初めての限界突破 その2
~医療室~
ここはアルザニクス家の医療室。寝台が十台ほど並び、部屋の隅には常に医療員が駐在している。
そんな医務室には、今回の決闘で怪我をしたエバンが一人、寝台に横になり、体を休めていた。
そこへ丁度、アルスが来訪し、横になっているエバンへと近づいていく。
「やあ、エバン。体の調子はどうだい?」
「あっ、アルス様。少し痛みはありますが、体を動かす分には全然問題ありません。ガイル様が手加減してくださったおかげで、明日にでもアルス様の護衛に復帰できそうです」
お父様……、エバンに手加減なんてしてたのか? 俺にはそう思えなかったが。
エバンはアルスの声に気づくと、咄嗟に礼を尽くそうと、痛みをこらえ、寝台から起き上がる。が、すぐにアルスが「そのままでいい」と返事したため、寝たままの格好で会話が始まった。
「そうか……、エバンが無事で何よりだ。それにしてもいい勝負だったぞ。あのお父様相手にあそこまで奮闘するなんて」
これはお世辞ではなく、アルスの本心だ。
本当は一太刀を入れるどころか、軽くあしらわれて終わると思っていたなんて、口が裂けても言えないけどな……
もし、エバンが勝負に負けていたら、どうにかしてガイルに認めてもらおうと、あの手この手を考えていたアルスだったが、そんな状況に陥らなくて、内心ホッとしていた。
「そのような風に言っていただけるのは嬉しいのですが……」
エバンは何か、感情を詰まらせた様子で俯く。
「どうしたんだ? 私でよければ聞いてやるぞ」
違和感を感じたアルスは、話を聞こうと思い、近くに置いてあった椅子をエバンの寝台の横へと移動させ、腰を落ち着かせる。
「はい……。ちょっと、心の整理がついていないので……、上手くアルス様に私の心情を説明するのは難しいのですが……」
エバンは言葉を区切り区切り、途切らせながら、自分が言いたいことを言葉として表していった。
「ただ単純に、ガイル様と私の間にある差がありすぎて、途方に暮れていた。というのが正しいでしょうか……、あそこまで私が強くなれる想像がつかなかったのです」
エバンは握りこぶしを無意識に握り締め、思い悩むように話す。
「もちろん、昔とは比べ物にならないほど強くなりました。それに……、アルス様に拾われてからというもの、衣食住には困ることなく、私自身が天職と思えるような仕事。いえ、この命に代えても、アルス様を生涯お守りするという、為さなければならない目的まで頂きました」
エバンはポツリポツリと心の奥底に沈んでいたモノを吐き出し、アルスへとぶつけていく。
「その目的を達成する為には、王国一。世界一、強くならなくてはならないと己の胸に刻み、修練に励んできました。ですが、今日初めて、ガイル様という、本物の強者。大きな壁が立ちはだかり、これまでの修練に意味はあったのか。誰もが憧れる英雄を超えていけるのかという疑問が胸に浮かんでしまいました」
なるほどな……。
誰もが一度は経験したであろう、自分自身に立ちはだかる大きな壁。その壁は一度、目の前に立ちはだかると、ちっとやそっとの力ではびくともしない、頑丈な障壁として、乗り越えるまで立ちふさがる。
そうか……、エバンにもやってきたんだな。この時が。
アルスは優しく声かけをする訳でも、叱咤する訳でもなく、ただ話を聞くだけに留まり、エバンが話すのを静かに待つ。
「心の何処かでは……、このままでいい。自分は頑張っているという自己満足な気持ちがあったのかもしれません。そんなこれまでの自分が恥ずかしく、それでいて情けなく感じてしまったのです。これでは、アルス様に合わせる顔がない……、そうとも思っていました。私は……、この先どうしたら……」
エバンは思いつめたように、強く握りしめた手を、胸の前へと置く。そして、落胆したアルスを見るのが怖いといった様子で、小さく震える。
エバンが初めて見せた、弱い心に触れるアルス。
エバンはこんなに思いつめていたのか……、でもよく、俺に心情を明かしてくれたな。
アルスはそんなエバンの行動一つに、嬉しくなる。
俺がかける言葉はただ一つだ。
するとアルスはエバンへと体を寄せ、肩に手を乗せると、エバンが静かに顔を上げる。
「エバン……、君は絶対に強くなる。お父様よりもだ!」
アルスは確信していると言わんばかりに自信を持ってはっきりと言う。
「え?」
思いもよらない言葉にエバンは驚き、目を点にしながらも、耳を傾け続ける。
「出会った時に言ったはずだ、『私がする事を信じて付き従う』と。だからもう一度言おう。君は強くなる。……これだけ言っても信じられないと言うのなら、私の名に誓ってもいい。……これでも何か不安か?」
アルスは何度もエバンへ言葉をかけ続け、そばへと寄り添う。そんなアルスに心の奥底まで侵入を許したエバンは、目尻から一筋の涙を流すと、エバンの手を握り締めて。
「もう大丈夫です……。私がアルス様に命を救われて以来、心から信じていると思っていたのですが、心の奥底ではまだ、信じてきれていなかった部分があったのかもしれません。ですが、今日この日から、いつ、何があろうとも、全力でアルス様を守り、絶対に信じきると決めました」
エバンは何か吹っ切れたような、清々しい目でアルスへと答える。
「なんだ……、そう考えると、何でもできる気がしてきました。今日からエバンは生まれ変わります! 本当にありがとうございます」
もう大丈夫そうだな。
アルスは元気を取り戻したエバンを見て、一安心する。
「そうだエバン。鑑定をしてみてもいいかな?」
アルスは一安心したせいか、ふと、今回の決闘でステータスに何か変化があったのではと思い、鑑定眼鏡を取り出す。
「もちろんです」
エバンはどうぞと返事をする。
よし。じゃあ、鑑定を……
「え?」
そこには、思いもよらない数値が広がっていたのだった。
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