第11話 これからネコと勇者の冒険が始まる

 街の広場で、俺たちは勝手に舞台を作った。農場の仕事中に合間を見て作っていたが、アイテムボックスに収納すると、見事に組み立て式の簡易舞台となっていた。

 取り出して、組み上げる。


 ものの5分で、小劇場が出来上がる。

 舞台の中央に、豪華だが小さな椅子のセットがある。茶色い毛並みのケンを座らせた。


「退屈だニャー。暇つぶしに、また人間の街でも潰しに行くニャー」


 ケンの言葉は、周囲の人にはただニャーニャー言っているようにしか聞こえないだろうが、舞台の裏で俺がララの真似をして声を張り上げている。

 舞台は転換し、豪華なセット風の落書きから、荒涼とした荒地をモチーフにした光景に切り替わる。


 小さな舞台の上では、生きたネズミが、トカゲを連れている。

 小劇場が設置された広場では、だんだんに周囲に人が集まり始めた。

 子どもたちが主だが、時々大人も足を止めている。


「チューチュー。誰に頼まれたわけでもないけど、この勇者カロンが魔王を討伐してくれる」

「カロン、魔王って美味いのかい?」


 ネズミの声に反応し、トカゲが頭をあげて尋ねる。ネズミの声はアデルが、トカゲは俺が引き受けていた。


「アデル、食べても美味しくはないよ」

「なんだ。残念。じゃあ、魔王なんて放っておいたらいいじゃないか」


「そうはいかない。魔王のお陰で、沢山の街が潰されたんだ。勇者の僕が倒さなくては、誰が魔王に敵うものか」

「それは凄い。頑張れカロン」


 勇者と従者役の名前を考えるのが面倒だったので、俺とアデルの名前をそのまま採用した。

 勇者カロンと連呼されてもはずかしいと思わないのは、俺はこの世界にまだ馴染んでいないのかもしれない。


 勇者役のネズミのキサラが、アデル役のトカゲをつれて舞台をかける。

 キサラが舞台から消えたところで、場面を転換させる。


「おお、戻ったな魔将軍よ。少しばかり、ネズミっぽいのは我慢してやろう」


 再び魔王の出番である。ケンがニャーニャー鳴き、ケンの前に膝をついたのは、キサラの子どもの一人である。

 魔王役のケンが、魔将軍を『ネズミっぽい』と呼んだことで、こわごわ集まっていた子どもたちが笑い出した。


「魔王様、今日は東の街を落としました。これが、王の首でございます」

「ニャー……おっと、滑るな。まるで、蒸した芋のような王の首じゃわい」


 『王の首』と言ってネズミが差し出したのは、芋である。ネズミの力で芋をもちつづけられず、下に置いたのだ。

 ケンが持ち上げようとし、ネコの手なので転がしてしまう。


 しばらく魔将軍と魔王のやりとりが続いた後、舞台が転換する。

 再び勇者カロン役のネズミのキサラと、アデル役のトカゲのフランソワが登場した。


「やあやあ、ここがかの魔王城……どうしたことだろう? 魔王は凄い力を持っているというのに、どうしてお菓子の城に住まないのだろう」

「甘党の勇者が食べちゃうからじゃないか?」


 トカゲのフランソワが応じる。セリフは俺が喋っている。


「それはおかしい。本物の勇者がここにいるのだから、勇者にお腹いっぱいにお菓子を食べさせて、油断させるべきじゃないか。こんな城、魔王城とは認めないぞ。魔王に文句を言ってやらなくちゃ」


