魔王を倒した勇者の、異世界経営プロデュース

西玉

第1話 ゲームのタイトルが同じで、内容が変わっている

 俺は、傷ついた茶色いネコを抱いていた。

 呼吸は止まろうとしている。だが、まだ生きている。

 周囲は瓦礫の山だ。


 俺が本気で戦うと、大抵は瓦礫だらけになる。

 俺は、魔王を倒した。

 茶色いネコを抱いたまま移動しようとした時、目の前の崩れた壁が持ち上がった。

 壁の下から、真っ黒い小さな姿が現れる。


「おい、カロン。最大威力で爆発魔法をぶっ放しやがって。魔王は倒したんだろうな?」

「ああ……」


 俺は、背後を振り返った。さっきまで、魔王がいた玉座すら、跡形もない。


「なにもかも吹き飛ばしやがって。魔王の死体も見つけられないじゃないか」

「それは仕方ないだろう。魔王はもともと小さい。ひょっとして……見つけられるかもしれない」


 俺は、抱いていたネコを持ち上げた。

 真っ黒い小柄な少女が、瓦礫を蹴飛ばして近づいてくる。


「おっ……魔王の死体を探すのか?」


 魔王は、ネコの紋章を掲げていた。知らない人間たちには、魔王はネコ好きだと思われていた。

 魔王をよく知る者たちは、魔王がネコであることを知っていた。


 俺と、小柄な少女の姿をした悪魔族のアデルは、魔王の正体がネコに住み着くダニであることを知っている。


「見つけたとしても、誰も魔王の姿を知らないんだ。ダニの死体を見つけたところで、魔王の死体だと認められるもんか」

「まあ……そりゃそうだ」


「魔王は世界を支配していた。魔王を倒したって、どこからも金は出ない。ただ……俺が勇者だから、魔王に挑んだだけだ。このネコ、まだ助かるかもしれないから、連れてきた」


「魔王だと思われていたネコだろう。助けるのかい?」

「昔は、一緒に旅をしていただろう。それに……もう昔の意識がどこまであるのかわからない」


 俺は、異世界からこの世界に転移してきた。悪魔族の少女アデルも、俺が抱えているネコも同じだ。

 以前の世界で、特定のゲームをプレイした者たちが、この世界に転移させられた。


 ただ魂だけが転移し、魂が抜けた体に入り込むことになった。

 俺が入り込んだカロンという少年は瀕死だった。

 人間に転移したのは、非常に運がいい。同じように転移した大部分の人は、死にかけの小さな命に転移し、魂の抜け出た体に入り込んだらしい。


 ゲームでの能力が、ゲームのままこの世界の肉体にもちこまれ、俺は勇者となった。複数の職業を入れ替えることができる仕様だったが、俺はたまたま、勇者に転職できた。


 勇者の切り札が爆発の魔法らしく、レベルが上がって威力が増し、俺は魔法で魔王城を瓦礫の山に変えたのだ。アデルも、俺が抱いているネコも、同じように異世界から転移した魂が入り込んでいるが、勇者の職業を持っていたのは俺だけだった。


