体は今、どこにあるのでしょう」

「それが、保管場所から盗まれているとの情報がこちらに届いていまして。その忽然と消えてしまったと言いますか」

「では、本当は死んでいなかったのではありませんか」

「いえ、間違いなく、死んでいるところを確認致しました。ラヴはステイシーを殺し、そのラヴを私が確実に殺しました」

「つまり、今、出没している存在というのは、偽物ではないかと」

「そう考えるのが妥当かと思われます」

「妥当とか妥当じゃないとかではなく、正確な情報がほしいわけです」

「すみません」

 次の瞬間。

 何かが落ちた。

 私の右耳だった

「なんにせよ、ステイシーとラヴを早く殺してください。もしも、殺せなかったらあなたの首を切断します。よろしいですか」

 よろしくはないので。

「全力を尽くします」

 はい、残業決定。




 男子トイレの個室で、深くため息をついていた。

 時間は、いや、どうでもいいか。

 これ以上、状況が悪くならないように祈るしかない。

 ステイシーとラヴが生きていたのは、驚きだったが、偽物が現れたとみて間違いないはずだ。殺し屋にしろ逃がし屋にしろ、押し屋にしろ、表の社会を生きる者たちからすれば架空の存在だが、裏の社会でも人間が生き返るというのは聞いたことがない。

 私の住んでいる世界は常に現実を正確に理解することを求めてくる。想像、ファンタジー、予測、妄想、それらが役に立たないとは言わないが、躓く要因として現れることの方が多い。

 事実や現実を九割。その他が一割。

 私が生き残ってきたのはこの哲学を心に刻んだからだ。

 多くの死を間近で見てきたが、どれも寸前で避けて来た。今回も同じはずだ。

 たとえ、都市伝説や怪談のようなものだったとしても、私の人生に関わる限りは些末な存在になり下がる。

 蛍光灯の光が点滅する。

 視界が欠けて、歪む。

 すぐに元に戻る。

「点検のお時間となります。速やかにお帰りください」

 アナウンスが流れる。

 あぁ、そんな時間か。早く帰らなければ。

 いや、この業務を終えなければならない。明日に回したとしても、状況が好転する可能性はないと言っていい。寝ずに作戦をたてるべきだ。

 その瞬間、電気が切れた。

 暗闇である。




 まず、僕がここにいることに君はかなり動揺しているだろう。

 もう、この声で分かるんじゃないかな。

 そうさ。

 僕の名前はラヴ。

 高齢であるにも関わらず殺し屋を続けていたラヴさ。

 若々しい喋り方に今日も磨きをかけて生きている男、ラヴさ。

 まぁ、話を続けよう。

 君は僕のことをステイシーと一緒に殺したと思っている。けれど、残念なことにラヴである僕は生きていた。ちなみに、ステイシーも生きているけれど、僕と共に活動をしている訳じゃない。

 僕と違って、業界に強い恨みを持っているのはステイシーの方さ。

 君はステイシーと恋仲にあったみたいだけど、彼女のことをよく分かっていないんじゃないかな。

 ステイシーが君の子どもを身籠っていて、しかも、出産し終えているとかね。

 驚いたかい。

 そりゃそうだろうね、何せ、彼女は一切のことを君に教えなかったからね。この業界で唯一相談されたのも僕くらいだろう。

 彼女からすれば、女として身籠ることができるという特権を男である僕にみせびらかしたかったという事ではあると思うんだけどね。まぁ、そこはいいさ、結局その情報を手に入れることができたんだから。

 君は本当にステイシーのことを愛していたのかな。そして、ステイシーは君のことを愛していたのかな。

 本当に君がステイシーのことを愛しているなら、殺すようなことはしない。ステイシーが君のことを愛していたのなら、子供のことは一番に相談するだろう。いや、言い方が違うかもしれないね、愛しているからこそ子供のことを言ってうざがられたくなかったのかもしれない。

 駄目な女の典型みたいな生き方だけど。

 君もそういうところに惹かれて、彼女の中に出したんだろ。

 どうせ、ガキを作っても、黙っておろしに行くくらいに身のわきまえ方を知っている賢い女だから。

 大丈夫だろうと。

 ね。

 君のそういうところ、僕も好きだなぁ。

 まぁ、僕は孕むことができないけれども。

 ステイシーが君の元に現れないのはね、その恨みつらみをしっかりと具現化して、君の命を狙うためだそうだよ。今は準備段階で、そのために自分の名前を至る所でばらまいているだけなんだそうだよ。

