Episode2 私のお店は……(6)

 そして数十分後、私が食堂からお持ち帰り用ランチを手に戻ってくると、ロレアさんはりちげんかんさきに座って待っていた。

「あー、ごめんね。入ってもらえば良かったね」

「あ、いえ、大丈夫ですよ。今日は良い天気ですし」

「そう? ま、少し早いけど、お昼にしようか。天気も良いし、ここでいい?」

 そう言って、私がランチを軽く持ち上げると、ロレアさんは笑って頷いてくれた。

 私は部屋からしきものを持ってくると、玄関前にき、昨日買ったばかりのカップにからんできた水を注いで置く。

 カップが必要な来客なんてないかも? と思いつつも、食器を二人分買っておいた私、グッジョブ。お茶もヤカンもないから、本当にただの水でしかないけど。

「ごめんね、単なるお水で。まだなべすら無くて……」

「あ、いえいえ、私の所も普通はお水ですし。この辺りのお水は美味おいしいですから。この家、井戸があるんですよね? ウチは共同井戸だから、水汲みがめんどうで」

「錬金術には水が必要だからね。この辺りはやっぱり共同井戸なんだ?」

「はい、なんげんかで共有です。この村で井戸を持っているのは、宿屋さんやさんの所、ほか数軒ほどですね」

 すぐそばに大樹海があるため水自体は豊富みたいだが、コストの関係で各家が井戸をれるほどのゆうは無いらしい。

 井戸がれる事も無いから、無理に増やす必要性も無いのだろう。

「この辺じゃ、あまりお茶は飲まないの?」

「いえ、そのあたりは好みとお金だいですね。ここだと、森で採れるスヤという木の葉っぱを使った茶がよく飲まれていますけど、それを好まない人は買う事になるので」

「エルズさんとこで出してくれたのがそれかな? ロレアさんはあんまり好きじゃない?」

「いえ、私はどちらでも。ただ、母があまり好きじゃないみたいで」

「なるほどね」

 しよくたくに上る物は、どうしても食事を作る人の意向が反映されるよね。

 ちなみに、私はが基本である。

 王都でお茶は買う物だったし、お値段の方もこう品だけあって安くはなかった。

 ただ、しようのお店では出してくれたので、良いお茶が美味しいのは知っている。

 なので、安物のお茶はあまり飲む気がしない。

 どうしても美味しいお茶とかくしてしまうから。

 でも、全く別のお茶なら飲んでみるのも良いかな?

 それはそれで楽しめそうだし、何よりタダというのが良い。

「それにしても、この布、綺麗ですね~。この辺りではこんなにあざやかな色の布はめつに見かけませんよ。ウチでも高いから仕入れないし」

「そうだね、つうの染色だと、鮮やかな色に染めるのは難しいからねぇ。……そうだ! この後、私はお布団を作るんだけど、手伝ってくれない? そうすればロレアさんにもこの布、分けてあげるよ? 結構たくさん染めちゃったし」

「良いんですか!? あ、でも、私、布をうくらいしかできませんけど」

 私の言葉に喜色をかべたロレアさんだったけど、すぐに困ったような表情になる。

 でも問題は無い。布団作りの大半は真っぐ縫うだけだからね。

「大丈夫、大丈夫。布を真っ直ぐ縫えればオッケーだよ!」

 私はこの村の流儀にならい、ロレアさんの背中をポンポンとたたいた。


 お布団作りを簡単に言えば、布でふくろを作って綿をめる。それだけ。

 でも、この〝綿を詰める〟作業が、結構難しいのだ。

 綿を綺麗にお布団の形に整え、それを袋の中にぎゅぎゅっと押し込んで、ズレないように縫い止めていく。これにコツがいる。

「へぇ、お布団ってこうやって作るんですね……」

「ロレアさん、見るのは初めて?」

「はい。恥ずかしながら、ウチはこんなに綿の入ったお布団、使ってませんし……」

「あー、そっか」

 綿って案外高いから、余裕がないと綿がたっぷり入ったおとんって作れないんだった。

 私もいんではペラッペラなお布団に毛布で、身を寄せ合って寝ていたし。

 りように入るときにお布団を作ったのも、しようがく金をもらえた事と、孤児院の先生に『い学校に入るんだから、恥ずかしくない物をそろえないと!』と言われたからだし。

 まぁ、『恥ずかしい』とか『恥ずかしくない』とか以前に、学校生活の五年間、私の部屋をおとずれる人なんていなかったんだけどね。ふふっ……。

 敷き布団とけ布団を作ったあとは、シーツとカバー。

 こちらは縫うだけなので、二人でおしゃべりしながらひたすら縫う。

『布を縫うくらいしかできない』と言っていたロレアさんのぎわは非常に良く、はっきり言って私以上。得意だと思っていた私のおさいほうスキルも、しよせん人並みだったのか……。

