事件捜索係の事件簿

赤音崎爽

第1話

 時は西暦2150年。人類は高度に発達したデジタル文明の恩恵を存分に受けて生活していた。

しかし、持つ者と持たざる者の格差など遥か昔から変わらないものも数多くあった。


 「……あぁ、腹減ったぁ……」俺は詰所の天井を仰いでひとりごちた。

事務所の一角にはオフィススナックの自販機ベンダーがある。

だが、今の俺には自販機の菓子すらも到底手の出ない代物だった。

 というのも、俺の今の所持金が3桁を切ってしまったからだ。

そのため、昔の言葉で言うなら「1コインで買える」菓子すら買えない有り様だ。

給料日まであと3日。きょうだいから少額借金するか、水だけで過ごすか、俺は究極の選択を突き付けられつつあった。

「……はぁ……」

 少額とは言え、金は借りても返せない、水だけで過ごすのも結局は衰弱する。

どちらに転んでも、最悪の選択でしかないことは明白だった。

 ……アルカスさん、何か奢ってくんねぇかな……

俺は同じ「アル」の愛称を持つ者同士親近感があるのか、なにくれとなく世話を焼いてくれる先輩の顔を思い浮かべた。

「給料日前に所持金が尽きかけて食うに困っている」と相談すれば、運が良ければ何かおごってもらえるかもしれない。

 とは言え、昨日遅番だったのか夜勤だったは知らないが、アルカスさんはおろか、その相棒のヴィンセントさんの姿さえなかった。

もっと言えば、本来この時間に一緒にいるはずの俺の相棒の姿までなかった。

 ……ダ〜ン、どこ行ったんだよ……

俺は心の中で相棒に呼び掛けた。

 「ダン」ことダニエル・フォン・リーは、俺の相棒だ。

俺とは違い、そこそこの家庭の育ちだが、俺のような貧困家庭の人間にも分け隔てなく接してくれる。

俺と彼は入団試験の場で出会い、歳も近いことから意気投合した。

そうして相棒バディを組み、今に至る。

公私共に仲良くしている相棒だからこそ、困っている時に相談に乗ってもらえる安心感があった。

しかし、肝心な時にいてくれなければ、相談するも何もない。

仕方なく俺は天井を仰ぎ続けることにした。

 「はぁ……」俺が天井を仰いで何度目か分からないため息を吐いたその直後。

パシュンと扉が開く気配がした。

反射的に目を向けると、まさにダンが入ってきたところだった。

「おはよう。……何か元気なさげだね? ……もしかして、また給料日前に食うに困った?」

その問いかけに、俺はうんうんと頷く。

「何かそんなような気はした。……良かったら、これ、食べる?」

と彼はカバンの中から何かを取り出した。

それはビニール袋に入れられた、掌大よりも少し大きな青黒いミニクッションのようなものだった。

「えげつない色のもんが出てきたけど、それ何?」

「あー、前に並木通りの角でヴィンセントさんが万引き犯かっぱらいを取り押さえたことがあったろう? あの時に向かいのパン屋の店員さんが見てて、俺たちのこと覚えてくれてたらしくて。今日、偶然前を通ったら、『新商品のモニターを兼ねて、涼しい顔した同僚さんたちと食べてください』って、もらった」

「そういうこと。……で、これ、何味?」

「ミックスベリー味、……らしい。外側ガワに青色系のベリーを使ってるから、こんなどぎつい色してるらしい。ちなみに、中には赤色系のベリーを使ったクリームが入っているんだって」

「とりあえず、『見た目はすげぇけど、味はベタ』ってことだな? ……それならもらうわ」

「おう、1つ食べてくれ」と彼は袋を差し出してきた。

そこで俺は1つ取り出すと迷わずかぶり付いた。

 衝撃的な見た目に反して、すごくありふれた甘酸っぱい味がした。

「……ん! 見た目がすげぇ色してっから警戒したけど、普通にミックスベリー味だ。……スポンジケーキみたいな見てくれだから、パサパサしてんのかと思ったら、想像以上にしっとりしてる……。ちなみにこれ、何てパン?」

「『蒸しパンスチームドブレッド』っていうらしい」

「へぇー。23年生きてきたけど、世の中にはまだまだ知らないものがたくさんあるんだなぁ」

と、俺がもう一口蒸しパンに齧り付いたその途端。

壁のモニターに女性のホログラムがボワンと浮かび上がった。

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