Episode2 私のお店は……(5)

    ◇ ◇ ◇


「う~~ん、久しぶりによく寝た!」

 翌朝、目を覚ました私は思いっきりびをして、ふっと力を抜いた。

 久しぶりに安全な場所でぐっすり寝たから、どこゆかでも、気分的にはすっきり。

 二ヶ所ある窓から差し込む日差しも、明るくて気持ち良いし……。

「ただ、改めて見ると……この部屋、殺風景だよね」

 これまで暮らしていた寮の部屋に比べて二倍以上広い部屋。

 そこに家具の一つも無いのだから、その面積以上に広く感じる。

 そんな部屋のかたすみで毛布にくるまって寝ている私。なんともみようづらである。

 正直、すごく殺風景──いやいや、これは殺風景じゃない。

 アレンジする余地があるのだ。うん、そう。せっかく買った家なのだから!

 孤児院の部屋は共同部屋だったし、寮の部屋ではそんなゆうも無かった。

 でも、ここなら自分の好きなようにコーディネートができるのだ、お金の許す限り。

 そう考えれば、何も無いのも悪くないよね?

「さて、それはそれとして。今日はいよいよこうぼうだよ! むふふふ……」

 昨日は入るのをまんした、自分だけの工房!

 このてきひびき、錬金術師ならきっと共感してくれるよね?

 ついつい、口から笑い声がこぼれてしまう。

 はやる心をおさえ、朝食代わりに昨日の夕食の残りをめ込むと、工房のとびらの前に立つ。

「いざっ!」

 扉を開けて中にみ込み、明かりをともす。

「──おぉぉぉ~~~、くふっ、くふふふっ」

 おっと。人に聞かれるとまずい感じの声が出てしまった。

 でも、仕方ないよ!

 スゴいんだもの、この工房!!

 まずはれんきんがま

 これが無いと大半の錬金術は行えないぐらいに重要な道具。

 もしかしたら付属していない可能性も考えていたのだが、きちんとある上に、そのサイズは私が中に入れそうなほどに大きい。

 私が師匠からおくられた錬金術セット(しよみんには買えない高級品)にふくまれる錬金釜が片手なべサイズと言えば、どのくらいすごいかわかってもらえるかな?

 次にガラス

 メインのよう錬成薬ポーシヨン用のくすりびんを作るために使うものだが、これの有無は結構重要。

 錬成薬ポーシヨンの種類によって瓶に使うガラスにも調整が必要だったりするので、他所よそから瓶を仕入れるとなると、結構面倒なのだ。

 他にも細々とした道具に加え、各種素材も置かれていて、他の部屋がスッカラカンだった事に比べてあまりにもじゆうじつしているのが不思議なほど──というか、ちやちや不思議。

 さすがに師匠の工房ほどじゃないけど、学校出たての錬金術師が使うにはかなりぜいたくな工房で、これを揃えるために必要な額を考えるとまいがしそう。

「この家、一万レアだったんだけど……」

 当たり前だが、錬金釜一つとってもとうてい一万レアで買えるような物ではない。

 それどころか、残っている素材の一部を売るだけで軽く一万レアをえるだろう。

「実は、すっごいお得だったのかも? ……いや、ちがいなくお得だよね」

 家の外観にはガックリきたけど、前に使っていたのは、かなり高位の錬金術師だったんじゃないかな? おじいさんらしいけど、どんな人だったんだろう?

 錬金術師だからこの部屋の価値が解ってないとは思えない。

 ……まさか、すっごい物件ということはないよね?

 王都でも、せいさんな事件の現場となっておんりようが取りいたりすると、めちゃくちゃ安くなったりするんだけど……それならエルズさんのあの態度はないか。

 気にはなるけど、学校がちゆうかいするんだから、そう変な物件じゃないはず。

 うん、そう思おう。じゃないと、気になって生活できないし。

「ここの掃除は……そんなに必要なさそうだね」

 工房だけに、『せいそう』の効果を強くしてあるのか、他の部屋に比べてもよごれが少ない。

「あ、そうだ! 錬金術大全を並べないと!」

 工房の片隅には、まさに並べてくださいと言わんばかりに本棚が置いてある。というか、たぶん並べてたんだろうね、錬金術師だもの!

 私はさつそく、リュックを取ってきて、そこに一冊ずつ錬金術大全を収めていく。

 さらしようからもらった新品の道具も綺麗に並べれば、それだけでも美しい。

「ふふふふ……これこそ、まさに錬金術師の工房! 最・高!」

 変人と言うなかれ!

