Episode1 卒業できた!(6)

    ◇ ◇ ◇


 師匠のお店に戻った後、師匠は私のために卒業パーティーを開いてくれた。

 決して私がボッチなのをあわれんだのでは無く、じゆんすいこう……なんだと思いたい。

 参加者はお店で働いている人たち。

 ほかの人たちは来ていない。

 急なことで予定が合わないだろうしね。ね!

 私にだって、呼んだら来てくれるかもしれない人ぐらい、少しはいるんだよ!

 他のバイト先の人とか!

 さそっては無いけど。

 決してみような表情で断られるのが、こわいわけじゃない。

「しかし、師匠。とつぜんパーティーなんて、準備が大変だったんじゃないですか?」

 会場のテーブルには、私が食べた事の無いごうな料理とお酒類が並んでいる。

 すでに結構な量を頂いたけど、どれもとっても美味おいしく、いくらでも食べられるような気がしてくる。

 もちろんそんなことは無理なので、ちょっとずつ、いろんな料理をつまんでいるのだが。

 ──高そうなのから食べるのは基本だよね!

「このくらいなら大したことない。作ったのはあいつだしな」

 そう言って師匠が指さしたのは、いつもカウンターで接客を担当しているお姉さんのマリアさん。

 そちらに目をやると、マリアさんがニッコリと笑って手をる。

 え? この豪華料理を?

 プロの料理人が作ったみたいなんですけど。

「で、でも、高価そうな食材とか、お酒とか……」

「ん? これくらいは普段から使っているぞ? 多少は買い出しに行ったようだが」

 おお、師匠くらいになると、このくらいの食事が普通なのか!

 普段はりようでしか食べない、私の食事とは比べるべくもないけど、たぶん、高級料理だよね!?

「お前、節約しすぎじゃないか? 私も学生時代、そんなに金は無かったが、試験が終わったときなんかには、このくらいの料理を出す店には行っていたぞ?」

 あれ? そんなに高級料理じゃない?

「──というか、師匠がお金を貯めろって言ったんじゃないですか!」

「そうだったか? 貯まったら錬金術大全を安く買わせてやるとは言った気がするが」

「同じ事ですよ! 買うべきだと言われたら、貯めるに決まってるじゃないですか!」

 何を言っているんでしょう、この師匠は!

 あんなこと言われたら必死で貯めますよ!

 二五〇万レアもお得なんだから!

「いや、別に一〇巻まとめて買わなくても良かっただろう? 例えば五巻までとかでも私が行けば安くなるんだから」

「そっ……、そう、なん、ですか?」

「保証金分はな。五巻までだとそんなに高くはないが」

 聞いてない。聞いてないよーー!

「それならそうと教えてくださいよ! あんなに頑張って節約したのに!」

「いや、どれぐらいまっているかなんて知らなかったしな。それに一〇巻まとめての方が割安なのは確かだぞ? 一〇巻だけを買う場合も上級錬金術師が必要だから、保証費用は高額になるしな」

 たしかに、同じように来てもらうのだから、一冊だけの保証でも、一〇冊まとめてでもそんなに変わらないのかもしれない。

 それなら結果的には良かったのかな……?

「そういえば、話は変わるんですけど、九巻までこなせば上級錬金術師なんですよね? じゃあ、一〇巻をすべて熟した場合はどうなんですか?」

「あぁ、そいつはバカだな」

「……はい?」

 あれ、聞きちがい?