「お菓子の城に作り直させるのかい? 断られたら?」

「こんな城、爆発させてやろうとも」


 勇者カロン役のキサラが、魔王城のセットに向かって走り出す。

 ネズミやトカゲの声は、裏で俺とアデルが喋っているのはバレているだろうが、ネズミとトカゲが、声以外はきちんと演技をしていることに、集まってきた人々は驚いていた。


 キサラは当然だが、トカゲのフランソワも、アデルによく調教されている。

 舞台が転換し、魔王の玉座でケンがムシ芋をかじっていた。


「ニャハハハハ……やはり王族の生首は、蒸した芋のように美味いニャ」


 むしゃむしゃと芋を食べるケンの前に、ネズミが走りよった。


「お前、勇者か?」

「いえ、魔将軍、百獣のキサラでございます」

「おお。そうか。勇者がこんなところに来るはずがないニャ。それで、急いでどうしたのニャ?」


「勇者がきました」

「ニャニィィィィィ!」


 魔王ララこと、ケンの絶叫と言う名の、俺の声が轟いた。

場面が再び転換し、勇者カロンを名乗るキサラが、向かってくる魔物の扮装をしたネズミたちをちぎっては投げ、ちぎっては投げる。

 倒れたネズミたちに、トカゲが噛み付いて振り回す。


「勇者カロン、強いぞ!」

「魔王はどこだ!」

「ひいぃぃぃぃ!」


 魔物に扮したネズミたちが逃げ去る。

 すでに広場に集まっていた子どもたちが喝采する。

 勇者役のキサラが走る。アデルを名乗るトカゲが続いた。


 場面が切り替わり、キサラが明るく豪華な舞台に飛び込んだ。

 中央に玉座があり、茶色い毛玉が堂々と座っている。


「魔将軍、百獣のキサラよ。慌ててどうしたニャ?」


 魔王が尋ねた。俺が声を出している。百獣のキサラとは、役名である。演じているのが共にネズミのため、あえて間違える演出である。 

 本物のキサラは、勇者カロンを演じている。

 キサラが、腰から剣の形にした細い針金を抜いた。


「勇者カロンだ」

「ニャニィィィ!」


 魔王ララが椅子からずり落ちる。


「魔王ララ、覚悟しろ!」

「覚悟なんかするかニャ! 勇者カロン、死ねぇぇぇ!」


 ケンが、キサラの体よりも大きな、ネコの手を振り下ろす。


「ギャアァァァ!」


 のけぞったのは、アデル役のトカゲだ。

 キサラは寸前で体を回転させて魔王の前足を避け、懐に転がりこんだ。


「爆発の魔法!」


 キサラのセリフとして、影にかくれているアデルが叫ぶ。

 ララが転がる。


「こ、ここはどこだニャ?」

「魔王、覚悟!」

「魔王? なんのことだニャ?」


 ケンは首を振った。

 針金ブレードを振り上げたキサラが飛びかかる。


「人間の敵、魔王を討伐する!」

「誤解だニャアァァァ!」


 勇者カロンの針金ブレードが、魔王の毛皮に突き刺ささる。

 見物の子どもたちが喝采をあげた。魔王役であっても愛らしい家猫が討伐されるのに喝采するほど、魔王は恐れられている。


 だが、キサラの剣は魔王には刺さっていなかった。

 わずかにずれ、床に刺さっている。

 勇者カロンは、床から針金ブレードを抜き取った。


「魔王、取ったりー!」

「ま、魔王? それは……ダニかニャ?」


 ケンが魔王の衣装を脱ぎながら、針金ブレードを凝視する。


「なぜ……わかった……」


 勇者カロン役のキサラが持つ剣の先端が、ぶるぶると震える。まるで、剣が喋っているかのようだ。

 全てが演出である。


「勇者カロンは、ネコが大好きなのです!」


 勇者カロンのセリフとして、アデルが叫んだ。


「おのれ! ネコだというだけで可愛がられおって……勇者も勇者だ。我が魔王としての全魔力を持って、吹き飛ばしてくれる!」

「伏せろ!」


 勇者カロンが針金ブレードを放り出して叫ぶ。

 俺は、魔法フラッシュを使用した。魔物の目を眩ませるほどの光である。


 小劇場だけでなく、広場全体が光に満たされる。

 光が収まった時、小劇場の枠組みがなくなっていることに人々が気づく。


「……アデル、無事かい?」


 仰向けの姿勢から首を持ち上げ、ネズミのキサラが尋ねる。トカゲが頭をあげた。


「魔王は死んだ。でも……そのネコはどうしよう?」


 トカゲのアデルが前脚を上げて、茶色い毛玉を示した。

 倒れていたケンが、ゆっくりと体を起こす。


「……ああ……何があったんだニャ?」

「魔王だった時のこと、覚えていないのかい?」


 ネズミのキサラが立ち上がる。


「ああ……何も……」

「全て、ダニの魔王が原因か……」

「俺は……何をしたんだニャ?」


「何もしていないよ。でも、これから、人間のために尽くす必要があるだろう」

「……よくわからないけど……わかったニャ」

「じゃあ、人間の街に行こう」


 勇者カロンは、アデルを抱えてケンの背中に飛び乗った。

 最後に、俺がナレーションをつける。


「こうして、勇者カロンによって魔王は倒された。罪のないネコは、ダニの魔王の隠れ蓑だったのだ。これからネコと勇者の冒険が始まるが、それはまた別の物語である」


 ケンがネズミとトカゲを乗せたまま、舞台の影に隠れる。

 子たちが喝采した。

 フードを被ったままのアデルが小劇場の裏から出てきて、木製のお椀を頭に乗せた。


 子どもたちはただ喜んでいたが、一緒に見ていた大人たちがアデルの頭上のお椀に銅貨、まれに銀貨を入れた。


 アデルが広場中を歩き回り、俺のところに戻ってきた時には、掲げたお椀の中は貨幣で一杯になっていた。

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