第6話 学校の課題をやろうとしていた

 客商売を失敗してしまったケンだが、職業は猟師だ。元々、接客のスキルが必要ない職業だ。


 食糧倉庫という狩場を得た家ネコのケンは、人目を忍んで食糧を強奪しようとするネズミたちに果敢に挑み、初日で実に6匹を捕殺することに成功した。


 報酬にして銅貨30枚である。

 依頼主のソフィリアが夕方に戻ってきた。

 ケンがネズミの死骸を床の上に並べ、胸をそらせた。


「あら……意外と少なかったのね。一通りのネズミ避けはしてあったけど、どうしても被害はなくならなかったのよ。やっぱりいたけど……それほど多くはなかったってことね」


「ネズミ避けをしていたのか……」

「それは当然でしょう。毒餌とか、壁の隙間を塞ぐとか、できることはしているわよ。でも、完全に防ぐなんて無理なのよ。助かったわ」

「まだいる……んだろう?」


 俺が尋ねると、ケンは頷いた。


「おかしいわね。まるで、ネコと話ができるみたい。このネコはなんて言っているの?」


 ソフィリアが尋ねたのは、あくまでも俺にである。ネコに直接話しかけるようなら、俺はソフィリアの頭の中身を疑ってかからなければならないと思い、俺は普段、ネコと普通に話していることを思い出した。

 時々俺のことを避ける人がいるのは、ネコと話しているのが原因だろうか。


「どのぐらいいる?」

「足音だけなら、かなりいるよ。数まではわからない」


 ネコは耳がいい。同じペットとして知られる犬族より、はるかに耳がいいはずだ。

 俺はケンの言葉を伝えた。ソフィリアは笑った。


「言っていることはまともじゃないけど、成果は出したのだもの。では、明日も頼むわね。ネズミがいる間は頼むことにするわ。報酬はこれでいいわね?」


 言いながら、ソフィリアは俺に銅貨を30枚、数えて巾着袋に入れて差し出した。


「報酬なら、実際に稼いだケンに渡してくれ」


 俺は、床の上で胸をそらせた茶いネコを指差した。


「……本格的に、どうかしちゃっているのね。いいわ。はい、ご苦労様」

「ありがとう」


 ケンは、ソフィリアから銅貨の入った巾着袋を受け取り、首にかけた。


「……お金を理解している……わけないか。でも、賢いネコね」

「ああ。それと、ソフィリア……明日も雇ってくれるというのなら、いい情報を教えるよ。商会を経営しているなら、大切な情報のはずだ」


 俺は、倉庫の中の食糧を見て、感じたことを言った。


「……なにかしら? ネコと話す方法?」

「魔王は滅んだ。魔王軍は存在しない。魔王城に向かって進んでも、ただ荒野が広がっている」


「……嘘よ」

「本当だ」

「だとしたら、どうしてそんなことを知っているの?」


 俺は、自分が勇者だから魔王に挑み、この世界を支配して人間を滅ぼそうとしていた魔王を倒した。

 だが、そのことは言えない。俺の力を示せば、今度は俺が魔王となるかもしれない。


「詳しくは言えない。だが、俺は魔王城からこの街まで歩いてきた。ソフィリアがこの情報をどうするかはどうでもいい。だけど……物流も変わるだろう? 商会としては、商売の方法も変わるかもしれない」


「ええ……わかった。情報をありがとう。真実かどうかは別にしてもね。じゃあ……また明日ね」


 ソフィリアは、手を振って去っていく。


「カロン、よかったのかい? あんな情報をただでくれてやって」


 ずっと俺の足元にいたアデルが尋ねた。


「いいさ。どうせ、すぐに知れ渡る。俺たちは、急いで戻ったわけじゃない。もう知っている奴もいるかもしれないしな」


「まあ……まだ魔王が怖くて、誰も探りを入れられないって感じだと思うけどね。でも、ケンはよかったじゃないか。旅をしている間に仕込んだ商品は意味がなかったけど、金は稼げた。1日で3000円相当なら……そんなに悪くない」


