【コミッション】恋とはどんなものかしら

霧江サネヒサ

恋とはどんなものかしら

 先輩は、それなりに伝統あるミステリ研究部の部長である。そして、私は、そんな先輩に恋する部員だ。

 ある放課後、我がミステリ研究部に、依頼が舞い込んできた。

 とうに衣替えを終えた十一月。私が入部してから早六ヶ月。とんと依頼なんぞ来なかったので、そういうものかと。ミステリ研とは読書会をしたり、ミステリ小説を書いたりする部活動だと思っていた。

 いつも部室に最後まで残っている先輩と、たまたま忘れ物を取りに来た私は、ある事件と関わることになる。

 さて、依頼人の話をしよう。依頼人は、私の二年先輩にあたる、三年生の九条香さん。


「毎年、私の誕生日になると、人形が送られてくるんです。それが、これなんですけど」


 スマホに表示されている画像を、先輩と

見ると、手作り感のあるガイコツの不気味な人形が写っていた。画面をスライドさせて、三体のガイコツ人形を見せられた。


「私、呪われているんでしょうか?」


 九条さんは、顔を俯ける。呪いの解明。それが彼女の依頼である。


「オカルト研究部の意見も聞こうか」


 先輩は冷静かつ好奇心旺盛に、そう告げた。

 私たちは、伝統あるオカ研の部室へと移動する。


「コイツは、カラベラ人形だな。メキシコの縁起物だよ。九条さんは、むしろ祝福されてんじゃねぇかな?」


 ガイコツ人形の画像を見せると、オカ研の部長、熊崎先輩はそう言って、笑顔を見せる。


「九条ちゃん、メキシコに縁があったりする?」

「いえ、特には…………」


 先輩の質問に、九条さんは小首を傾げながら答えた。


「九条さん、誕生日が十一月だったり?」

「そ、そうです! 十一月一日が誕生日です」

「死者の日のお祝いだな、こりゃ」


 熊崎先輩は、スマホを取り出してメキシコの祭事である死者の日について教えてくれる。なんでもメキシコでは、十一月になると再生の象徴であるガイコツ人形を飾り、盛大に祝うらしい。


「つまり、これは死者の日のお祝いであり、九条ちゃんの誕生日とは無関係かもしれないね」


 先輩は、眼鏡をきらりと光らせる。


「そういうことだな。犯人探しは、そっちだけでやってくれや。こっちも色々抱えてるんでな」

「分かったよ。ありがとう、熊崎くん」


 私たち三人は、オカ研の部室を後にした。

 贈り物がカラベラ人形だとして、何故毎年九条さんの家にポスティングされるのだろう?

 九条香さんが自分宛だと思ったのは、十一月一日がたまたま誕生日だったからで。呪いだと思ったのは、ガイコツ人形は、日本人の感覚では不気味に映るものだったからで。「犯人」は誰なのだろう?


「九条ちゃんって何部?」

「ボランティア部です」

「あ、老人ホームでメキシコ人と関わったりとかは?」

「えーと、そんな覚えはないですけど…………」

「マジかぁ。メキシコの老人が感謝の気持ちを込めて贈ってるのかと思ったんだけどなぁ」


 先輩は、悔しそうにしている。

 私は、ここで別の可能性に気付いた。


「あの、九条先輩と関わったメキシコ人って介護士さんじゃないでしょうか?」

「ああ!」

「あ…………そういえば、ベトナムやメキシコの方もいたような気がします…………」

「ナイスワトソン!」

「やめてくださいよ、その掛け声」


 恥ずかしい。それでいくと、先輩はホームズということになるが、その看板を背負うことを重荷に感じたりはしないのだろうか?

