不穏な空気 その2

 プレイヤーが介入できないイベント。つまり、固定イベントでキルク王子が暗殺されるからだ。


 王国戦争が始まる少し前の事。いつも通り、戦争前の準備として内政等をこなしていると突然、映像が切り替わり、キルク王子が暗殺される固定イベントへと飛ばされる。


 このイベントはグレシアスというゲームをやっている以上、絶対に起こるイベントかつ、事前にキルク王子を保護していようと必ず起こってしまうモノであった。



 避けられない死。


 アルスは何十通り以上の方法で、キルク王子をこのイベントから回避させようと奮闘したが、その甲斐むなしく最終的にはキルク王子の死という結果で終わる。



 だけど今回は違う。俺はグレシアスをプレイするプレイヤーとしてではなく、転生者として。登場人物としてこの地に降り立つことが出来た。それならば、キルク王子排除しようと働く力。つまり、固定イベントからキルク王子を守り、後に王として成長させる事でアメリアを救えるのではないかと考えたのだ。



 しかし問題まだ沢山ある。前世、キルク王子に働いていた力が今回も働く可能性は十分にあり得るし、何より。キルク王子が王になると決断してくれるかも不明だ。



 参加者のほとんどが王子達の話を聞いている中、アルスは一人椅子に座り、思考に耽る。



『では、キルク王子! 皆様に一言、お言葉を頂ければと……』


 司会者はキルクに話を振る。


『えぇ。もちろんです』


 心地よい声がアルスの耳へと届く。



 この声は……キルク王子。


 アルスはふと顔を上げ、耳を傾ける。


『私はお兄様たちの様に何か優れているモノ……というのを持ち合わせておりません。ですが、一つ一つ……』


 特別な発言をしている訳でも無い。それなのに惹きつけられるような力を言葉の一つ一つに感じる。



 まだ誰にも気づかれていない、キルクが唯一他の王子に勝る力。



 キルクの話が終わると自然と会場全体から大きな拍手が送られる。


『ありがとうございます……』



 そして、拍手によって会場に響き渡る音が徐々に増していったある瞬間。



 パリンッ


「ん?」


 アルスの後方で不穏な音が静かになる。



 何か割れる音が聞こえたような気が……


 周囲に気を向けるアルス。



 周りは誰も反応していない……


 アルスは感じた音の正体を探る為、後ろへ振り向こうとした時。


「アルスも聞こえたか?」


 ガイルと目が合い、頷くアルス。



 お父様は聞き取っていたか。確か、音を感じたのはあのあたりから……


 そしてアルスは今一度、音を感じた方向。右後方斜め上あたりへと振り向く。



 俺の気のせいか? でもな……


 これだという確信は無いのに、何かがおかしいというアルスの勘が警告を鳴り響かせる。


 そしてアルスの脳裏に。


『この会場に良からぬ輩が忍び込んでいます。何が目的なのかは調べが付きませんでしたが、お気を付けて……』



 ふと、エッセンの言葉が蘇る。



 何故今になってこの言葉が気になるんだ……。


 っ! もしや……


 アルスに一つの考えが生まれる。

 

 この会場には自分たちが通ってきた通り口と、王族専用の出入り口の二つしか通路はない。もし、その通路を使おうとしても厳重な警備が待ち受けている。



 待てよ……侵入できる場所があるじゃないか。


 アルスはこの会場に侵入者がいるのではないかと考えたのだ。



 アルスは2階部分をぐるっと見回す。



 2階に設置されている空気を入れ替える用の窓。あそこからなら可能だ……


 それにさっきの音。良く考えてみると、ガラスが割れたような音に似ていた気が……まさか!


 アルスはもう一度音がした方向へと視線を向ける。



 何か違和感は無いか? 何か……


 アルスは目を凝らし、チリ一つ逃さないといった気持ちで2階を注目する。



 何もない……あっ! あれは!


 すると、不自然に物陰へと隠れ、光る何かを手に取る仕草をする人影を発見する。


「お父様!」


 拍手によって音がかき消される中、アルスは大声で人影が見える場所を指さす。


「どうした……っ!」


 ガイルは驚いた表情でアルスを見ると、どうしたんだ? といった様子で指し示す方向へと視線を向ける。



「あれは……弓! 敵か!」


 会場の二階。それも警備兵の死角となっている場所で、弓を持つ侵入者が薄暗闇の中、光る矢じりを携えた弓矢を引こうと構えている所であった。



 あいつらは何を狙っている? この会場の中で一番の警護対象と言ったら……王子達か!


 侵入者が弓を向けるのはステージ上に座る王子達。



 ここからじゃ、あの侵入者を止められない……


 侵入者を止める方法を必死に考えるアルスを横に、ガイルは席から勢いよく立ち上がると。


「お……お父様?」


 近くにいた警備兵へと駆けよっていき。



「剣を借りるぞ!」


「が、ガイル様!? 会場では……」


 必死の形相で警備兵の剣を取り上げ、2階に見える侵入者へと体の方向を合わせる。



 こんな時に一体何を……あっ! そういう事か!


 アルスがガイルの考えを理解した瞬間。


「はぁ!」


 ガイルが足腰に力を入れ、剣を持った手を振りかぶると、ものすごい勢いで剣を投擲した。



 その剣は一直線に侵入者の元へと飛んでいく。


 その投擲された剣に気が付いた侵入者は体をひねろうとするも。


「ぐはっ!」


 時すでに遅し。


 反応速度を上回る剣が、胸元に深々と突き刺さり、ゆっくりと倒れる。



「よし!」


 その光景の一部始終を見ていたアルスは大きなガッツポーズを繰り出す。



 ひとまず、最悪の事態は免れた。



「キャア!」「ひ、人が死んでるぞ!」「だ、だれか!」


 その直後。2階で起こっている惨事を発見した食事会参加者が悲鳴を上げる。



『お、お静まり下さい! 皆様! その場から動かず、私からの案内をお待ちいただきますようお願いします! もう一度繰り返します! その場から……えっ? 少々お待ちください!』



 侵入者がいる事はもう伝わったか。



 司会者の迅速な対応の元、この事件が幕を閉じたかに見られたその時。



「まだだ!」


 ガイルらがいる反対側にも一人……いや、それ以上の数の侵入者らしき者たちが会場内を取り囲むように武器を持ち、現れたのだった。

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