第28話 どんどん参りましょう



 ローゼオ侯爵家の起源は、グリュン王国の初代国王に仕えた剣士だと言われています。

 初代国王は、南の大国の王族から出た勇者らしいですが、政権争いに巻き込まれた末、ローゼオ家の始祖に守られながら雪深い北の地にまで逃れてきて、ここに国を建てたのだとか。

 ローゼオ家はその後も代々の王家に重用されてきたことから、公爵家にも負けないほどの立派な屋敷を保持して参りました。

 ここは私が生まれ、十八年間を過ごした思い出深い場所でもあります。

 ところが今、その廊下という廊下には屈強な男達が倒れておりました。

 その血で拳を赤く染め、フーッ、フーッと荒く息を吐いているのは――


「すごいわ、ドリー。あなた、とっても強いのね」

「ふふん! 当然でしょう! もっと褒めてもいいのよ!!」


 メイドのドリーです。

 私の〝お父さん〟を執拗に自称するギュスターヴが直々に選んだだけあって、どうやらただの山羊娘ではなかったようです。

 それにしましても、丸腰で武装集団に突っ込んでいくドリーの勇ましいことといったらありません。


「強い女の人って素敵だわ。憧れてしまいます」

「んんんっ!! 見てて、アヴィス!! 私、頑張っちゃうからっ!!」


 俄然やる気を漲らせた彼女は、その後も襲いくる悪者どもをバッタバッタと倒していきます。

 ちぎっては投げちぎっては投げ……いえ、慣用的な意味合いではなく、本当にちぎって投げております。

 腕とか足とか、首とかを。

 紛うことなく致命傷ですが、相手はまあ現政権――エミールや兄にとっての反乱分子ですから、手加減する必要はないですよね。どんどん参りましょう。

 ただし、幼い甥と姪にこの地獄絵図を見せるのは忍びないことです。


「人の手足って、あんなに簡単にもげるものなんだね」

「あっ、首が飛んだ……いやだ、目が合ってしまったわ」

「グライス、パルス、あなた達は目を瞑っていなさいな」


 私は慌てて目を瞑らせた二人の手を引いていきます。

 もう、遅いような気もしますが。

 両手が塞がってしまったので、得物である門番の大腿骨――モンコツは、剣みたいに腰のリボンの結び目に差し込みました。

 義姉を助けるつもりで意気揚々と秘密の書斎を飛び出したものの、ドリーが思わぬ大活躍を見せたがために、まだそれを振るう機会は訪れてはおりません。

 私達はまず、秘密の書斎と同じ最上階三階にある大広間に向かいました。

 グライスとパルスが、人質達がそこへ連れていかれるのを目撃していたからです。

 はたして、大広間にはローゼオ侯爵家の使用人達が集められておりました。

 彼らは、女主人が隠したはずの双子と、こめかみから角を生やした血だらけの女とどピンクのコウモリ、さらには死んだはずの私が現れたことにそれはもう腰を抜かさんばかりに驚きましたが……


