ドリップコーヒー

鳥海 摩耶

ドリップコーヒー

 袋を開けると、香ばしい匂いが私を包んだ。

 

 細かい網目あみめのある袋を、いつものカップにセットし、お湯をおとす。


 じわじわと染み込んだ熱湯が、乾ききった豆たちに仕事の時間を用意する。


 ぽつぽつと、雨粒のようにしたたるしずくは、もはや粉末でしかない彼らのすべてだ。


 それは、糸を採るためにのみ生かされる、かいこのような存在。吐き出された糸を繰るように、私は黒っぽい抽出液を貯めていく。


 一粒ひとつぶ、丁寧に。

 

 あわてても、のろまでもいけない。

 

 最適なタイミングで、おとす。

 

 そうしてできあがった、漆黒しっこくの底無し沼。どこまでも続いていそうな暗闇が、り潰された彼らの無念を語る。


 さぞ、痛かったろう。ほんとうは、彼らはみな木となっていたのだ。

 

 この一杯は、何本分だろう。

 

 そんなことを考えながら、私は最初のひとくちを口に含ませた。

 

 苦い中にひろがる、豊穣ほうじょうの香り。


 これは殺戮さつりくの果てに生まれた、罪の味だ。


 罪深き人々は、この香りと味わいのとりことなった。


 以来この黒い飲料は、世界中の人々の魂を呪縛じゅばくしているのである。

 

 私も、囚われの身である。最初は嫌で仕方なかったのに、いつの間にかこの様である。


 解放されたいとは、もう思わないだろう。

 

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ドリップコーヒー 鳥海 摩耶 @tyoukaimaya

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