第7話 ネコと話している間は、あなたもニャーニャー言っている

 俺が使用した回復魔法で、肉体は完治したはずのネズミのキサラだが、異世界でネズミに転生したという衝撃で気絶してしまった。

 俺はネズミをアデルに託した。


 異世界に迷い込んだ現代人を助けることが、俺とアデルの仕事だ。アデルは丁寧に、自分のフードの頭の上にキサラを押し込んだ。

 キサラを隠したところで、倉庫の扉が開き、いつもの通りソフィリアが顔を出す。


 ネズミの数を確認し、ケンに報酬を手渡した。

 ケンから視線を転じ、ソフィリアが俺を見た。


「ここの仕事は、今日まででいいわ。お陰で、思いのほかネズミの被害も少なかったようだし、助かったわ」

「まだネズミはいるが、もういいのか?」


「ええ。明日には、ここの食料は全て持ち出して兵站として運び出すことになっているのよ」

「戦争……じゃないよな。魔王軍と戦うつもりか?」


 魔王軍は存在しない。俺はそうソフィリアに伝えていた。だが、それが事実であれ、ソフィリアが商会でどれほどの力を持っていても、兵を動かすのは領主か、もしくはこの国の王だ。


「いいえ。あなたが前に言ったじゃない。魔王は死んだって。それを父に言ったら、確かめる必要があるって……最終的に、領主様が動いたわ。魔王城に向けて兵士を送るけど、偵察用の捨て駒ね。老兵ばかりよ。それでも、食糧は必要だもの」


「……そうか。でも、これでケンは失業だ。ほかに、いい仕事はないかな」

「そうは言ってもねぇ。有料でネコを雇う人なんて……そうはいないわよ」


 ソフィリアが腕を組んだ。考えてくれているのだろう。ケンは巾着袋の中身を確認しながら俺に言った。傍目には、揺れる袋にじゃれているようだ。


「カロン、もういいよ。猟師は、雇われるものじゃないだろ。俺は、これまでに貯めた金で武器を買う。もっと大物を仕留めて、自分で狩った獲物を売って報酬を貰えるようになってやる」


