王都の奴隷館 その1

 アルスは今後の命運を握ると言っても過言ではない、重要な商談を無事終え、気分転換も兼ね、あてもなく大通りを歩いていた。


 先ほどまでは商談で気を張っていたのか、近寄りがたいオーラを放っていたアルスだったが、散策を始め数分が経過し、表情に余裕が戻ってきていた。


 そんなアルスの状態を機敏に感じ取ったエバンがそっと近寄り、飲み物を差し出しながら声をかけた。


「アルス様、商談お疲れ様でした」


 とても気が利くエバン。


「ありがとう。エバンも警護ご苦労だった」


 アルスもお礼と同時に労いの言葉をかけ、「ちょうど喉が渇いていたんだ」と返事を返しながら飲み物を手に取る。そして、休憩がてら大通りの脇に設置してある長椅子へと腰をかけ、飲み物の蓋を開ける。すると中から芳醇な葡萄の匂いが香ってきた。


 今日は葡萄の飲み物か。そういえば……、前世で一番好きだった果物も葡萄だったな。


 意味もなく思考しながら、口に含み舌で転がしながら味わう。


 そんな光景をエバンはアルスが喉の渇きを癒す間、後ろで手を組み、微動だにしないまま待つ。そして頃合いを見計らい。


「それで……、お次は何処へ行かれるおつもりでしょうか?」


 この後の予定を尋ねる。アルスはその問いに答えるべく、眩しそうに天へと目を向ける。


 日が頂点に登っていないか。 


 お昼にすら届きそうにない時間帯。昼食とするにはまだ早いかと考えたアルスは自分の考えを答える。


「そうだな。今日中に王都の奴隷館には一度足を運びたいと思っているが、まだ時間はたくさんある。……気分転換も兼ねて、何処か楽しめる観光スポットに行きたいな」


「それでしたら……」


 ハッとした様子で、エバンは懐から一枚の紙を取り出す。


 あの紙は一体…… 


 エバンが持つ紙に興味を持ったアルスは、バレないように忍び足で後ろに回り込み、紙に書かれている内容を見ようと、そっと覗き込む。


 これは……、地図か?


 紙に書かれていたのは王都の要所とそこまでの道のり。先ほど訪れたゼルフィー商会や王都有数の観光スポットまでびっしり書かれていた。筆跡を見るに、エバンの手書き。ここまで緻密に情報を練るとなると、この地図を完成させるに多大な時間がかかったに違いない。


 アルスはその事に気づき、内心感動する。


「っ! あっ、アルス様! これは……、その」


 エバンはハッとなって後ろを振り向くと、回り込んでいたアルスと目が合う。すると、手に持っていた紙をアルスから隠すように、素早く胸へと押し付け、しどろもどろになりながらも口を開く。


「別に怒ってる訳じゃない。むしろその逆。事前にこれほどの王都の情報を集めておいてくれた事が嬉しくてね」


 アルスは本心をさらけ出し、動揺を隠しきれていないエバンを横目に満面の笑みを浮かべながら先へと歩いていく。


「さぁエバン。私を案内してくれるんだろう?」


 動揺中のエバンを見て、フッと小さく笑みを零しながら、状況を飲み込めていないエバンへと手を差し向ける。


「は、はい! もちろんです」


 そんなエバンは慌てながらもアルスへと小走りで向かうのだった




~王都、道外れの噴水広場~


「もうそろそろ見えてくるはずなのですが……」


 大通りから外れ、わき道を経由して歩くこと数分。周りには既に人気は無く、こんな場所に観光スポットがあるかも怪しい。だが、エバンお手製の地図によると、この近くに『愛の噴水』と呼ばれる、王都有数の観光スポットがあるらしいのだ。


「エバン、あれを見ろ」


 突然アルスがある一点を指さす。アルスが指さす方向へと顔を向けるとそこには、大勢のカップルたちがひしめき合っていた。


 愛の噴水という名前からある程度予想がついていた事だが。


 アルスは大勢のカップルの人混みをかき分け、愛の噴水を一目見ようと進みながら周囲を一度見回す。


 どこもかしこもカップルだらけだな。


 その場にいる大勢の人たちが男女で訪れており、中には異様な雰囲気を纏った男性(見た目は男性だが、服装は女性のモノ)? といたって普通の男性のラブラブカップル? や女性と女性のカップルも見受けられるが、アルスとエバンの様なまともな組はあまり見受けられなかった。


 こっちの世界に来てまで男女の仲を見せつけられるとは……


 アルスは明らかに気落ちしながらも人の間を縫って移動していくと。


「アルス様、あれが例の……」


 エバンが指さす方角にはでかでかとハートマークにかたどられたモニュメントと、その奥に鎮座する半径3メートルほどの噴水があった。


「あれが愛の噴水か」


 アルスが視線を向ける最中にも、ハートのモニュメントの目の前に次々とカップルがやってきており、周りの目を気にせず、熱々の抱擁からディープなキスをおっぱじめていた。そんな光景をまじかで見てしまったアルスとエバンはどちらからともなく、愛の噴水から距離を取り始める。そして、人気が無くなった路地まで移動すると。


「俺たちが来るには早かったようだな」「はい……」


 肩で息をするまでに疲れ果てた二人。


 まぁでも、いい息抜きにはなったかな。


 こんな日もあっても良いだろうと内心、晴れやかなアルスをよそに。


 アルス様を変な場所に連れてきてしまった……、これは従者である私のミス。次こそは挽回を……


 両者、それぞれの感情を抱き、二人は次の場所へと歩みを進めるのであった。

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