 でも、そのおかげもあって、夕方にはれいなお布団セットが一組、完成したのだった。

「ありがとーー! これで今日は気持ちよく寝られるよ!」

 私はバンザイして、ロレアさんにきつく。

 正直、一日で終わるとは思ってなかったから、今日も毛布にくるまって寝るのをかくしていたんだけど、予想外。

 本当、ロレアさん、様々。

「いいえ、お手伝いに来たんですからこのくらい当然です」

 私に抱きつかれて少しずかしそうにしながら、そうは言ってくれるロレアさんだけど、私も手が痛くなったんだから、彼女だってきっとそう。

「よし、これはお礼ね!」

 残っていた布から、一組の布団が作れるぐらいの長さに切り取り、ロレアさんにわたす。

 わざわざ布団にしなくても、シーツやカバーとして使うだけで、かんきよう調ちようせつぬのの効果は十分にあるし、きっと役に立つと思う。

「本当に良いんですか? こんなに綺麗な布、かなり高いと思うんですけど」

「気にしないで。ウチの店で売っている物ならタダではあげられないけど、まだ売ってないしね。あ、その布、環境調節布だから、私みたいにしんを作るのがオススメだよ」

「ええっ!? それって、さらに高いですよね……」

「大丈夫、大丈夫。自分が使いたくて作っただけだし。お友達になった記念だよ」

 良いのかな? という表情を浮かべるロレアさんに、私はパタパタと手をり、さらっとお友達あつかいしてみる。いいよね?

「そう、ですか? ありがとうございます」

 うれしそうにお礼を言うロレアさん。

 よし、きよされなかった。

 嬉しそうなのは、布のおかげだと思うけど。

「あ、でも、それなら服を作っても快適なんじゃ?」

「んー、そこまで強い効果はないから、服に使うにはみようかな? 無意味ではないけど」

 環境りよくている人の身体からだかられるわずかな魔力を元に機能する布なので、そんな劇的な効果があるわけじゃないのだ。

 でなければ、わざわざ綿を詰めた掛け布団を作ったりはしない。

 もっと効果を高めた環境調節布も作れるけど、必要なコストは増えるし、魔力も多く消費するので、少なくともお布団として使うのはとてもおすすめできないんだよね。

 寝ているのに魔力を消費してつかれるとか、ほんまつてんとうだし。

「なるほど、そうなんですね。わかりました」

「しかし、結構綿を使っちゃったね。ロレアさん、まだ在庫ある?」

「はい、昨日買われたのと同じぐらいなら大丈夫ですよ」

「なら、近いうちにまた買いに行くね。クッションや座布団も作りたいし」

「は~~、さすがですね。私のおづかいじゃ、とても綿なんて買えないのに……」

 なんて感心したようにロレアさんが言うけど……いやいや、ちょっと待って?

「ロレアさん、私、成人してるからね? 働いてるからね?」

 いや、正確にはまだお店はオープンしてないけど、お手伝いレベルのロレアさんのお小遣いよりは、経済力あると思うよ?

「あ、そ、そうでした。なんか、同い年くらいに感じてしまって」

「えっと、ロレアさんは今何歳?」

「今一三、もうすぐ一四になります!」

 うぐっ。二つ下、だと……?

「そ、そうなんだ? へぇ~、発育、良いんだね?」

「そうですか? 友達の中では少しおそいかな、と思ってるんですけど」

 じやに、悪気無くそんなことを言うロレアさん。

 うん、そうだよね。わかってた。

 この村とちがって、同い年がたくさんいる王都で暮らしてたんだから。

 私が他の人より、成長が遅いこと。

 だいじよう、まだ成長期だから──一年前とほとんど変化無いのは、きっと気のせい。

「サラサさんは?」

「私? 私は一五だね」

「へー、そうなんですか」

 おや? 今チラリと視線がどこかに向かなかったかな? ロレアさん。

 もう少しこつだったら、敵にんてい待ったなし──いやいや、この程度のことでお友達を失うわけにはいかない。

 チラリと浮かんだ黒い感情をがおで押し流し、私たちは日がしずむまで、年相応のやくたいもない話で盛り上がったのだった。

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