第4話オニババ・イーツ・ラーメン

…しかしすごい勢いで食っている。


目の前の鬼っ子はラーメンを食べるのは初めてだったようだ。


割りばしの割り方が分からないくらいだったので


まさかの外国人のコスプレイヤーなのかと思ったが


ラーメンが到着した時には得体の知れない物体を見た様子だったが


俺が食べ始めるのを見るやいなや


「あぁ」


と納得したようすで麺をすすり始め止まらなくなった様子だ。


おそらく少女にとっては異様なビジュアルすぎて戸惑ってしまったらしい。


あうあう


と熱くしていた様子だったが目をランランと輝かせ


冷ましながらラーメンをすすっている。


くおんはF駅の西口と東口を結ぶ陸橋の真横に位置し


豚骨をベースにした二郎インスパイヤ系ラーメンが売りの店だ


個人的には特性油そばが一番好きなのだが


数量限定ので売り切れだったためあきらめてラーメンを食べる事にした。


鬼っ子はラーメンをいたく気に入ったらしい。


「よっぽど腹が減っていたんだなぁ」


堅物で有名な大将が鬼っ子の様子を見てこころなしかうれしそうにしている。


普段はむさくるしい男連中でひしめき合っているお店である。


ディナータイムが始まって以来初めてといっていいような


和服を着た美少女が美味しそうに食べているようすがさぞかし珍しかったのだろう。


あっという間に鬼っ子がラーメンを食い切りそうだったので


大将にライスを2つ追加注文し


味濃いめで頼んだしょっぱめのラーメンのスープをレンゲですすった。


__________



まさかこの世にこんなに美味い食い物が存在するなんて思いもしなかった。


小麦で打った麺なのであろうか?


京の都で食したことのある蕎麦やうどんと似てはいるが


味わいも香りも全く違う物だろう。


麺を口に運ぶたび頭蓋の中で光が飛び散るようだった。


麺に絡む汁も醬油の香りを感じるがそんな贅沢品のほかにも沢山の香辛料や


刻みニンニクがたっぷりと鼻孔をくすぐる。


香ばしい香りのスープが空っぽの胃から五臓六腑にしみわたっていくのを感じた。


ワシが余りの勢いでラーメンを啜っているのを見たSが


店主に何かを追加で注文すると


米が出てきた。


Sはライスと言っていたが


どこをどう見ても炊き立てでまっしろな白米である。


こんな高級品がポンと出てくるなど


この店はどれほどの高級店なのだろうか?