 まあ、先輩は厚かましさが取り柄みたいなとこあるしなぁ。ちなみに、私にはワトソンを名乗りたいという気持ちはない。誰か助けてくれ。


「じゃあ、ボランティア部が行った老人ホームのリストアップといきましょうか!」


 元気溌剌としたホームズは言う。私たちは、ボランティア部へと向かうことに。

 九条さんが参加した老人ホームでのボランティアは、三件。「にこにこホーム」と「そよかぜ荘」と「神人苑」。


「よし! それじゃあ電話してメキシコ人介護士がいるかどうか聞きましょう!」


 三人で手分けして、情報収集に臨む。すると、神人苑にメキシコ人介護士がいるというこが分かった。


「神人苑へ、レッツゴー!」


 先輩は、有り余るバイタリティーを持って、私と九条さんを引っ張る。今日の放課後に全てを片付けたいんだな、きっと。先輩は、せっかちである。

 さて、バスに乗って、神人苑に到着した私たちは、件の「犯人」かもしれないメキシコ人介護士さんと会うことを許された。先輩の口八丁で。

 その人の名前は、マリアさんという。

 マリアさんは、自分を訪ねて来てくれたことを、大層喜んでいる。彼女の方は、九条さんのことが強く印象に残っているようだった。

なんでも、「トテモ親切ニシテモラッタ」のだとか。

 そして、やはり、カラベラ人形を贈っていたのは、マリアさんだった。たまたま同じアパートであることに気付き、贈り物をしていたのだと言う。

 しかし。しかしだ、マリアさんは、きちんと自分の名前入りの手紙を一緒に入れていたはずだとも言う。

 私たちは、神人苑を出て、近くの公園で情報を整理することにした。秋風が、木々をざわめかせている。


「マリアさんが贈ったカラベラ人形に付けたはずの手紙は無くなっていた。言いづらいんだけど、九条ちゃんの身内の犯行じゃないかな? 心当たりある?」


 先輩は、すらすらと言ってのけた。さすが先輩。


「両親も妹も、そんなことするとは思えません…………!」


 九条さんは、頭を振る。まあ、そりゃあ身内に嫌われているなんて思いたくないだろう。


「先輩」


 私はつい、先輩に声をかけてしまった。だって、「犯人」が分かってしまったから。


「どうした? ワトソン後輩?」

「やめてください、先輩。犯人は、九条さん、あなたですよね?」

「え…………?」

「まず、呪われていると思ったのにミステリ研に来たことがおかしいんですよ。うちには伝統あるオカルト研究部があるのに」


 つまり、ミステリ研に来なければならない理由があったということだ。


「九条さんにとって、私がいたことは計算外というか、イレギュラーだったんですよね?」


 九条さんは、俯いたまま、私と目を合わせようとしない。


「だって、いつもなら、先輩しか最終下校時刻まで残っていませんものね」


 謎を解体すれば、それは簡単なことで。よくある恋心というやつである。つまり、私と九条さんは、恋敵なのだ。

 ここから先は、「犯人」の「告白」の時間になるのだろう。


「わ、私、あなたのことが好きで……それで………私、つい…………」


 考え得る限り最悪で、お粗末な告白だと、私は思った。あなたなんか、先輩には相応しくないよ。


「九条ちゃん、マリアさんに謝らないといけないよ」

 先輩は言い放った。いっそ、残酷なくらいに正しい。


「はい…………」


 九条さんは、項垂れている。両手をぎゅっと握り締めて。想い人に、優しく包まれるでもなく、冷たく突き放されるでもなく。ゆるりと、拒否されたのだ。同情の余地はないが。


◆◆◆


 公園で、私たちと九条さんは別れた。九条さんは、マリアさんに謝罪しに行くらしい。一体、どこまで真実を話すつもりなのかは知らないが。

 先輩と私は、バスに隣合って座っている。


「ホームズ後輩」

「いや、本当にやめてください、先輩」

「ごめん、ごめん。しかし、まさか、あんな理由で嘘をねぇ」

「あんな理由、ですか」

「恋なんて、幻みたいなものなのにね」


 先輩は、先輩自身の真実を呟く。

 きっと、九条さんにとっては一大決心の告白だったのだろう。しかし、実は先輩は恋愛というものに関心がない。アセクシャル? アロマンティック? そういう性指向なのかもしれないが、私は知らない。

 隣にいる私が先輩を好きかもしれないとは思わないほどには、無神経。いや、私が先輩を、無神経だなんて言うことは出来ない。私は、無神経に先輩を好いているのだし。私は、恋に恋する乙女という訳でもないし。