「……ケン、この世界の魔獣を知っているのか? 俺は、この世界の本物の猟師を知っている。凄腕の猟師だって、一人では狩りをしないぞ」


「ダメだったら転職するさ。キサラに猟師は無理だろう? でも2人なら、別の仕事ができるかもしれない」

「……そうだな」


 俺が話している間、ソフィリアが腕をさすっていた。ネコが嫌いなのだ。この世界の人間たちは、大抵ネコが嫌いだ。


 何年も、魔王の象徴とされてきたのだ。ネコを虐待することもご法度だった。ネコを恐れながら、逃げるしかない存在なのだ。

 ケンの心意気に賛同するためにも、俺はソフィリアに言った。


「ごめん、無理を言った。十分だ。また仕事は自分で探す。ケンもそう言っているしね」

「……あなた、本当にネコと話ができるの?」


「ケンとだけだ」

「そうなの? そのネコと話している間は、あなたもニャーニャー言っているのに?」

「……そうなのか?」

「自覚がなかったのかい?」


 アデルが肩を竦める。

 とにかく一時的にせよ、ケンがきちんと仕事をこなし、報酬を得るという経験ができたのだ。

 俺は改めてソフィリアに礼を言って、食糧倉庫を後にした。


「アデルがニャーニャー言っているの、聞いたことないぞ」

「あたしは、ケン以外のネコとは話せない。でもカロンは、本当は違うだろう?」

「そうなのか? カロンだけ、どうして?」


「カロンだけ、少し仕様が違うみたいなんだよ。職業の選択に勇者ってのがあるのも、カロンだけだ。勇者仕様なんだよ。ネコだけじゃなく、色々な動物と話せるらしいよ」

「……凄えな。それだけで稼げるぜ」


 帰り道を行きながら、ケンが感心する。俺は、ケンを抱き上げた。

 下手に一人で歩かせると、うっかり嫌がらせを受けるかもしれないからだ。


「ネコと話している奴は、頭がおかしいと思われるらしい。だから、隠していたんだ」

「じゃあ、俺はどうなるんだ?」


「自分の飼いネコに話しかけるのは珍しくないだろう」

「それもそうだな。明日……武器屋に連れて行ってくれ」

「ああ。鋼鉄製の牙とか爪があればいいな」


「俺としては、俺にも扱えるクロスボウが欲しいな」

「ネコに扱えるクロスボウか……そもそも、持ち運べるのか?」

「台車がいるだろうね。それより……キサラの面倒も見なくちゃいけないんだ。忘れないでおくれよ」

「わかっている」


 俺は、身長の低いアデルの頭に手を乗せた。まだ目を覚まさない。

いつもより不自然に膨らんでいるのは、そこにケンよりもさらに小さな命を入れているからだ。


 ※


 商会代表の娘だというソフィリアは、俺に紹介状を渡して自らは戻っていった。

 俺はアデルとケン、アデルの頭の上のキサラを連れて宿に戻った。

 ネコは魔王の象徴として嫌われているが、ネズミは別の意味で嫌われている。


 部屋に入り、アデルがフードを脱ぐ。アデルは全身が鉛で出来ているので、髪の毛も針金のようにゴワゴワしている。

 キサラと名乗ったネズミは、アデルの頭部に縫い付けられたように動けない。


 俺は、アデルの頭からキサラを剥がしてテーブルの上に置いた。

 一部屋にベッドが一つの狭い部屋である。

 アデルは俺の妹だと思われている。ただし、一緒には寝ない。アデルは、ベッドに入るとベッドを破壊してしまうほど体が重いのだ。

 抱えていたケンをベッドに放る。


「キサラ、大丈夫か?」

「大丈夫って……何が?」


 ネズミが、まん丸い目で俺を見た。大人しくしていると可愛らしい顔をしているのは、動物にはよくあることだ。


「死にかけたネズミの体に入ったんだ。回復魔法をかけたけど……完調とはいかないだろう。それに、突然異世界に来てネズミになったんだ。衝撃も大きいだろうと思ってさ」

「……大丈夫よ。うん……ショックだけど」


 キサラは、背後に鏡があることに気づいた。鏡に自分の顔を写し、前足でペタペタと触っている。


「アデル、キサラのことは頼む」

「はいよ。カロンは?」

「ケンの装備を整えないとな」

「わかった」


 アデルはキサラの背後に座った。アデルも同じ転生者であれば話はできる。キサラはアデルを見て、少し羨ましそうに見上げた。

 突然小動物に転生すると、人間に近い生物に転生した者が羨ましいようだ。


「ケン……この街の様子は見たか?」

「ネコ視点ならな」


 つまり、人間の視点からは理解していない。俺は続けた。


「稼いだ金で武器を買いたいって言っていたけど、武器屋がない。この街は、魔王軍との最前線だった。武器の需要はあっても、供給が追いつかないみたいだ。ケン……ケンが使えるような武器は、俺は持っていない。大型の魔獣を狩るのは、すぐには難しいな」


「そうか。武器が買える街に行くには……また金がいるな。転職するか。鍛治士に……」

「鍛治士か。この街にはまさに必要だったはずだけど……町では見なかったな」


「どの国でも、鍛治職人は国に徴用されているらしいよ。鍛治職人だと認められれば安泰だけど、ネコを鍛治職人と認めるかねぇ」


 アデルが口を挟んだ。アデルは、膝の上にキサラを乗せていた。


「無理だろうな。キサラはどうする? 商売をしたいなら、協力するぞ」

「……農業がいい」


 キサラが、ぽつりと言った。


「ああ……それがいいかもしれないな。ケンはどうだ?」


 植物と向き合っている仕事だ。人間と接触する機会が少なく、安全だろうと、農業をイメージしか知らない俺は想像していた。


「考えてみる」


 農夫という選択肢は、初めからあったのだ。ケンは頷き、ふてくされたように丸くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る