 やや変則的だったけど、自分のお店と工房を持つのは錬金術師にとって一つのとうたつ点。

 うれしいのはしょうがないのだ!

 含み笑いどころか、高笑いしたいぐらい、私は今、ハイになっている!

「うふふふ、最初は何を作ろうかな~~♪」

 足取りも軽く工房の中を歩き回り、道具を一つ一つ手に取ってながめる。

 こういうじようきようだと、すぐに使ってみたくなる。

 当然だよね?

 かといって、簡単な錬成薬ポーシヨンを作るのはちょっと……。

「う~ん……、あ! あれなら今の状況にちょうど良いね!」

 私は自室にもどり、昨日買った布を持ってくると、それを錬金釜にまとめてっ込む。

 かなり余裕を持って買った大量の布も、ここの錬金釜なら一度に入る。

 さすがに師匠から貰った錬金釜片手鍋だと、この作業には無理があるので、この工房で最初に作るには、きっとふさわしい。

「あとは……」

 以前作った時のことを思い出し、錬金釜の中に水といくつかの素材を入れて薬液を作り、りよくに火を入れてかき混ぜながら熱していく。

〝火〟と言っても実際にまきに火を付けて錬金釜を熱するわけではなく、魔力を注ぐだけなのだが、錬金釜のサイズに比例して、魔力炉の消費する魔力もまた大きい。

「これは……大きい錬金釜がいつぱん的でない理由が分かるね」

 魔力が多い私でも結構つかれるのだから、半数ぐらいの錬金術師からすれば、このサイズの錬金釜を使うのは、厳しいんじゃないかなぁ?

 ゴリゴリと魔力を消費しつつ、そのまま三〇分ほどめたら、魔力炉の火を落とし、その上から錬金釜を下ろし……下ろし……下、ろ、しっ!

「しまった、重すぎて下ろせない……」

 水をなみなみとたたえた錬金釜の重さは想像以上だった。

 ──いや、想像不足だった、だね。

 私がすっぽりと入るような金属製の釜、それに水をたっぷり入れれば、その重量が百キロを優にえるのは当然の事。つうに持てるはずが無い。

「仕方ない。少し苦手なんだけど……」

 私はゆっくりと呼吸を整え、魔力を体中にめぐらせていく。

 その状態で気合いを入れ、釜を持ち上げる!

「ふんっぬ!!!」

 おっと、はしたない。

 女の子としてダメな感じの声が出てしまった。

 そのまま、よたよたと流しまで運ぶと一気にひっくり返して釜を空にする。

「ふぅぅぅ~~」

 大きく息をいて、身体強化を解除する。

 わずかな時間でも、結構疲れる。身体強化は、あんまり得意じゃないから。

 ──いやいや、仕方ないんだよ。私、貧弱だからね。

 少し力を強くするだけなら、そこまで疲れなくても、私の筋力で数百キロを持ち上げるとなれば、その強化はばぼうだい。かなり高度な魔力操作が必要となる。

 師匠なんかは『護身にも便利だぞ。がんって身につけろ』と言いながら、息をするように使ってたけど、普通は無理。

 体格的にも慣れておかないと、色々マズいとは思っているんだけどね。

 錬金素材の下処理をするにも筋力は必要だったりするし……。

「ま、おいおいだね! とりあえずはこちらの処理をしないと」

 流しに残った布に水をけながられいに洗っていくと、最初は茶色っぽかった布が、だんだんと綺麗な空色に変わっていく。

「うん! い色! 思った通り!」

 私がやったのは単純なせんしよく、ではもちろん無い。

 私は染め物屋ではなく、錬金術師なんだから。

 これは一般的に〝かんきよう調ちようせつぬの〟と呼ばれる、温度・湿しつ調節の付加を行った布。

 人にとって快適になるように調整してあるので、これでしんを作ればここよいねむりが約束されるのだ!

