第2話 ぼっちじゃないのは大事

「……え? あれ、海で溺れてた猫ちゃん?」

『そう。助かったと思ったら姉さんも溺れて一緒にポックリいった猫だよ』


 私は黒猫から後ずさりしながら返す。


「ちょっと、何で会話が出来るのよ? 私そんな特殊能力ないわよ?」

『俺だってねえわ。……ただ、不思議と姉さんとは会話が出来てるな。これはもうあの世だからかねえ?』

「あの世って……もしかして私たち本当に死んでるの?」

『俺は間違いねえと思う。だって生きてた時の足の傷とか治ってるしよ』


 私は慌てて自分の右腕を見た。子供の頃、ストーブで火傷をして少々目立つ痕が残っていたのだが、それがすっかり綺麗になっている。


「冗談でしょ? やだ私まだぴちぴちで十八年しか生きてなかったのに……」

『それを言ったら俺だって三、四年ぐらいしか生きてなかったぜ?』

「……そっちの方が全然短かったね。ごめんね、助けてあげられなくて」

『別に姉さんのせいじゃないさ。つうか俺を助けようとしたせいで姉さんまで死に損だもんな。こっちこそ悪かった。……それにしてもさあ、あの世ってもっとこう、何もねえ感じのとこかと思ったけど、何だか匂いもするし、何というか……現実っぽいもんだな。ああ、死んだ奴同士だから会話が出来るのかも知れないな。死んだって感覚はないんだけどな』

「そうだね……」


 今猫と話しているファンタジー的展開も、死んだからなのだ、と考える方がはるかに説得力がある。想像していたあの世という感じではないけれど。雲の上でもないし。


「……小説とかマンガだと、異世界転生とかあるけどねえ」

『イセカイテンセイ?』

「ああ、自分が死んだりすると、暮らしていた国とは全く別の世界に飛ばされちゃうような作り話があるのよ。結構面白くて読んでたんだけど」

『……へええ。そしたらそのイセカイって奴なのかな?』

「どうだろう。でも私、どこにでもいるごく普通の子だよ? 特別な力とか何にもないし。……まあ友だちにはトラブルキャッチャーって言われてたけど」

『トラブルキャッチャー?』

「うん。目立つのとか嫌いでひっそりと大人しく生きてたんだけど、何でか町中で酔っ払いの小競り合いに巻き込まれたり、見知らぬ恋人同士の言い合いの仲裁をしないとならなくなったりする羽目になるのよ。電車で変な人に絡まれたりね」

『へええ、揉め事が向こうからやって来るのか』

「そうなのよね。まあ何度か対応しているうちに慣れて来て、解決の方向性示唆してすすすーっと逃げ出すことが出来るようにはなったけど……前世の行いが悪かったのかしらねえ?」

『あ、でも俺の仲間でもそういうのいたぜ? 誰かが険悪な状態になるとふわ~っと間に入って仲直りさせて、またふわ~っと消えて行く奴。あのーほれ、ふわふわしたクッションみたいな存在っつうのかな? だから姉さんもそういう感じなんだろ』

「そう言ってくれるのは嬉しいけど……結局あなたを助けられなかったのはトラブルキャッチャーとしては失敗だわ。──ところであなた名前は?」

『名前? ……んなもんねえよ』

「じゃあさ、まだ短い付き合いだけど、名前ないと不便だから私がつけても良い?」

『まあ、構わないけど』

「じゃあ……クロ、ちゃんじゃひねりがなくてあんまりか……夜空みたいな黒……あ、ナイトってのはどう?」

『ナイトか……何か格好いいな。よしいいぜそれで』

「私は古川ふるかわ瞳子とうこ。トウコでいいわ。これからよろしくね」

『ああ。──んじゃトウコ、早速なんだが俺は腹が減った。何か食い物探しに行こうぜ』


 ナイトの言葉で私も空腹を自覚した。あの世でも空腹ってあるのかなあ。それはちょっと不便だなあ。


「まあここがどこだかも良く分からないけど、腹が減っては何とやらよね。もしまだあの世じゃなくて異世界なら、この世界にいる人とも話をしたいし」


 私はお尻の土を払って立ち上がった。


『……トウコはあんまり動じねえんだな。人間の女ってのはこういう時にやたらと騒がしく泣いたり騒いだりするもんだと思ってたけど』

「あははっ。もちろんそういう人もいるんだろうけど、何せトラブルキャッチャーだから、もう慣れたと言うか、泣きわめいてもどうにもならないことがあると実感しているからね」

『まあ俺はメソメソされるの苦手だから、その方が助かるけどな』

「──だけど、生肉とかは流石に食べられないからね。普通に人が食べられるものを探すのも手伝ってよ?」

『おうよ、それぐらい分かってるって』


 私とナイトは軽口を叩きながら森を歩き出した。

 落ち着いているとは思われているが、私だってそりゃいきなり死んだと言われたのだ、動揺ぐらいしている。しまくっていると言ってもいい。でも相手が猫とは言え、状況を分かってくれている話し相手がいるということは、自分でも驚くほどの冷静さと安心感をもたらしていた。




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