第10話 アルティメット・トウコ爆誕
念のため私は翌朝、執務前の国王と面会して、自分がこれからジュリアン王子にやろうと思っていることを説明したが、少しの沈黙のあと爆笑された。何故だ。
「ぶふっ、いや、私が全面的に許可するぞ。思いっきりやって構わん」
「ありがとうございます」
ついでにしっかりと書面にしてサインまでもらった。
王国で一番偉い人が良いって言ってるんだから私は悪くないシステムだ。アルバイトの時でも上に指示を仰ぎましたという形にするのがトラブル回避には一番良い。
そういやカフェのアルバイトをしていた時も、バイトは自分の接待兼雑用係とでも思っていた三十代半ばぐらいの雇われ店長に対して、仲間たちと結託し、理不尽な要求や指示を受ける時にはポケットに忍ばせていたスマホで録音したりしたなあと記憶が蘇る。
自分好みの子にはベタベタと体に触って来たり、バイト終わったら飲みに行こうとかしつこく誘って来る、気に入らない子には少しのミスで罵倒交じりの非難をしたりシフトを勝手に減らされたりする。仕事は人に押し付けてばかりで自分ではろくに働かない。とうとう皆の我慢が限界に来て、本社に直訴した。
本社の人間が二人、店にやって来たが店長は全否定した。
「自分はそんな要求をした覚えはないし、間違った指示などもしていない。私を嫌う誰かが皆を扇動したに違いない!」
そう怒る相手に、私たちは笑顔で本社の人の前で録音データを再生した。
あまりに酷い会話の内容に険しい顔になる本社の人だったが、捏造だの卑怯だの騒いでいた店長に対して、一番しつこくセクハラ被害を受けていた一番可愛い子が店長を見て言い放った。
「先ほどの話だとまるで自分が誰かから好かれているとでも思っているかのような言動ですが、そもそもバイトの中で店長のことを好きな人は一人もおりません。ただ証拠もない状態で何を言っても信用されないと思ったので、データを集めただけです。ろくに仕事もやらず休憩室でスマホゲームやったりSNSしているような上司を尊敬も出来ませんし、いるだけで仕事の邪魔でしかありません」
お気に入りの子に冷静にそんな発言をされたのが腹立たしかったのか、その子に掴みかかろうとして本社の人に羽交い絞めにされていた。
当然ながら翌日から店長は現れず、今度は仕事の出来るまともな店長が本社から派遣されて来た。
(……日本と違って王侯貴族がゴロゴロしてる国だもんね。スマホなんかないし、言った言わないになると、立場が悪くなりがちなのは庶民なんだし、迷い人だからっていつまでも優遇してくれると思わない方が良いよね。許可でも何でも形にしといて、自分の身は自分で守らないと)
私は国王から受け取った書面を大切にメイド服のポケットにしまうと、ジュリアン王子の朝食の準備に向かうのだった。
「あ、ジュリアン様、トーストはバターにジャム乗せ派ですかー?」
私はトーストにバターをぬりぬりした後、更にマーマレードジャムを塗り始めた彼に笑顔で話し掛けた。ビクッ、と肩を揺らして私を見るジュリアン王子。
ほほほ、私はもう昨日までの大人しい私ではないのだ。フルモデルチェンジしたアルティメット・トウコである。勿論、副メイド長のミシェルにはこれからの私の行動については事前に説明済みだ。何故かミシェルにも大笑いされた。王宮の人たちの周囲の人の笑いの感覚は未だに良く分かっていないけど、怒られるよりは百倍良いのでよしとしよう。
「そのままジャムでも良いんですけど、カロリーを気にしなければやっぱりバターのちょっと塩気と良い香りがあるジューシーなパンに、ほんのりとジャムの甘さが来るのが美味しさが増しますよねえ」
もう返事を待つのは諦めた。となれば私はほぼ一方的に話すのみである。ジュリアン王子にはラジオか何かみたいなものだと思ってもらえば良い。運が良ければ反応が返るだろう。
「あ、でもマーマレードも良いですけど、ストロベリーも好きなんですよ私! あのつぶつぶした甘酸っぱい感じが何とも言えないんですよねー ジュリアン様はいかがですか? ストロベリージャムお好きですか?」
ジュリアン王子は戸惑ったような沈黙の後、軽く頷く。
「ですよねえ! でしたら明日はストロベリージャムにしましょうか。毎日同じの食べても飽きが来るでしょうし。ねえ、ミシェルさん?」
「え? ええ、そうね!」
「まあ、顔立ちも高貴で整っておられると、パンにバターやジャムを塗る姿一つ取っても絵画みたいですよねえ。私も今度生まれ変わるなら、ジュリアン様みたいな文句のつけようのない顔に生まれたいですね。あ、でも男性より女性の方が良いかな。私料理とかお菓子作るの好きだし、運動神経もないですから正直、重たいものを持つような体力仕事はやりたくないんですよ」
「あらでも男性に生まれたら、筋力はあるんじゃないかしら?」
「でも、ジュリアン様みたいに見目麗しい顔の美女だったら、普通にしてても異性にモテモテじゃないですか? 私今まで生きて来てそんな経験したことないので、女性として一度ぐらいはそういうの経験したいです」
ジュリアン王子を見ないように彼を褒めまくる。
ちらりと見ると、黙々とトーストを頬張っているが、相当恥ずかしいのか耳まで赤くなっていた。
「ああジュリアン様、紅茶が冷めてしまってますね。交換致しましょうか? この華奢なティーカップがまた、ジュリアン様の美貌を引き立ててくれるいい仕事してくれるんですよね。ほらあれですよ、すごい美人がセンスの良い服着て歩いていたら美人度が増すように、ジュリアン様が綺麗なカップを使ってお茶をたしなんでいると、背後から後光が射すみたいな……やはりイケメンは違いますね。存在が異次元です。あ、イケメンというのは、私の住んでいた国で女性に好まれやすい美形のお兄さんのことを指しましてですね──」
ガタン、と珍しく音を立てて席を立ったジュリアン王子は、早足で自室に戻って行く。顔が驚くほど真っ赤になっていたが、本当に褒められ耐性がないなあの人。まあ普段引きこもりがちだもんね。
声は聞けなかったが、大きく動揺するほどの反応が見られただけでも万々歳だ。
こうなったら私が働いている間に、何としてでも普通に会話をしたり喜怒哀楽が出せるようにさせてみせる。遠慮がちだった私とはおさらばだ。
「……何だか私、これからが楽しみだわあ~」
ほわほわと笑みを浮かべたミシェルが私の手を包み込むように握り、
「私、応援するから頑張ってね」
と言うと、鼻歌まじりでテーブルの後片付けを始めた。
「はい! 全力で取り組む予定です!」
私は元気よく返事をして片付けを手伝い始めつつ、心の中で(だけど防御力は高そうなのよねえ……さてどこら辺から崩すべきか……)と思いを巡らせていた。
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