黄金の双剣士

ひろよし

序章:黄金の覚醒

第1話:村の少年

森の中、一人の少年が走っていた。

涙と汗で顔をぐちゃぐちゃにして、がむしゃらに腕を振り回し、もつれそうな足をそれでも必死に前へと出し続けた。


- 生きろ。

  俺の分まで


いつも見てたあの大きな背中。

その背中越しに言われた父親の言葉

父親の、最後の願い。


- 先に行って

  お母さんも後から行くから


いつも優しく抱きしめてくれた柔らかな腕。

そっと押してくれた優しい腕と、交わした母親との約束。

母親との、最後の約束。


とある大陸のほぼ中央にある広大で深い森の中、少年は両親の言葉を胸に、ただ前へと走り続けていた。


――――――――――


「レキ、朝よ。

 起きなさい」


とある大陸にある簡素な村。

大陸にある六つの国、その一つフロイオニア王国に所属する村に、少年は住んでいた。


「ほらレキ、いい加減に起きなさい!」

「う~ん・・・」

「早くしないとお父さん行っちゃうわよ?」

「ん~・・・あっ!

 そうだった!!」


温かいお布団との別れを惜しんでいた少年は、母親の言葉に何かを思い出したらしい。

勢いよく布団を跳ね上げ、ベッドから飛び起きた。


父親譲りの赤い髪、母親譲りの青い目。

顔立ちはどちらかと言えば母親似、かっこいいというよりかわいいという表現が似合う。

これは五歳という年齢だからだろう。

成長すればきっと、父親のような精悍な顔になるはずだ。


「おはようっ!

 母さん」


今はまだ幼い少年は、先ほどまでの眠たさを欠片も見せず、いつものように元気よく母親に挨拶した。


「ふふっ、おはようレキ。

 早く顔を洗ってらっしゃい。

 朝ご飯出来てるから」

「うんっ!」


そんな少年に、母親も笑顔で挨拶を返す。


いつも通りの幸せな朝。

それが、どれほどかけがえのないものか。


この時の少年に知る由もなかった・・・。


――――――――――


「おう、起きたなレキ。

 おはようさん」

「うんっ!

 おはよう父さん」


顔を洗い、食卓へと向かった少年を出迎えたのは少年の父親だった。


少年よりさらに赤い髪と赤い目。

平均的な大人より一回りは大きいだろう体躯。

がっしりとした体には、その体躯に似つかわしい筋肉がついている。


「朝飯食ったら森に行くからな。

 ちゃんと付いて来いよ」

「うん!」


少年の父親は、元冒険者にして現在は村唯一の狩人だ。


冒険者とは、この世界にある職業の一つである。

ギルドと呼ばれる組合、あるいは互助組織が発行する冒険者証を所持し、ギルドからの依頼を達成する事で報酬を得る仕事。

特別な資格など一切必要とせず、仕事内容は雑多で、街中の配達や邸宅の草むしり、溝のどぶ攫いと言った雑用から、薬草などの採取や貴族や商人などの護衛、さらには野盗や魔物の討伐など多岐にわたる。