「助けたいけど、魔力を使い果たした。アデル、職業はどうなっている?」

「僧侶だよ。まあ……いいか。こいつにダニの魔王を取り憑かせたのは、カロンだしな」


「ああ。まさか……雲隠れしていた魔王がダニに転移したゲームマスターなのは知っていたが、ネコのララに取り付いて魔王として再起しようとするとは思わなかった」


 俺が抱いているネコは、ララという名前だった。かつては一緒に世界を旅し、最終的に貴族に飼われて幸せに暮らしていた。俺が、ダニの住処としてララを紹介するまでは。


「メディカル」


 アデルは、治療系最高位の魔法を使用した。アデルはすでに、戦士と僧侶の職業を限界のレベル99まであげている。

 ちなみに、本来の職業は魔獣使いらしいが、ゲームの仕様に魔獣使いという職業がなかったため、レベルは存在しない。


「どうだ?」

「この手の魔法が失敗するはずはないだろう」

「それもそうだな。ララ‥……俺がわかるか?」


 茶色いネコの呼吸が落ち着く。

 目が開いた。青い目の瞳が細く長くなる。

 俺とアデルを見た。


「誰だ?」

「ララ、俺がわからないか?」

「ララ? それは誰だ?」

「記憶が混乱しているのかねぇ。魔王に意識を乗っ取られていたかもしれない」


 口を開いたアデルに視線を向け、茶色いネコが飛び上がった。


「うわっ……気持ち悪い。なんだその肌、鉛みたいだな」

「あたしの体は鉛だ」


 アデルが服をめくる。黒く、鉛色の短い腕が露わになる。


「お前……ララじゃないのか? 名前は?」


 ひょっとして魔王は、俺の仲間だった異世界から転移したララから、別の似たネコに乗り換えたのだろうか。

 疑問に思って尋ねると、ネコは言った。


「俺は……ケンだ。どうしたんだ? ゲームをしていたはずなんだが……」

「ゲーム? なんてゲームだ?」


 ケンと名乗ったネコが口にしたゲームの名は、俺が知っているものだった。俺が転移した時に遊んでいたのと、おなじゲームだったのだ。


 ※


 ケンは、俺がこの世界に着た時から、さらに3年後の、同じタイトルのゲームをプレイしたことがわかった。


「どういうことだい? 魔王を倒したのに……」


 アデルが黒い顔で首をひねった。


「魔王自身も転移してきたんだ。あのゲームと魔王の存在は関係がないんだろう。ケン……職業はなんだ?」


 ネコのララの顔で、ケンは俺を見上げた。


「始めたばかりだから、村人だろ? これから転職して、農夫、鍛冶屋、猟師、商人のどれかになるんだろう?」


 俺はアデルを見た。アデルがポカンと口を開けた。口の中には牙がならんでいるが、口の中も牙も黒い。よく見ないとわからない。


「そのゲームって、異世界を冒険するRPGだよな?」


 俺はケンに尋ねた。


「異世界を舞台に、金を稼ぐ経営シミュレーションだろう?」

「……アデル、ゲームのタイトルが同じで、内容が変わっている。どういうことだ?」


「あたしが知るかい。この世界には、あたしが最初にきて、カロンは発売中止のゲームを間違って手に入れて、この世界に来たんだろう。ケン……あんたは、そのゲームをどうやって手に入れた?」


「俺が通っている、職業専門学校のカリキュラムの一環でプレイすることになったんだ。俺のものじゃない」

「……カリキュラムの一環? プレイした人が意識不明になるのに?」


「いや……ならないぞ。半年前から導入されて、ゲームをして単位がもらえるから、人気の科目になっている」

「……なら、ケンはどうしてここにいる?」


 アデルが噛みつきそうな表情で言ったが、アデルはたいていそういう表情をしている。


「俺が知るか」


 ケンも負けずに不機嫌に言い返すが、姿がネコなので迫力はない。俺は、考えながら言った。


「この世界に来ているのは、魂だけなんだろう……」

「まあ、そうだろうね。体はこの世界の生物……あたしは悪魔だけど、もともとはカマキリだった」


「魂が……魂の一部だけがこの世界に来ているのかもしれない。元の世界に体が残り、魂が一部削られただけで生活に支障がないとしたら、誰も魂が一部異世界にいるなんて疑わない」


「もうそうなら、この世界は、あたしたちの世界の人間だらけになるんじゃないのかい?」


「この世界の生物には、はじめからこの世界の魂が入っている。その魂が出て行った直後の体にしか入れない。たまたま、回復魔法が使える誰かがそばにいるんでない限り、この世界の肉体に入って、すぐに死ぬ。俺は、死にかけた自分の体を自分の回復魔法で癒した。職業が勇者だったからできたことだ」


「あたしは、職業が僧侶だった。ララもそうだったはずだ。村人ってのは……どんな魔法が使えるんだい?」

「魔法? 経営シミュレーションに、そんなものあるはずないだろう」


 ケンの言うことはもっともだ。


「この世界に、俺たちの世界の人間が次々とやってきては、次々に死んでいく……アデル、俺たちの仕事が決まったな」

「なんだい?」


 アデルにとっては決まっていなかったらしい。


「この世界に来た俺たちの世界の人間のレスキューと、生活の面倒ぐらいは見てやるべきじゃないか?」

「仕事って……どこからか、報酬が出るのかい?」


「職業訓練の専門学校生たちだろ? なら、出世払いにしてもお釣りがくる」

「……俺の世話を、あんたたちが焼いてくれるってことかい?」


 ケンが尋ねた。


「ああ。このままじゃ、どのみち農夫にも猟師にもなれないだろうからな」

「そうか?」


 首を傾げる姿は、ネコそのものだ。


「アデル、鏡はあるか?」

「当然だ。淑女の身だしなみだよ」


 アデルが俺に手鏡を差し出した。

 俺は手鏡をケンに見せる。


「……これは……ネコ?」

「今のケンだ」

「……えっ? ここはどこだ?」


「異世界だよ。ケンの本体は元の世界にあると思うけど、今は、異世界にいる。俺は、この世界で何年も生きてきた。少しは力になれると思う」


 茶色いネコは、じっと俺を見た。しばらくして口を開く。


「よろしくお願いします」


 俺のはじめての客は、元仲間であり世界では魔王として恐れられたララの体に入り込んだ、ケンとなった。

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