 素泊まりの安宿なら泊まれる金額だ。ケンなら食事の心配もいらない。ネズミの肉を食べればいいのだ。


「……うん。始めて……自分で稼いだ……」


 ケンは、自分の首にかけた銅貨の入った巾着袋を、前足の肉球でぎゅっと抱きしめていた。


 ※


 次の日から毎日、俺はケンを食糧倉庫に案内する役目を請け負った。アデルも一緒だ。

 食糧倉庫の中では、のんびりと1日、ケンの狩猟を眺めているのだ。


 1日何もせずに、ケンが1日に20匹も捕まえるのを眺めている。

 そんな日が5日も続いた。

 ある日、次第に捕まえる数が少なくなってきているのがわかった。ケンの狩猟の腕が落ちたのではなく、ネズミの数が減って来ているのだ。


 それだけ、ケンが成果をあげているのだとわかる。

 この日も、ケンは1日働き、報酬を持ってくるソフィリアを迎える時間になった。

 毎回、報酬はケンが持つが、これまで稼いだ金は俺が預かっている。


 俺やアデルにはアイテムボックスがあるが、ケンにはない。資金の管理も商売の重要な項目なのだろう。

 獲物を1匹1匹、丁寧に並べていたケンの動きが止まった。


「どうした?」

「いや……なんでもない。爪の入り具合が甘かったのかな。殺し損ねたネズミがいた」

「そうか……」

「ひっ!」


 それは、ごく短い、言葉にもならない音だった。

 ケンではない。当然、俺でも隣にいるアデルでもない。

 ケンが爪を振り下ろそうとしているネズミから上がった。


「メディカル! ケン、待て」


 俺は、とっさに治療系の最上位魔法を使用した。

 使用した対象は、並べられているネズミの1匹だ。

 ケンが俺の声に驚いて前足を止めようとしたが、振り下ろしてしまう。


 だが、とっさに爪だけは肉球の合間に収納していた。

 並んだネズミの死骸から、1匹が飛び出した。

 回復魔法は、死体には効果がない。死んでいなかったのだ。


「カロン、どういうつもりだ? こいつは、俺の獲物だ」

「ネコが……喋った」

「はっ?」


 驚いた声が上がり、その声にケンが問い返す。

 驚いた声を出したのは、さきほどまで瀕死だったネズミだ。ケンという名の茶色いネコが、小さなネズミに問い返したのだ。戸惑っている2匹に代わり、俺が尋ねた。


「おい、君の名前は?」

「……私はキサラ。ねえ、このネコ、さっき喋ったような気がしたけど……ネコ、よね? なんだか、随分大きく見えるわ。それに……あなたも随分大きいわ」


「だろうね。あたしも、最初は戸惑った。でも……あたしは複眼だったからさ。そっちに慣れる方が大変だったよ」

「えっ? 誰?」


 ネズミが鼻先を向けたのは、フードをかぶったアデルだった。

 アデルは、現在は悪魔族の鉛の体をしているが、この世界に来た時は、死にかけのカマキリに転移したらしい。


「アデル、教えてやれよ」

「わかっているさ。キサラ、あんたは……死ぬところだったんだよ」

「ええ……その凶暴なネコのせいよね」


「それは間違いない。でも、殺されても仕方がないんだよ」

「そ、そんなはずがないじゃない。私が何をしたの? 学校の課題をやろうとしていただけなのに……」


「その課題はもうやらなくていい。いや……できない。これが何かわかるね?」

「鏡でしょ」

「そうさ」


 アデルは懐から取り出した手鏡を取り出し、ネズミに近づけた。

 アデルが差し出したのは手鏡だが、ネズミにとっては全身が写る姿見になっている。


「……これが、私?」


 小さなネズミが、両前脚で自分の顔をぺたぺたと叩く。


「キサラ、あんたの職業は? 専門学生のほうじゃなくて……ゲーム内での職業だけどさ」

「えっ? 説明書には、初めは村人だって……」


「だってさ。ケン」

「つまり、俺と同じだ」

「えっ? ネコが……じゃあ……私は、ネズミなの?」

「ようこそ、異世界へ」


 俺が言うと、ネズミのキサラは絶叫した。


「イヤァーーーー!」


 気持ちはわかる。俺は、あえて言わなかった。

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