簡単な依頼は報酬も安く、それこそ一夜の宿代にすらならない。

そういう依頼は数をこなすしかなく、そうして経験を重ねていく事でギルドに認められ、報酬は高いがその分危険な依頼を受けられるようになる。


野盗に攫われた貴族令嬢の救出、村を滅ぼすほどの魔物の群れの討伐。

危険を伴う依頼の報酬は当然高く、高位の冒険者であればそれこそ一度の依頼で金貨数枚を稼ぐ事もある。


救出した貴族令嬢に見初められ婿入りした冒険者や、実績を重ねついには一代限りの爵位を得た冒険者など。

報酬のみならず、時に名声や栄光をも得る事もあり、男なら一度は夢見るであろう職業だ。


少年の父親も、そんな冒険者の一人だった。

冒険者に憧れ、生まれ故郷の村を出たのは今の少年より十歳ばかり上の頃。

様々な依頼を受け、時に命の危険にさらされ、気の合う仲間達と冒険を繰り返した。

仲間の一人であった女性と結ばれ、彼女が少年を身籠った事で引退しこの村に移り住んだのが五年前。

冒険者時代に培った経験や実力、魔物の知識を活かし、今は狩人として村に貢献している。


そんな父親を少年は心から尊敬し、同時に冒険者という仕事にも憧れを抱いている。


今日は待ちに待った少年の初めての冒険の日。

元冒険者である父親に連れられ、今まで入る事を禁じられていた森を探検する。

森の恵みを荒らす邪悪な魔物を、父親と共に討伐するのだ。


実際は狩りそのものに参加できるわけではなく、安全な場所から父親の狩りをただ見学するだけだが、それでも危ない事に変わりはない。

だが、少年らしい好奇心と冒険に対する憧れ、大好きな父親の狩りに同行したいという欲求の前に、少々の危険など冒険へのスパイスでしか無いのだ。


「いいレキ。

 お父さんの言う事をちゃんと聞くのよ?」

「うん、大丈夫!」

「おっし、じゃあ行くか!」

「うん!」


母親の注意もそこそこに、少年は父親の後について家を出た。

本日は晴天。

薄暗い森と言えども、この時間帯ならそれなりに見通しも良いだろう。

何より尊敬する父親が共にいるのだ。

何の危険があるだろうか。


弓矢を背負い、愛用の剣を腰にさす父親。

何も持たないのはつまらないからと、子供でも扱える小ぶりの短剣を渡され、少年はそれだけで強くなれた気がした。


「あっ。

 レキだ」


親子仲良く森へ向かう途中、少年を呼び止めたのは隣に住む一つ年上の少女だった。


「あっ、マールだ。

 おはよう」

「おはよっ!。

 おじさんもおはよっ!」

「おう、おはようさん」


隣家であり、年も近い事もあって少年と少女はとても仲が良い。

少年の父親が狩りに、母親が家の仕事や村での仕事に精を出している時、少年はいつもこの少女と一緒に遊んでいた。


「ねえねえ、どこ行くの?」

「へへ~、父さんの狩りについてくんだ~」

「えっ!

 いいな~。

 あたしも行きたい」

「だ、ダメだよマールは」

「なんで?」

「だ、だって狩りは男の仕事だし」

「女の人でも狩りとか騎士とか冒険者とかいるって、おじさん前に言ってたじゃん」

「そ、それはそうだけど・・・」


年上という事もあってか、いつも少女の方が少年を連れまわしていた。

少女が半ば強引にその日の遊びを決定し、少年はしぶしぶといった様子で付き合うというのが二人の日常である。

もちろん少年とて心から嫌がっているわけではなく、ただ少女の言いなりになっているのが格好悪い気がして、仕方なく付き合うといった体裁を繕っているだけだ。


父親にも言われた。

男は女を守るものだと。

ついでに女には逆らわない方がいい・・・とも。


それでも今日だけは少女のお願いを聞くわけにはいかなかった。

何せ今日は、少年が生まれて初めて冒険に出かける日なのだ。

いつも一緒に遊んでいる少女とて、連れて行くわけにはいかない。


危ないからというのは少女のお願いを断る為のただの方便。

大体危ないというのであれば少年だって同じである。


冒険は男だけの世界。

母親も元冒険者だった事は、この際関係ないのだろう。


「はっはっは!

 まあマールはまた今度な」

「え~」

「大体マールだってやる事あんだろ?