 ちなみに、色は私のしゆ。コストは掛かるけど、何の手も加えない環境調節布って、ちょっとうすよごれたような茶色で、みようなんだよね。

 せっかくの自分の部屋、そんなおとんは使いたくない。

 ごしごしと薬液を流し終わったら、次は天日干し。

 見た目も綺麗な布なので、これはお店の前に干してしまおう。

 立木の間に張り巡らせたひもに布を掛けていけば、すずやかな空色が風にはためき、とっても良い。今日も良い天気なので、数時間もすればかわくだろう。

 思った以上に好みの色に染めることができたよろこびに、私がウンウンとうなずいていると、道の方からガラガラという荷車の音が聞こえてきた。

「なんじゃ、ずいぶん綺麗な布じゃの」

「あ、ゲベルクさん」

 り返ると、荷車を引いたゲベルクさんが立っていた。

 その荷車にはベッドらしき物があるんだけど、なんかバラバラなような……?

「それ、ベッド、ですか?」

「ああ。ベッドができたから持ってきたぞ」

「そうなんですか? でも、なんか形が……」

「まだ組み立ててないからな。はんにゆうしにくいだろう? どこに置けばいい?」

「あ、そうですよね! 二階にお願いします」

 でっかい部品──たぶんる部分の板をかついだゲベルクさんを案内して中に入る。

 そのまま二階の部屋に移動して、ベッドを置いて欲しい場所を示すと、ゲベルクさんは私が手伝う間もなく部品を運んでしまい、数分ほどでベッドを組み上げてしまった。

 ためしにこしを下ろしてみると、しっかり作られていてガタつきもまったくない。

「ごく普通のベッドだから問題ないとは思うが、不備があったられんらくしてくれ」

「いえいえ! 急いで作ってもらったのに、王都でも十分に通用する出来ですよ! ありがとうございます」

「ふん、急ぎでも手はかねぇよ。ついでにコイツはおまけだ。も無しに店番もできねぇだろう?」

 そう言いながら、てんスペースにポンポンと置いてくれたのは、二きやくの椅子。背もたれも無いシンプルな物だけど、有ると無しでは大違い。

 大変ありがたいけど……。

「よろしいのですか?」

「かまいやしないわい。簡単な物だ。子供がえんりよすんな」

 さすがにこれ以上タダで貰うのは、と遠慮しようとした私に、ゲベルクさんはそう言うと、軽く手を振ってさっさと帰ってしまった。

 見てみれば、簡単な物と言いつつも、ベッド共々、ていねいな面取りとヤスリ掛けがされている。素材もやさしいざわりのの木で、明るいはだにオイルがり込まれたしろもの

 間違っても適当に作った物ではなく、ぼくながらも温かみがある。

「う~ん、正にプロ。年季の入った職人の手仕事。私も見習わないと!」

 と、その時、私のおなかが「きゅるるる~」とこうの音を鳴らした。

「あー、もうお昼か。朝から熱中してたから……」

 自分のこうぼうが嬉しくて、ちょっと時間を忘れていた。

「ご飯食べに行きたいけど……環境調節布は、だいじようかなぁ?」

 見た目、ただの水色の布でも、その実、環境調節布はかなり高い代物だけに、放置するのはちょっと心配。

「うう~ん、どうしよう? 取り込んで行くべき? でも、まだ乾いてないし……」

「サラサさ~ん、こんにちは~~」

 私がなやんでいると聞こえてきた声、それは雑貨屋のロレアさんだった。

「あれ? どうしたの、ロレアさん」

「えっと、引っ越して来られたばっかりだから、何かお手伝いできないかと思って」

「わ、それは助かります!」

 ちょうど良い見張り要員、来た!

 いやー、人情が身にしみるね!

 昨日初めて会ったのに手伝いに来てくれるとか、ロレアさん、いい人!

「そうだ! ロレアさんはお昼、済ませました?」

「あ、いえ、まだです。お母さんたちが帰ってきて、すぐ飛び出して来ちゃったので……」

 そう言ってちょっとずかしそうにするロレアさんだけど、私にとっては好都合。

「お昼、ごちそうするから、ちょっとこれを見ててくれません?」

 そう言って干したままの布を指さすと、ロレアさんは頷いた後、ちょっと首をかしげた。

「それは構わないんですけど、これって昨日買われた布、ですか?」

「うん、そう。ちょっと染めてみたんだ。結構良い色でしょ?」

「はい! すっごく! サラサさんは染色もできるんですか?」

 まぶしいくらいのがおで言われ、私はちょっとしようしてこたえる。

「これも一応れんきんじゆつなんだけどね。お昼を買ってくるから、ちょっと待ってて!」

 私はロレアさんにその場を任せ、ディラルさんの食堂へと駆けだす。

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