第4話 友達作りと文芸
段落すると次に現れたのは、小太りで背が高く、金縁眼鏡を掛け、白いブラウスの上に紺色のトレンチコートを着た中年女だった。
「何だいアンタ? アンタみたいなお人が、こんな田舎の僻地にまで来るなんて珍しいね。一体何をお訊きしたいんだい?」
新聞記者は早速、こう切り出した。
「いやなに、私の娘が今年大学を卒業しまして......まだ若いもんですから、都会に出て、少しばかしでも金を稼ごうと思いまして......」
私は思わず心の中で『そりゃそうだ』と思った。
「......それで、どんな仕事に就きたいんで?」
「ええ、まあそれは、色々とあるんですが。一つはやっぱり、何か文章を書いたり書いたりする仕事が良いと思うんです。だから新聞社なんかに入った方がいいんじゃないかと......」
女はそう言って、意味深に目を伏せると、急に声を落として囁きだした。(以下は女の語るところによる)
「私はね、この仕事を始めたばかりでまだ経験不足だし、まだまだ未熟なんですけれども。でもそれでも頑張っていますからね、一生懸命やっていますよ。
勿論それが報われているとは思いませんけどね。けれど、頑張り屋ですからね、私みたいな不器用者は。一生懸命やっていれば、いつかきっと報われると信じているんですよ、多分。それに世の中の皆さんもそうなんですよね、そういうもんですよね?
みんなそうなんです。皆さんそう思っていて、だから一生懸命頑張っているんでしょうね。そうですよね?
だってみんな頑張っているんですものね?
誰だって本当はそうなのに、みんなが一生懸命頑張っているのを見て見ぬふりをしているだけなんですよね、きっと。それってずるいですよね、可哀想ですよねぇ。そう思いませんか?
ねえ?」
私が黙って聞いていると、女は更に声を潜めて言った。
「実は、うちの娘の結婚相手が、どうも自殺未遂をしたらしくてですなあ、それからずーっと落ち込んでいるんですわ。一体どうしたらいいんでしょうかね?
私らに出来ることはないんですか? ねえ?」
その時、私の頭の中で突然、稲妻が走ったのである。
「ああそうか! じゃあその悩みを解決すれば良いんだな!」
そう言った途端、突然私が勢いこんで立ち上がったものだから、女はびっくりして飛び上がった。
「......そ、そうですか? ならお願い出来ますか」
私は女にうなずくと、再び椅子に座りなおした。
「ああそうとも、簡単なことじゃないか。結婚したら駄目なんだよ。だったら結婚する気が起きなくさせてしまえば良いんだよ」
そう言うと、私はすぐにまた腰を上げた。
「えっ? どういうことですか?」
女は目を丸くして驚いている。
「結婚しても駄目だけど離婚しちゃあいけないって法律はないからな」
私はそう言いながら、女に向かって両手のひらを突き出して見せた。 「はあ、なるほど。そんな方法があるんですね」
女は感心したように何度も頷いた後、突然大声を出したかと思うと、大声で笑いながら部屋を出て行ったのである。
その後姿を見送りながら、私も一人言のように呟いた。
「ふふっ、我ながら完璧な作戦だったな」
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