迷いの森編

リュカとヤキモチと特別な銃弾①




 アリスはその日、久しぶりにゆっくりとチェシャ丸のメンテナンスをしていた。


「よし、このくらいかしら?」


 汚れを落として磨き上げた愛銃を見つめて、満足げに呟く。ピカピカになった自身の相棒を眺めていると、自然と口角が上がった。


 乾燥させるためにチェシャ丸を窓辺に置いたアリスは、次はシェルポーチを取り出してその中身を確認していく。


「シャルム村では5発、その帰りのアルミラージ戦では1発。そして残りは35発————」


 一つ一つ丁寧に取り出して数える。



「あら? 1発足りない⋯⋯?」


 アリスの計算によると、残弾数は35発のはずだが、ポーチには34発の実包しか入っていない。そんなはずは無いと、ぼう皿を数える日本一有名な幽霊のように何度も繰り返し確認するが、やはり残る実包は34発であった。


「い、1発足りな〜い⋯⋯!!」


(まさかどこかに落としたとか⋯⋯? ううん、厳重げんじゅうに保管していたもの⋯⋯それは絶対に無いわ。それなら私の勘違い?)



 しばらくの勘案かんあんの後、これ以上思い悩んでも仕方がないと、アリスはつとめて明るい声を出す。


「⋯⋯今回は成果の割に、消費する実包の数を大分抑えられたわ。ワンショットワンキルを心がけたおかげね。結構、腕が上がったんじゃないかしら?」


 初めての討伐とうばつの時とは比べられないほど成長した自分を褒め称えたい気持ちになる。

 イヴェール村でのラビナスボア討伐の反省を活かして、決して無駄撃ちをせず、一発一発狙いを定めたおかげで、驚くほどに消費する実包を抑えることが出来たのだ。



「これは元の世界に戻ったらみんな驚くわね⋯⋯!」


 クスリと笑ってそう独り言を漏らしてから、アリスはハッとする。


「そうだわ⋯⋯帰らないと⋯⋯。私、この世界の人間じゃないのだったわ⋯⋯」


(ここでの生活が思いのほか充実していて最近は忘れがちだったけど、家族にも会いたいし、宇佐美さんもきっと心配しているわ。もしかしたら、狩りの途中にはぐれてしまったことに責任を感じているかもしれない⋯⋯。でも、帰りたくても肝心の帰り方がさっぱり分からないのよね⋯⋯⋯⋯)



「はぁ⋯⋯⋯⋯」


 アリスは思わず深いため息を吐いた。

 故郷のことを思い出すと、途端に心の中を黒いモヤモヤが占領する。


 アリスが沈んでいると、不意に扉を叩く音が聞こえてきた。


「アリス、今少し話せるか?」


 リュカの声だった。

 珍しい来訪者に、アリスはすぐに駆け寄り、扉を開けた。


「大丈夫よ、どうかした?」

「ああ。前にその銃とやらに使う弾が欲しいと言っていただろう。首都にいる鍛治師からその試作品が届いたんだ」

「本当!?」


 リュカの思いがけない言葉に、先ほどまでの沈んでいた気持ちは飛んでいき、彼の手にしている小さなきりの箱にアリスの視線は釘付けになる。


(あっ! 足りないと思ったら、リュカに貸していたのよ! すっかり忘れていたわ)


 アリスは頭の片隅にあった小さな不安が解消されたことにホッと胸を撫で下ろし、弾んだ声でリュカに言った。



「早速、見せてちょうだい!!」





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