「バカだ。一〇巻の中身……は読めないだろうが、厚みを覚えているか? 特にぶ厚かっただろう?」

「そういえば、そうだった気がします」

 大全をリュックに入れる時、一〇巻だけは片手で持ちにくいほどにぶ厚かったのを思い出す。

 人一人ぐらい、簡単にぼくさつできそうなレベルで。

「一〇巻には、それにふさわしい高度な錬成具アーテイフアクトっているが、大半はどうでもいような、九巻以下に載せるのもしろものなんだよ。だからまぁ、作ることは難しくなくても、作るための時間と素材が無駄というわけさ。それをわざわざやるのはバカぐらいだろう?」

「それは、確かに……あ、でも師匠は上級以上のマスタークラスなんですよね? それは?」

 一〇巻を全部マスターすれば、マスタークラスなのかと思っていたんだけど。

「そうだな……一〇巻の中でも重要な錬成具アーテイフアクトを作れることがマスタークラスの条件の一つではある。それ以外は……」

「それ以外は?」

 もったいぶったように私を見つめて、しようが言った言葉は……。

「──秘密だ」

「えぇ~~~。なんでですか~? 教えてくださいよ~」

「マスタークラスは上級とはまた違った、それなりに大事な役割があるんだよ。もしお前が上級になって見込みがありそうなら教えてやるから、まんしろ」

「う~、絶対ですよ?」

「まず上級になれるかどうかを心配しろ。そこまで到達できるのは、一握りだけだぞ?」

「それはそうですけど……」

 不満そうに見上げる私に、そう言って師匠は笑うと、持っていたワインを飲み干した。

「ほら、サラサも話してないで飲め。成人したんだろ? 酒も楽しめないとな」

「そ、そうですね。初ちようせんです!」

 厳密にでは無いけど、酒類を飲めるようになるのは一五歳の成人から。

 私も少し前に一五歳の誕生日をむかえていたが、節約をむねとしていた私に贅沢品のお酒とのえんなんて全くなかった。

 でも今日はタダ酒。飲まないのはもつたいないよね?

 しかも多分、高級酒。

 私はちょうど目の前にあったお酒をコップに注ぐと、そのまま師匠のをしてあおった。

 そのしゆんかんのどの奥がカッと熱くなり、師匠のあわてたような顔が見え…………。


    ◇ ◇ ◇


 翌日、私が目を覚ましたのは知らないベッドの上でだった。

 確か昨日は……師匠がお祝いのパーティーを開いてくれたんだよね?

 ちゆうからおくが無いけど、つまりここは師匠のお店かな?

 ベッドから起き出し、部屋から出るとそこは見覚えのあるろう

 うん、やっぱりそうだね。

 入ったのは初めてだけど、ここはお店の二階にある客間だったみたい。

 そのまま階段を下り、人の気配のするお店の居住スペースに向かうと、そこにはテーブルでのんびりとお茶を飲んでいる師匠がいた。

「師匠、おはようございます」

「おう。目が覚めたか。昨日はなかなか笑わせてもらったぞ? 酒を一口飲んだたん、テーブルにして──くっ、ふふふふ……あーはっはっは!」

 その時の様子を思い出したのか、途中でこらえきれなくなったようにき出すと、大声で笑う師匠。

 そういえば、昨日は初めてお酒を飲んで……師匠の言うとおりなら、そのまま意識を失った、ってこと?

 ──いや、ひどくない?

 確かに一口でたおれるとか、ちょっと情けないけど、そこまで笑うこと無いよね?

 私がぜんとした表情をかべると、一度師匠は笑いを収めたのち、再びニヤリと笑う。

「しかも、『ケジメだから』とか言っておきながら、結局ウチにまることになったな?」

「ぐっ……それは……」

 そうだった。

 半ばこうりよくとはいえ、自立すると決めた初日から、いきなり師匠の世話になってしまったのだ。

 お酒に慣れていないからと言い訳したところで、もし酒場で前後不覚になってしまったらだれも助けてくれない。

 成人した以上、そのあたりも自己責任なのだから。

「あのお酒が強すぎるんですよ……」

「確かに多少酒精の強い酒だな。ちなみに、値段の方もかなりの物だぞ? 確か──」

「ストップ! 言わないでください! さらに立ち直れなくなる……」

 師匠の言う〝かなりの物〟なんて聞きたくない!

 絶対、つうなら私の口に入るような値段じゃないよね!?