 いいのかこんなとこで油売ってて。

 お母さんに怒られっぞ?」

「う~・・・

 じゃあ今度は連れてってね?」

「おう、今度な」

「絶対だからねっ!?」


二人のやり取りを温かく見守っていた父親が、少年が困りだした頃を見計らい助け舟を出した。

ただ村の外へ行くだけなら同行も許しただろう。

だが、今日は危険を伴う狩りである。

息子だけならともかく、隣家の娘まで同行させるわけにはいかなかった。


狩りの腕前には自信があれど、子供を伴う場合は話が変わってくる。

まだ子供の息子を連れていくだけでも危険が伴うのに、もう一人連れて行く余裕は父親にはなかった。


その場でおとなしくしていろ、と言えばおそらくは言う事を聞いてくれるだろう。

だが、万が一獲物の矛先があの二人に向かったら・・・。

安全であればその場でじっとしているだろう子供とて、危険が迫ってくればその場から逃げ出そうとする。

二人が同じ方へと逃げてくれればまだしも、別々の方向に逃げてしまえば、父親一人では正直手が足りない。

少女には可哀想だが、息子がもう少し狩りに慣れるまでは我慢してもらうほか無かった。


「うっし、じゃあ行くか!」

「うん!」


またねと手を振り、家に帰る少女を見送った少年と父親は、村のすぐ裏手にある森へと向かった。


――――――――――


少年の住む村の裏手にある森は、村に様々な恵みをもたらしてくれる場所である。

多くの山の幸と、それらを餌とする生物が住まう森。

森の深いところまで立ち入らなければそれほど危険も無い、村にとってとても大切な場所なのだ。


そんな森の中を、少年は狩人である父親について歩く。


「大丈夫か、レキ?」

「うん、大丈夫」


時折振り返っては、少年がちゃんと付いてきているか確認する。

父親と顔が合うたび、足手まといになってたまるか!と子供らしい強がりを少年は発揮した。

少年が考えていたより森は歩きにくく、薄暗さと密に生えた木々の為視界も悪い。

とはいえ、少年は父親の背中しか見ていないせいか、視界の悪さにまでは気付かなかった。


「よし、ここからは少し静かに歩くぞ」

「う、うん」

「はっはっは、そう緊張しなくても大丈夫だ。

 向こうが見つけるより先に俺が仕留めっからな」


そういって少年の頭を乱暴に撫でた父親は、背負っていた弓を左手に持ち、その場にしゃがみこんだ。

ぼさぼさにされた髪の毛を手櫛で軽く整えつつ、少年も父親に倣いしゃがみこむ。


おそらくは獲物が近いのだろう。


獲物は人より五感が鋭く、少しの物音でも敏感に反応する。

ただでさえ歩きにくく、枯れ枝や落ち葉が散乱している森だ。

注意して歩いても、完全に音を消すのは難しかった。


「うっし、じゃあもう少し奥に行くぞ。

 ゆっくりついてこい」

「う、うん」


それでも父親の足取りに変わった様子はない。

少年が気付かないだけで、父親の歩き方は森に適したもので、先ほどから足音もほとんどたっていなかった。

唯一違うのは、先ほどより歩く速度が落ちたことだろう。

慎重に歩いているのと同時に、少年がはぐれないようそれまで以上に気を使っているのだ。


そうしてしばらく、父親がふと立ち止まった。

どうしたの?と問いかけようとした少年だが、それより先に父親が振り返り、唇に指を当てながら「し~」と声を出した。


「レキはここで待ってろ」


頷く少年を確認し、父親がさらに奥へと進む。

どうやら獲物を見つけたらしい。

矢筒から矢を取りだし、弓に番えながら先ほどよりさらに慎重に奥へと進んでいく父親。

木の影から見守るだけの少年は、そんな父親の様子に息をのんだ。


父親の背中を、少年は目で追い続ける。

立ち止まった父親が、その場にしゃがみながら弓を構えた。

そして・・・


「しっ」


かすかに聞こえた声と共に、父親が矢を放った。

矢はただ真っ直ぐに、森の奥へと飛んでいった。


「プギィーーーー!!」

「うわっ!」


続けて、森の奥から耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

思わずと言った様子で、少年が耳を押さえる。


それは、父親が狙っていた本日の獲物。

この森に住むソードボアという魔物の悲鳴だった。


――――――――――


魔物とは、この世界に存在する人に害をなす生物の総称である。