「トニーの言っていたことは本当だったのですね!」

「ああ、お嬢様! またお会いできるなんて夢のようです!」


 トニーの父親である家令とその妻であるメイド長は、私の左右の手をそれぞれ握りしめておいおいと泣き出しました。

 彼らにつられるように、他の使用人達も早々に衝撃から立ち直って私との再会を喜び始めます。

 一度死んで色違いになってしまったにもかかわらず、こうして自分が受け入れられたことを嬉しく思いましたが、しかし私はいつまでも喜んではいられませんでした。

 というのも、大広間には義姉の姿だけがなかったからです。


「奥様は、反乱軍を率いる前大臣と交渉するとおっしゃって、一階の客間に向かわれました」


 家令の言葉に、私はドリーとジゼルとともに、今度は一階へと急ぎました。

 グライスとパルスも一緒に行くと言ってきかなかったため、仕方なくつれていきます。

 一階には、さらに大勢の反乱軍が詰めておりました。

 といっても、グリュン王国の騎士団は全員兄の部下で、自分たちを犬と蔑んだ前政権の連中をよく思ってはおりません。

 そういうわけですので、前大臣が率いてきた反乱軍の大半は金で雇った傭兵のようでした。

 もちろん、これもドリーが容赦なく粉砕して進みます。

 その背中を眺めて、私の肩に止まっていたジゼルが呆れた風に言いました。


「いやですわ、野蛮な山羊ですこと。ねえ、アヴィス。あのケダモノ、いつまでも暴れさせておいてよろしいんですの?」

「よろしく……は、ありませんね」


 私はグライスとパルスに離れた場所で待つよう言い聞かせると、リボンの結び目から引っこ抜いたモンコツを握りしめてドリーに近づきます。

 そうして、今まさに傭兵の首を捥ごうとしていた彼女の後頭部をポコンッと殴打しました。


「あいたぁっ!?」

「中身がからっぽな音がしましたね」

「ひどおっ……って、なんで!? なんで、私を殴ったの!?」

「何でって、モンコツで」


 不意打ちに驚いて振り返ったドリーの顔面は、返り血を浴びてそれはもうえらいこっちゃになっておりました。

 首を捥がれずに済んだ傭兵は這々の体で逃げ出そうとしましたが、私はすかさずそいつの頭もモンコツで殴りつけて昏倒させます。

 それから、なんでなんでと煩いドリーのエプロンのポケットからハンカチを抜き取り、その血みどろの顔を拭ってやりながら言い聞かせました。


「あまり派手に騒ぎますと、焦った連中が義姉に危害を加えるかもしれませんでしょう? 客間はもうすぐそこです。そろそろ慎重な行動をお願いします」

「あっ、そ、そう……そうね。分かったわ」


 ドリーは大人しく私に顔を拭かれながら、こくこくと頷きます。

 脳筋ですけど、彼女のこういう素直なところはなかなか好感が持てます。

 まあ調子に乗るので、本人にはやっぱり絶対言いませんけど。

 そうこうしているうちに、義姉が前大臣と交渉しているという客間まで、角を曲がればすぐのところまでやって参りました。

 しかしながら、午後の日の光が差し込むその前の廊下ではいまだ数人の傭兵達が睨みをきかせております。

 可及的速やかに、かつ、客間にいる人々にばれないよう静かにこれを排除せねばなりません。

 今にも飛び出しそうなドリーをどうどうと宥めつつ、さてどうしたものかと私が思案しておりますと、思わぬ声が上がりました。

 ここまで傍観に徹していたジゼルです。

 

「仕方がないですわねぇ、わたくしが一肌脱いで差し上げますわ」


 舌なめずりをしながらそう言って、どピンクのコウモリは羽音もなく私の肩から飛び立ちました。

 そうして、日の光を避けるように傭兵達の頭上を飛び越えると、客間の扉の一番近くにいた男の背後に回り……


「――!?」


 ガブッと首筋に食らいついたのです。

 その瞬間の男の形相といったら、断末魔のごとき凄まじいものでしたが、不思議なことに声が出ておりません。

 そのため、客間に近づく者を警戒して彼に背中を向けていた他の傭兵達は、彼の最期に気づくことができませんでした。

 ジゼルに噛みつかれた男の肌はみるみるうちに青白く変色し、目は澱み、その顔からは一切の知性が消え失せていきます。

 半月前、私がヒヨコとともに訪れた彼女の屋敷に溢れかえっていた、成れの果て達と同じように。

 その首筋から牙を抜いたジゼルは、その後も次々と、静かに傭兵達を襲いました。

 ところが、残すところ三人ばかりとなったところで、最初に血を吸われて成れの果てとなった男が、血を求めてふらふらと歩き出してしまったのです。

 青白く変色した彼の肌は、日の光が当たったとたんにプスプスと煙を上げ始めました。


「うわっ、な、何だ!?」

「お前ら、いったいどうしたんだ!?」

「ひい……!!」


 ギャアア、と成れの果てが悲鳴を上げます。

 仲間の異様な状態に気付き、残された三人も騒ぎ出そうとしたものですから、私はたまらず角から飛び出します。ドリーも慌ててそれに続きました。

 私はモンコツを振りかぶり、最初に目が合った一際大きな男の横っ面を殴りつけます。

 ドリーは、残る二人それぞれの顔面に拳をめり込ませました。

 後者はどちらも、悲鳴を上げる間もなく床に沈みましたが……


「……っ、くそ! てめえ、何しやがるっ!!」


 前者はなんと、倒れず踏みとどまってしまったではありませんか。

 てめえ、なんて呼ばれたのは、生きていた時も死んだ後でも初めてのことです。

 大変口惜しいことですが、私の戦闘力はドリーの言う通りゴミだったのかもしれません。

 男は血走った目で私を睨みつけると、右手を振りかぶります。


 ここで、私は一つ学びました。


 誰かを殴りつけるならば、殴り返される覚悟も必要だということを。



「……っ!!」



 次の瞬間――


 男の巨大な手のひらに左の頬を引っ叩かれた私は、彼のように踏みとどまることができずに吹っ飛んでしまったのでした。



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