第11話 特攻女子

「……いやージュリアン様、剣を振る姿が凛々しいですねー」


 午後、庭で一人黙々と剣の素振りをして汗を流しているジュリアン王子に私は背後からそっと声を掛けた。

 ビクッと素振りを止め振り向く彼に、タオルを差し出して私はお願いをした。


「私もメイド仕事だけですと運動不足になりますし、最近は町の治安も物騒になってきたそうなので、護身と体力づくりも兼ねて剣の扱いを少しだけでも教えて頂けないでしょうか? 剣を扱う人って身のこなしも対人仕様って言うか、動きが効率的じゃないですかー?」


 アルティメット・トウコに強制変化を遂げた私は、既に遠慮というものをポイしていた。引きこもりに遠慮したところで、接点がなくなるばかりか引きこもりが加速するばかりだ。


(私の中に微粒子レベルで存在する陽キャ魂よ、パリピムーブよ、全力で舞い降りろ!)


 前世でも舞い降りた記憶のないそれを、無理やり細胞から呼び起こそうとするのは正直苦痛だ。

 だが彼はこの国で唯一の王子。

 妹である姫がいるが近隣の国に留学中で不在のため、私はまだ顔を合わせたことがないものの、どちらにせよ彼女は嫁ぐ側だ。世襲制の国であるコンウェイ王国において、ジュリアン王子は今後この国の治世と発展を担う人材なのである。いつまでも無口無表情無関心で過ごしてはいられないのだ。

 大体こんな状態ではまともに嫁も来ないだろうし、お嫁さんも不幸である。

 従って、私は自分に見当たらない人格を偽装してでも彼を矯正しなくてはならない。

 もしかすると、平凡な私がナイトとこの国に来たのも、ジュリアン王子を何とか普通の人にして、国の危機を脱却するためではないかと考えるようにもなっていた。

 迷い人であればこの国の人間のように、王族に対して遠慮するとか敬うというような、長い歴史によって本能的に生み出される感情とは無縁だ。まあぼんやりと偉い人という気持ちはない訳ではないが、何と言っても私は国王から【王子の命に関わらなければ行動に制限なし】と御免状を頂いている上で、ジュリアン王子を無口な引きこもりから脱却させて欲しいと期待されている。

 こんな優雅で見目麗しいイケメンで権力もあり、鍛え上げた体も持っており、頭も良く読書を好み知識があり、更には毎日の地道な鍛錬という努力も怠らない、映画でも舞台でも主役を張れる素養がてんこ盛りのザ・スタークオリティーの彼なのに、無口で無表情、無関心で引きこもりという長所を帳消しにする勢いで王族としてかなりのマイナス要素を持ち合わせている。まあワガママ放題の暴君でないのが救いか。

 小さな頃は普通に話をしていたとの話だったので、言葉が発せない訳ではないはずだ。周囲に仕えている人間だって、言われればすぐ分かるのに、無言で悟れと押し付けられていることになる。

 一八歳にもなって察してちゃんなのはどうなのか、と私は少々怒りすら覚えていた。

 ──だから、察しないことにした。王子だからっていつまでも甘えられると思うな。

 グイグイと相手のエリアに踏み込み、アクションを起こす。

 迷惑だから察しろの空気はガン無視する。

 私の主な仕事はジュリアン王子から感情を引き出すことにある。別に嫌われようが構わない。嫌いという感情を引き出せれば他の感情だって出しやすくなるだろう。大体三年後にはご縁もなくなる人である。好き勝手にやらせてもらおう。


「そうそう、騎士団の人から練習用の剣を借りて来たので、一緒に素振りさせて頂いても良いですかー? もし動きが悪いとか間違っているところがあれば教えて下さいねー」


 ジュリアン王子の返答を待たずに(どうせ無言なので)、大ケガをしないよう刃をつぶしてある剣を構えると、高校時代にやっていた剣道の感覚でやあ、やあっと振り下ろし始めた。

 だが、竹刀はせいぜい五百グラムにも満たないものだったが、剣は流石に鉄で作られているせいか重たい。多分竹刀の三倍はありそうだ。数十回も振っていたら二の腕が痛くなって来た。

 ぜえぜえと息切れして来たので剣を下ろし息を整えていると、ジュリアン王子が近づいて来て横から私の手を剣ごと掴んだ。


「え?」


 どう反応すれば良いのか固まっていると、そのまま私の手を包むように一緒に剣を持ち上げ、右斜めに振り下ろす。また持ち上げて左斜めに振り下ろす。


「……ああ、ただ真上から真っ直ぐ振り下ろすだけじゃダメだと言うことですか?」


 コクコクと頷くジュリアン王子。そのまままた自分の鍛錬に戻る。


「んー……」


 使用される筋肉が違うから、まんべんなく使えという意味なのだろうか。だから口で言えと言うのに。……ま、それでもちゃんと見ててくれたのかな。

 私は少し嬉しくなって、改めて素振りを始めた。

 ──次の日、猛烈な筋肉痛に襲われた。私も自分の筋力を過信してはいけないと実感した。体はアルティメットではない。

 まだ挫折するところではない。れつごーねくすと!




 

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