ワシのかつて過ごした京の都ですら幾度とない飢饉や疫病にくるしみ、


子共は干からびて死に、年寄りを山に捨てたというのに


ワシが奉公していた屋敷の主もお金持ちではあったが


粟などの雑穀を主食にしていたくらいだ。


ワシとSの廻りの席に座る家族連れも多すぎて残す様子すらあるほどだった。


Sはその茶碗を店主から受け取ると


麺のなくなったラーメンの汁に白米を投入して匙で食べ始めた。


そんなの美味いに決まっている。


ワシからすれば白米とそれについてきた漬物だけで立派なご馳走なのである。


Sを見習い、汁に白米を入れて食べてみた。


白米だけで垂涎のご馳走である。


その白米をこの目を見張るうまさのらーめんとかいう絶品料理の汁に入れて食べるなど


想像もつかなかった。


口に運んだ白米がワシの口の中でほどける。


突如として鉄の牛車が走り回る奇怪な町にやってきたが


この町はもしかしたら極楽浄土なのかも知れない。


幾度となく世を呪い、恨み、人を食い殺したワシが


神や仏に感謝しそうになった。


ワシが神や仏に感謝しようと思うなどきっと世も末だ…。


…ふと考えてしまった。


これは仮の話。ワシの空想に過ぎない話だが…。


目にしただけで分かる。


このラーメンという食べ物は


滋養強壮にとてつもなく効果が高い


呪い師の言葉に踊らされ


妊婦の腹を引き裂き、赤子の生き胆などを奪わなくても


あの愛らしい姫に、このラーメンを食べさせることができたなら


きっと病弱の姫も健康になることが容易だったろうに


そして身ごもった姫を、わが手で殺める事など無かったろうに...。


不意にワシの頬を涙がつたう。


何百年ぶりの涙だろう


姫を食い殺してしまって以来の涙だった。


どこにぶつけていいかもわからない怒りも湧き出し頭がごちゃごちゃだ。


となりの阿呆も匙を持ったままアワアワと戸惑っているし


奥でほかの客に飯を作り続けている店主もこちらを心配しているようすだった。


もはやどうしようもない自分に対する怒りで自制がますます聞かなくなり


阿呆に渡された柔らかいティッシュとかいう紙で涙と鼻を拭う羽目になった。


口に入った数百年ぶりの涙は


ラーメン以上にしょっぱく思えた。


まさか鬼っ子にラーメンを食わせたら大泣きするとは思っていなかった。


和服のコスプレ姿の少女がカウンターでラーメンどんぶりを前に大泣きしているのである。


大将も驚いたのかラーメンを作りながら驚いてこちらを見ていた。


少女もラーメンを食い終わったようなので少女の手をとり


お店の外に連れ出した。


「ごちそうさまでした」


「ありぁーす。お嬢ちゃんもまた来てね」


「ぐすん」


と店主にお辞儀をする鬼っ子


鼻をすすって返事をするな鼻を


俺も大将に挨拶をし、店をでる。


ちなみに会計は店に入店する際に券売機で事前に済ませるタイプなので食い逃げではないので安心してほしい。


ラーメン屋を出ると店先の歩道に出ると外はすっかり夜になっていた。


店前にある陸橋を数台の車が往来している音が周囲に響いている。


付近の高校から部活帰りの生徒たちが駅を目指して歩いていく。


すると視界先の信号機に当たり。


仕事帰りのサラリーマンが2名で連れ立って駅に歩いているシルエットの奥に


異質な物を見つけた


シャキンという金属をすり合わせたような音があたりに響くと


周囲から音が消え去り言いようのない不安を感じる。


廻りの人々の声も聞こえない。


まるで映画のスローモーション演出のようだった。


今の季節は夏である。


俺の目の前にいるソレは


腰まで延び、手入れもろくにされていないぼさぼさの黒髪を垂らし


真冬用の真っ赤なロングコートに身を包んでいる。


目の前にいるサラリーマンよりも頭二つほど大きい身長を


真っ赤なヒールでさらに高くしていた。


身の丈は軽く2mを越えているだろう。


ショキン


さらに音が響くと視界にノイズが入った


周囲から人や車が消え去り周辺が夜から一瞬で


橙色の塗料を空にこぼしたかのような夕暮れに変貌する。


太陽の光らしきものは見えず


まるで演劇の背景かのような景色に世界が塗りつぶされた。


この町に住んで数年となるがこのような怪異は初めてだった。


偽物のような町に俺とコスプレ少女とノッポ女の3人だけになる。


明らかな異常事態だった。


コツン コツン


と女がこちらに近づいてくると


大きなガーゼ式のマスクで口元を覆っていて


表情までは読み取れないが


俺はきっとこの女の事をよく知っている。


マスク越しのその顔は綺麗な顔立ちに思えたがどこか冷徹な蛇のような印象を受けた。


ガシリと見えない何かに足首を掴まれ身動きが取れない。


コツン コツン


あっと言う間にノッポ女に距離を詰められてしまった。


ガシリとノッポ女に顔を右手でわしづかみにされる。


これでもかというほど大きい手だ。


顔をそらそうと抵抗する俺だったが


ノッポ女の異様に冷たいてにあらがう事が出来なかった。


俺の正面に女の顔が近づきこう「質問」される。


「わァたぁしヰ、綺麗ィ?」

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