2つの毛玉と過ごすひととき




 2匹の子犬を保護して帰路についた一行がリュカの屋敷に到着したのは夕刻になってからだった。


「あっ! 綺麗にするだけだから暴れないで⋯⋯!」


 アリスはすぐに風呂場に直行し、汚れている2匹をまずはシャワーのお湯だけで優しく洗い流す。


(やっぱり、2匹ともすごく痩せ細っているわ⋯⋯)



 持ち上げた時の軽さから大方予想はしていたが、お湯で濡れてしぼんだ2匹はアリスの想像以上に栄養状態が悪かった。


 未知なるシャワーに怯える2匹にアリスの心は痛んだが、傷口に菌が入って化膿してはいけないと心を鬼にしてシャンプーを手に取り、わしゃわしゃと泡立て年季の入った汚れを丁寧に落としていく。


「なんとか洗い終わったわね⋯⋯あと少しだけ待っててね」


 2匹を洗い終えた頃には、重労働後のような疲労感がアリスを襲っていた。



 浅くお湯を張った容器に、すっかり綺麗になった2匹を入れる。温かいお湯が危険ではないと理解した白と黒の子犬は大人しくアリスが作った簡易風呂に浸かっていた。

 その間にアリスは自らの冷え切った身体も洗い流し、湯船に入る。



(かわいい⋯⋯。本当に仲良しね)


 アリスはバスタブのへりに頬杖をついて子犬たちを眺める。

 兄弟らしき白と黒の子犬だったが、性格は対極的ともいえるほどに異なるようであった。活発的に動き回る白の子犬に対して、黒の子犬は臆病で常にプルプルと震えている。


 しかし、そんな正反対の2匹だったが仲良しなようで、楽しそうにチャプチャプとお湯で遊びながらじゃれあっていた。


 そんな姿にアリスは思わず頬を緩めるのだった。




✳︎✳︎✳︎





「いっぱい食べてね」


 コトンと2匹の目の前に人肌に温めたミルクが入った皿を置く。しっかりとタオルドライした2匹は、すっかり元のふわふわの毛玉に戻っていた。


 白の毛玉は、チロリとピンクの小さな舌でひと舐めしたかと思えば、夢中でペロペロとミルクを飲み干していく。それを見た黒い毛玉も後に続いて皿に顔を突っ込んだ。



「もう⋯⋯慌てなくて良いのよ」


 ミルクで溺れる黒い毛玉をヒョイっと持ち上げたアリスはそう口にして、汚れた身体をタオルで拭いてやる。そのようすをジッと見つめていた白い毛玉は、何を思ったかそれまで舌先のみをつけていた皿に、突然顔面を突っ込んだ。



「!? あなたまでどうしたのよ⋯⋯!」


 一瞬面食らったアリスだったが、構って欲しかったのだろうかとクスリと笑って、白の毛玉も同じように拭いてやる。キュウキュウと甘えた声で鳴くその子犬は、ブンブンとはち切れんばかりに尻尾を振っていた。




 夕食後、強烈な眠気に襲われたアリスは早めに就寝することにして、2つの毛玉とともにベッドへと潜り込んだ。


 2匹は片時も離れることなかったが、少しずつアリスへの警戒心を解いているようで、ふわふわの長い尻尾をアリスの腕に絡ませてすり寄ってくる。



「ふふっ。くすぐったいわ」


(そういえばこの子たちの名前を決めていなかったわ⋯⋯。明日、起きたら考えましょう)


 アリスは眠気に勝てず、大きな欠伸を漏らした。微睡まどろみの中で2匹へと微笑みかける。


「おやすみ。ここにはあなたたちをおびやかすものは何も無いわ。安心して眠って良いのよ」



 アリスはそう言って、ベッドサイドのランプの灯りを消して眠りについたのだった。





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