第3話 救世主となるか
「……これ、後から来る毒とかじゃないわよね?」
私は道を歩いている途中で見つけた、味見をしたらさほど甘くはないけど普通に食べられるオレンジをもぎっては、ツルで編んだ簡易的な手提げ袋の中に放り込んでいた。
『特に舌が痺れたりはしてないだろ?』
「まあ今のところはね」
『どうせもう一度死んでるんだし気にすんな』
「そうかも知れないけど、あの世ならまだしも、もし異世界だったらこっちの暮らしを堪能せずにすぐ死ぬのなんて勿体ないじゃないの」
『そっか。しっかしイセカイかあ……でもあの世なら神様とか現れそうなもんだしなあ。もし俺らがイセカイとやらに来たんだとしたら、死んだ後のご褒美みたいな人生じゃねえか。ラッキーラッキー。楽しく行こうぜ』
「ナイトは呑気ねえ」
私はそう返したが、実際に異世界だったとしたら、本当に第二の人生だ。
友だちや家族に会えないのは悲しいけど、戻れないのならクヨクヨしてもしょうがないのだ。ナイトと二人(?)、寄り添って力強く生きて行こう。
短い人生経験とはいえ割と荒波に揉まれて育って来たので、私も気持ちの切り替えと適応力は高い方である。
「──まあラッキーっちゃラッキーよね」
『そうそう。人生短いんだからさ、楽しく生きないと……っと!』
ナイトはパッと走り出したと思うと、少し経って丸々としたネズミを捕まえて意気揚々と戻って来た。自慢げにポロっと地面に落とす。
「……ちょっ、それ、食べるの?」
『食べもしねえのに捕まえるか。俺にだって食事させろよ』
「いや、それは分かるけど、ちょっとグロいから見えないとこで食べて」
『トウコたちだって牛とか豚とか魚とか食べてるだろうが』
「そりゃそうなんだけど、既に綺麗にカットされて売られているのと、本体そのままってのは違うのよやっぱり」
『注文多いなあ、分かったよ』
可愛い見た目の猫が、いきなりホラーな感じになるのはちょっと見たくない。毛並みも艶やかな美人、いやオスだからイケメンさんか? だから尚更ね。
見えないところで食事を始めたナイトの背中を眺め、自分も大きな木の根っこに腰掛けると、改めてオレンジを取り出し皮をむいて食べ始めた。やっぱりそんなには美味しくもないな。のどの渇きと空腹はある程度満たせるけど。
『……ふう、とりあえず美味くはねえけど満腹にはなった。なあトウコ、どうするよこれから?』
「どうするって……まずは本当に異世界なのか探らないと。誰かこの国の人を見つけたいわよね。もし異世界なら、仕事とかしないと食べて行けないだろうし、ずっと森の中で暮らす訳には行かないじゃない? 私だって果物だけで生活なんて出来ないし、水だって必要じゃない?」
『そりゃそっか。まあ俺も魚とか食べたいしなあ……ん?』
ナイトは耳をピクッとさせたと思ったら、ブワッと毛を逆立てた。
少し遅れてガサガサと葉っぱがこすれる音がする。
(ケ、ケモノ?)
私は近くの枝をとっさに拾った。腕力もないし、こんなもの武器にもならないが、何もないよりはましだ。
周囲を見回して、ふとクマなど野生の生き物は人の気配に敏感だから、音を立てる方がいいといったテレビで見た知識を思い出した。
「こ、こっちは人がいるんだから、危ないからどっか行ってー」
強気な声を出そうとしたが、若干震え気味のお気持ち表明にしかならなかったのが情けない。近くの葉っぱも枝で払いながら更に音も立てる。
だが聞こえて来る物音はどんどん近づいて来る。
どう考えても複数の気配。オオカミとかクマみたいな危険な集団ならせめて身軽なナイトは逃がさねば。
「ナイト! 木の上に登って!」
そう叫ぶと、枝を持たないもう片方の手には近くに落ちていた手のひら大の石を掴み、大木の陰に潜んだ。私が弱いのは分かってるけど一撃ぐらいは食らわさないと。
近くの枝がパシッと音を立てた時に、私は恐怖で半分目をつむって勢いよく枝を振り下ろしたが、そのまま枝が動かなくなった。
「おっと! 危ないよお嬢さん」
「え……?」
目を開くと、そこには体格の良い、騎士の格好をした数名の男性が立っており、先頭の男性が私の枝を握りしめて笑みを浮かべていたのだった。
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