 そのお酒の味はおろか、飲んだことすら記憶にないんだけど、無駄になったお金を思うと心だけは痛い。

「……もう、当分お酒は飲みません」

「それが良い。飲む時にはまた私に笑いを提供してくれ!」

 そう言ってまた「くふふっ」と笑う師匠。

 つまりまたお酒を飲んでぶっ倒れろ、ということですね? わかります。

 ──少なくとも、人前でお酒を飲むのはひかえよう。

 私も一応女だから、笑い話では済まないかもしれないし。

「とか言ってますけど、昨日、サラサさんが倒れた後、店長はかなりあせっていたんですよ? 部屋に運んだのも店長ですし、落ち着くまでそばに付いていたんですから」

「あ、マリアさん」

 私が落ち込んでいると、台所スペースからコップを持ったマリアさんがやって来て、そんな話をばくした。

「マリア! 余計なことを言うな!」

「あら、本当のことじゃないですか。慌てて錬成薬ポーシヨンまで探しに行ってましたよね?」

 マリアさんは笑いながら、私に水の入ったコップを、「どうぞ」とわたしてくれた。

 喉がかわいていた私はありがたく受け取り、コップをかたむけながらそっと師匠の様子をうかがうと、さっきまで笑っていた師匠がなんだか憮然とした表情で口をへの字に曲げている。

「ま、まぁ、さすがにウチの店で人を死なすわけにはいかないからな!」

 私が見ているのに気付き、師匠はコホンとせきばらいしてしかめっつらでそんなことを言うが、マリアさんは気にした様子もなくしようしている。

「本当になおじゃないですねぇ。まあ、いいですけど。さて、朝食できましたよ。サラサさんも食べられますよね?」

「えっと……」

「食べていけ。朝食ぐらい、気にするほどの物じゃないだろう?」

 これ以上世話になるのは、とちょっとちゆうちよした私に師匠はそう言うと、マリアさんに言って三人分の食事を並べさせる。

「ありがとうございます」

 正直な話、今日中に出立することを考えると、時間的にもかなり助かるのは事実。

 私はお礼を言って、やや急いで朝食を頂き、すぐに出立の準備を始めた。

 準備とは言っても、私物はすべて師匠のくれたリュックに入っているし、用意する物と言えば食料くらいのもの。

 それらにしても途中のお店で買えば済むだけだから、身だしなみを整えて、リュックを背負えばそれでかんりよう

 そのまま師匠にあいさつしてお店を出ようとしたところで、『これも持って行け、せんべつだ』と言って渡されたのは、錬金術関連の道具一式と各種素材、それに経営におけるアドバイスが書かれているらしい冊子。

 冊子はともかく、錬金術の道具は決して安くない。

 少なくとも、いつぱんしよみんではそうそう手が出ないような金額なのは知っている。

 高価なリュックをもらい、てんの代金も払ってもらい、その上餞別までもらうのは……と私が受け取りを少ししぶっていると、師匠はひようひようと『これでも私はマスタークラスの錬金術師だぞ? 大した額でもないから気にするな。やや変則的とはいえ、お前はウチから独立して自分の店を持つなんだ。この程度の餞別、安いくらいだな』などとのたまった。

 庶民がとてもかせげないような額を〝この程度〟とか、さすが錬金術師、ハンパないです。

 更に出がけにマリアさんがコッソリ教えてくれたところによると、冊子の方も、昨日、私がてしまった後、師匠が朝方までかって書き上げてくれたものらしい。

 うーむ、今朝、ねむそうだったのはそれが原因なのか。

 ならばくしようされたのも許せるかな。

 てつ明けってハイになるしね。

 って言うか、むしろ師匠に返せそうにない恩が積み重なっていくんだけど……。

 錬金術大全の事も考えれば、私って師匠に数百万レアはえんじよされている感じだよね?

 ……うん、これはがんって成功しないとね。少しでも恩返しできるように。

 私はそんな決意を胸に、王都を旅立ったのだった。


 辺境の村で待ち受ける現実なんて知りもせず……。

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