第30話 ケヴィンの家に家族が増えました
ケヴィンが引き上げた猫は子猫とは言えないまでも、まだ幼げな顔立ちの残るキジトラのメスだった。下水の水と葉っぱで汚れていたし、濡れて最初の頃のナイトと同じようにガリガリだった。
「まあ、可愛い子なのにこんなばっちくなっちゃって! 家でお風呂に入れてあげるわ」
ケヴィンから服が汚れたり濡れるのも構わずに猫を抱き上げたキャスリーンは、早足で歩き始めた。
「ケヴィン、あなたはペットショップに戻ってシャンプーと食事用の缶詰とミルクを買ってらっしゃい。急いでね。トウコは悪いけどナイトと一緒に来てくれる? この子が嫌がったり要望があったらすぐ教えて欲しいの」
「あ、はい分かりました」
『おうよ。コイツ助けてもらったお礼だかんな。俺は受けた恩は返す男だぜ』
キャスリーンは自宅に戻ると早速お風呂を沸かし、葉っぱやゴミを取ると、お湯をかけてせっせと下水の臭いや汚れを落としていた。急いで買い物から戻って来たケヴィンが袋からシャンプーを渡す。
「ごめんなさいね。猫がお風呂嫌いな子が多いのは知ってるんだけど、汚れ以外もダニとか取れると思うから我慢してくれるかしら? トウコ、どんな感じで洗えば良いの?」
「ええと、耳に水が入らないようにして、余り強くこすらないで下さい。猫の皮膚って人間みたいに脂肪がついてなくて薄いので、強い刺激は良くないんです」
「分かったわ。……あらまあ、ダニが沢山桶に浮いてるわよ。痒かったんじゃない? 可哀想に」
私に質問しながらも手際よく彼女を洗って行く。
最初はすぐ茶色になっていた風呂桶も、何回もすすぐうちに次第に本来の水に近い色になって、ダニなども浮かんで来なくなっていた。
『あ、左の後ろ足の方は強く掴まないでやってくれよ。痛いらしいから』
私がナイトの話を伝えるとキャスリーンは頷いた。
風呂桶から猫を持ち上げると、タオルを持って待機していたケヴィンに渡す。
タオルで水気を切ると、ドライヤーで遠くから風を当てつつ乾かした。フワフワな毛に戻ったその子は、小柄だけどかなり可愛らしい姿に戻った。まあ猫で可愛くない子なんていないんだけど。
「お腹空いた? ミルクは飲めるかしら?」
『腹は減ってる。けどミルクは飲んだことないらしいから今回は水でお願い』
「──だそうです」
「分かったわ!」
ナイトの話で無理やりミルクをあげなくて良かったわ、と言いながら缶詰を開いて器に移す。水を入れた器と並べてその子の前に出すと、ためらいながらも水を飲み、食べ始めた。
「まあ、うにゃうにゃ言って可愛いわあ」
『すげー美味いって。今まで食べたことないほど美味しいって言ってる』
「ねえナイト、この子はずっと野良だったの? 新入りって?」
『うーん。コイツの話だと、飼われてたらしいよ。でも、何かその家族が引っ越すことになって最近捨てられたらしい。ペット禁止のアパートになるから飼えないとか言ってたそうだけど』
「ひどい話だね。責任持てないなら飼わなきゃいいのに」
私は呆れ、キャスリーンやケヴィンに説明する。
「何てひどい! 飼い猫が急に野良になったって餌の取り方一つ分からないでしょうに!」
「ガリガリになっちゃってたのも、きっとそうなんだろうな」
二人とも憤慨している。
救助されて、ご飯を食べて綺麗な水も飲んだことで落ち着いたのかも知れない。キジトラちゃんはにゃーお、と可愛く鳴くとキャスリーンの足に体をこすりつけた。
「……ねえ、あなたさえ良かったら、私の家で暮らさない? 毎回今みたいな缶詰はあげられないかも知れないけど、雨になっても濡れないし、少なくとも安全よ?」
私はナイトを見る。
『──また捨てられるんじゃないかと思ってる』
「大丈夫、私は引っ越す予定もないし、この家もずっといていいのよ? 子供も独り立ちしてるし旦那さんはもういないし、仕事の間は気もまぎれるけど、家にいると私も寂しいの。家も広い方だし女同士、のんびり暮らさない?」
『……叩いたり蹴ったりしないなら良いってさ』
私が通訳すると、キャスリーンが涙をこぼしながら猫をゆっくりと撫でた。
「よっぽど飼い主がクズだったのね……本当に許せないわ」
「母さん、本当にその子を家族にするのか?」
「何よケヴィン、文句でもあるの? 子猫でもないしペットショップにいる高級な子とは違うけど、この子だってとても可愛いじゃないの! 今回はご縁があったってことよ」
「いや、まったく文句はないんだけどさ、それならちゃんとトイレの砂とかケース? みたいなのとか、専用のご飯皿とか、そういうのも用意した方が良いんじゃないかってこと。あと野良だった時に病気になってないか、登録ついでに一度獣医のところも連れて行った方が良いだろ?」
キャスリーンが真顔になった。
「あら大変だわ。そうよね、毎回ナイトが話を伝えてくれる訳じゃないものね! パフ、一緒にお出掛けしましょう!」
「……あの、パフって?」
「ほら、この子毛を乾かしたらふわっふわして膨らんだじゃない? だからパフ♪ ……あら、まずいわ、この子の希望を聞く前に勝手に決めたりして。ダメかしら? パフって嫌……?」
パフと呼ばれた猫は首を少し捻って「うにゃん」と鳴いた。
『そんな嫌いじゃないよ、ってさ』
「良かった! じゃあ早速家族として足りないものを調達しないとね!」
いそいそと買い物籠にタオルを敷いて、パフを座らせる。
「さ、まずは病院行って足の方と体を見てもらいましょうか。歩くの痛いだろうからちゃんと籠に入ったままでいなさいね。あーこれから色々と忙しくなるわあ」
笑みを浮かべて楽しそうな様子で外出の準備をするキャスリーンを見て、ナイトはホッとしたように息を吐いた。
『ケヴィンのところで世話になるとは思ってなかったけど、あいつも新しい家が決まって良かったな。仲間と一緒なのもいいけど、あいつは家猫だったから仲間外れにされがちだったし』
「そうだね。きっと大事にしてくれるよ」
私とナイトがほのぼのと話をしていると、ケヴィンが詫びて来た。
「わざわざ一緒にペットショップまで付き合ってもらったのに、結局野良猫を飼うことになっちゃって、何だか申し訳ないな」
「むしろ野良猫が一匹減る方が良いじゃないですか。血統書ついてる子は色んなお客さんが見て気に入ってもらえる機会は多いだろうし、私はパフみたいな子が幸せになってくれる方が嬉しいですよ」
「そうか? そう言ってもらえると嬉しいが。……それにしても大人しいなこの子は。ナイトとえらい違いだなあ」
そう言ってパフを撫でるケヴィンにナイトは文句を言う。
『おい、俺がお喋りじゃなかったらトウコと話すことが出来ないじゃんか! 俺だって黙ってろって言われたら大人しく出来るぜ?』
「おっとすまん。うちの子がお嬢様みたいで可愛いって言いたかったんだよ」
『まあ、そんなら良いけどよう』
私も通訳しながら笑ってしまった。
そうだね、私もナイトがお喋りで良かったよ。
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