 で。

 僕さ。

 僕の話をしようか。

 僕はラヴ。

 知っているだろう。

 君のことが大好きだった元女性さ。

 君に告白したのに、君は随分と駄目な男で、こう言って来たね。

 私も君のことが好きだけれど、私はホモセクシャルだから男としか恋愛できないんだ。君がもしも男だったら付き合ってたし、結婚もしたよ。

 だから。

 僕は男に性転換した訳だ。

 本当は、なんとかその場を取り繕うクソみたいな言い訳だったのに、君のことが大好きだった僕はその嘘をまんまと信じてしまった訳だ。凄い馬鹿だからね。

 女の頃は結構、もてていたんだよ。こう見えてもね。

 でも、そうやって体まで変えたのに今度はそこまでやるとは思わなかったということになって、気が付けば僕は後戻りのできないところに来てしまっていた。絶望していたら君は言う訳だ。

 殺し屋として一緒に組んでくれと。

 凄いよね、君は。

 自分と付き合っている女、そこに自分のために体までなげうって男になってしまった女を取り込もうとしたわけだ。

 僕は。

 まんまと取り込まれてしまった訳だ。

 別におどされた訳でもないのに、何故だろうね。

 僕はもうそこにしか居場所がないように感じたし、ふられたというどん底からまだ希望のある世界に移動できると思ってしまった訳だ。冷静に考えれば、僕を地獄のどん底に突き落とした男が、自分の都合で強い殺し屋のトリオチームを作ろうとした時にたまたま近くにいただけで、僕の心なんか推し量らずに誘ってきたことなんて分かっていたのにね。

 そういうところなんだよ。

 君が恨まれているのは。

 分かるかい。

 そういうところなんだよ。

 女のときだって、そりゃあ、おばさんだったさ。

 だったら、君はあの時におばさんだから、年上は苦手ですと言えばよかったのに、そうは言わなかったじゃないか。

 自分の立場を守るための言い訳ばかり並べて生きてきたんだから、僕とステイシーに殺されるのは当然だろう。

 心配はいらないよ。これは特別なことじゃない。

 首が吹き飛んだのにタイミングが良かったから死なずに済んだなんてことはないだろう。どんな時でも生きている限りは、皆ちゃんと死ねるのさ。

 君の殺し屋だった時の名前は、マヨナカだろう。

 なぁ。

 懐かしいね。

 マヨナカ。

 ステイシー。

 ラヴ。

 僕は許さない。

 ステイシーだって絶対に許さない。

 あの時、殺したはずなのに、ステイシーも僕も生きている理由なんてどうでもいいじゃないか。これはただの復讐劇なんだし、復讐が何故出来上がっていくのかが重要であって、そこは些末さ。

 そこを分かったところで。

 君の死ぬ運命が変わると思うかい。

 じゃあ、必ず殺すから。

 お楽しみに。

 あと、今玄関のところで死んでる初代ラヴだけど、君のこと恨んでいたよ。二代目ラヴの僕と組んでうまい汁を啜っていたんだろうし、こっちの気持ちが全く理解できていないから腹が立ったとさ。

 あはは。

 君って本当にどんな人にも恨まれているんだね。きっと、この業界のそこかしこに君の失敗を待っている殺し屋や連続殺人鬼、押し屋、ドライバー、スチーラー、リベロ、バッター、研究員、バーラージョブなんかがいるんだろうね。

 頑張るんだよ。

 マヨナカ。

 お前の真夜中はまだ始まったばかりなんだからさ。

 じゃあ、僕は一度死んだはずなのに生きているから幽霊ということになるんだろうし、そろそろ消えるよ。そうした方が君も次の問題に取り組む時に、次の死に直面する時のリアクションがより良いものになるだろうしね。

 さようならマヨナカ。

 また会おう、マヨナカ。

 君が思っている以上に、この業界は。

 君を中心に狂い始めているんだよ。

 君のためにたっぷりと愛を捧げる。そんな僕のことを君が大好きになるように、毎日お祈りしているよ。

 幽霊だけどね。

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