 恋なんて、幻。先輩の恋心の解体の仕方は、残酷だ。ああ、また私は先輩に対して否定的になってしまっている。大好きなのに。おかしなことだ。

 いや、そうおかしなことでもないのかもしれない。私は、きっと先輩に恋心と憎しみを抱いている。


「恋って、なんなんですかね? 先輩」

「システムだよ。ヒトを増やすための、面倒なシステムさ」


 先輩は、容赦がない。私が考えるに、先輩は、枠や型や役割に嵌められるのが嫌いなのだと思う。システムの一部になるのが、心底嫌なのだと思う。


「事件の根底にあるのって、大抵感情なんだよね。フィクションなら、それでもいいけど。現実では、ちょっとねぇ…………」

「…………そうですね」


 ちょっと、気持ち悪いよ。そんな風に先輩に言われた気がした。


「先輩は————————」


 バスが停車し、ドアが開く音で、私の声は掻き消される。


「さ、降りよう」

「はい」


 私たちは、高校前へと戻ってきた。


「もう結構遅いし、家まで送るよ」

「や、いいですよ、そんな」

「まあまあ。この世って、結構物騒だからさ」

「じゃあ、お願いします」

「はいよ」


 先輩。先輩は、実は私が九条さんを呪っているとしたら、どう思いますか? あの人が、先輩に好意を持っていることを、ずっと前から知っていて、機を見ているところを見ていたとしたら? わざと、あの人の邪魔をするために忘れ物をしていたとしたら? 私が、あなたを好きだと言ったら?

「気持ち悪い」と言われてしまうのだろうか。

 先輩。どうか私を嫌わないでください。


「先輩」

「ん?」

「……先輩って、今でも充分システマティックじゃないですか?」


 あああ、言ってしまった。吐いた言葉は、口の中には戻せない。


「先輩って呼ばれるたびに、そう思ってるよ」

「申し訳ないです」

「別にいいんだよ、君は少しだけ特別だから」

「特別…………?」

「ははは。特別な後輩ちゃんっ。これからも、よろしくね!」


 先輩が利き手を差し出してきたので、私も手を伸ばす。先輩の体温。暖かな感触。どうしようもないくらい、私はときめいている。

 「特別」の意味なんて、もうどうだっていい。明らかに、はぐらかされたけれど、どうだっていい。今日は、先輩に「特別」扱いされた大切な日になった。あとで、日記にも、しっかりと書いておこう。


「先輩…………」


 この人は、私の想いに気付いていて、それでもなお好意を告げないことを選び続けているから、特別視してくれているんじゃないのかな? なんて、思った。

 残酷な先輩。大嫌い。大好き。


◆◆◆


 後日談。私は、あの日以来、先輩と一緒に最終下校時刻まで部室に残るようになった。

 この、進んでいるようで停滞している関係は、いつまで続くのだろう? 先輩の卒業まで?

 そんなの嫌だ。きっと、私は海に小石を投げ込むように、先輩の卒業式に告白してしまう。

 でも、そんなことをしたら「特別」が外れる。そんな気さえした。

 先輩は、「恋人」なんていらないし、「助手」も「後輩」もいらない。本来なら、そうだ。でも、私は「特別」。薄氷上の「特別」。


「ふたりって付き合ってるの?」


 なあんにも分かってない部員が、そう尋ねる。


「付き合ってないよ」

「付き合ってません」


 私たちは、同時に返事をする。


「仲良しなだけだよね~?」

「そうですよ」


 今の私たちは、「恋人」でも「友達」でもない。「先輩と後輩」である。この役を、先輩は気に入っているのだろうか? だから、私は「特別」? この意味を訊いても、「特別」は外れてしまうように思う。

 身動き出来ない。私は、先輩にがんじがらめにされている。

 時は流れて。とうとう、先輩の卒業の日がやってきた。


「先輩、私…………」

「大学、追いかけて来てよ」


 先輩は、私の告白を轢き潰すように言葉を紡ぐ。本当に容赦のない人だ。


「はい。必ず追いかけますから、待っててください」

「うん、待ってるよ」


 先輩は、役割を嫌う。でも、私たちが「先輩と後輩」であることを望む。おかしな人。だけど、大好きな人。絶対に、最終的には、私を幸せにはしてくれないであろう人。

 大嫌い。大好き。愛してる。とか、そんなことを言わせてはもらえないのだろうけれど。

 この「特別」を維持し続けることが出来るのは、きっと世界で私だけなのだと、己を鼓舞した。

 「先輩」の「後輩」でいられるうちは、ずっとそのままでいよう。「先輩」の望む「後輩」でいよう。

 私は、今は、ただの「後輩」で構わない。

 でも、この関係に甘んじてはいられない。いつか、告白するその時までに、「先輩」の攻略法を見付けてやろう。「名探偵」のように。

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