魔物と一括りにしてはいるが、その種類は非常に多い。

先ほど悲鳴を上げたソードボアも、数ある魔物の一種である。


一説によれば、魔物とはこの世界の動物が魔素によって変質した生物だと言われている。


この世界のありとあらゆる場所に存在する物質、元素である魔素。

空気中、水中、地中、さらには動植物や鉱石、貴金属に至るまで、ありとあらゆるところに存在する魔素は、人にとっては魔力の源となる元素である。

人は魔素を元に体内で魔力を生成し、その魔力を用いて身体を強化したり、様々な魔術を使用する事が出来る。


他の動物と違い、人だけが魔素から魔力を生成できる。

だが、人とは異なる形で魔素を己の力と知る生物がこの世界には存在する。

それが魔物である。


魔物は、魔素を取り込み己の力とし、さらには生物としての存在をも変質する。


ソードボアも魔素によって己を変質させ、強化した魔物である。

猪が変質した魔物と言われているソードボアだが、その姿は通常の猪よりさらに凶悪だった。


猪より二回りほど大きな体躯。

名前の由来となった鋭い牙。

更には猪にはない角


その体躯による突進は大木すらなぎ倒すだろう。

下あごから天に向かって伸びた牙は、騎士の剣すら砕くだろう。

額に生えた角は騎士の鎧を貫き、命すら奪うだろう。


自身の縄張りを犯す者には容赦せず、人だろうと魔物だろうと容赦なく命を奪おうとする。

ギルドが制定した魔物の強さで言えば、ソードボアは下から三番目。

魔物全体で見れば決して強いとは言えないが、それでもただの村人では敵わず、見習いの騎士や駆け出しの冒険者でも一人では容易に倒せないほどの魔物だ。

森の恵みを頼りに生きる村人にとっては、十分に脅威である。


そんな魔物であっても、少年の父親にとっては狩りの獲物でしかない。

父親が放った矢は真っ直ぐソードボアの背に突き刺さり、攻撃を受けたソードボアは父親を明確な敵と認識した。


「レキっ!

 そこから動くなよ!」

「う、うん」


後ろを振り返る事なくそう叫んだ父親は、弓矢をその場に放り出し、腰に構えた剣を抜き放つ。

怒り狂うソードボアに己を見せつけるかのように仁王立ちし、さっと剣を構える。

少年の目には、その背中は世界の誰よりも強く、格好良く見えた。


――――――――――


「プギィーーー!!」

「ぅおおっ!」


真っ直ぐ突進してくるソードボア。

突進を躱し、剣を振るう父親。

ソードボアの体は堅く、前足を浅く切り裂くのみに終わった。


「レキ、出てくるなよ」

「う、うん・・・」

「プギィーーーー!」


大きく方向転換し、再び父親へとソードボアが突っ込んでいく。

父親もまた、今度こそはと再び剣を構えた。


「プギィーーー!」

「うおおおおっ!!」


少年が見守る中、父親の振るう剣がソードボアを確かに切り裂いた。

傷口から血を吹き出し、なおも走り続けるソードボアだったが、前方にある木を避ける事もなくぶつかり、そして動きを止めた。


「ふぃ~。

 レキ、もう出てきていいぞ」

「う、うん・・・」


時間にすればわずかでも、少年にはとても長く感じられた。


初めて見る父親の狩り。

生きているソードボアを見たのも初めてなら、そのソードボアが命を落とすのを見たのも初めて。

何より、普段は優しく、どこか抜けていて、しょっちゅう母親に怒られては苦笑を見せる父親の、あんなに真剣で強く格好いい姿を見たのも初めてだった。


少年にとって初めて尽くしの冒険は、こうして終わった。


その後、血抜きを終えたソードボアを軽々と担ぐ父親と、そんな父親の背中を今まで以上に誇らしい目で見ながら少年は村へと戻った。

村一番の狩人の帰還に、村人から次々に賛辞の声が浴びせられる。

そんな父親をさらに誇らしく感じていた少年に、村で待っていたのであろう隣家の少女が近づく。


「おじさん、すごいね」

「・・・うんっ!」


少女からの賛辞に、少年は心から頷いた。


――――――――――


その後、少年は父親と共に家へと帰った。

仕留めたソードボアは村人達の手によって解体され、各家庭に平等に配られた。

村唯一の狩人である父親が獲物を狩ってはその肉を振る舞い、代わりに村人達は各家庭で育てた野菜や、森で取れた木の実や草花などを分けてくれる。

解体したソードボアの毛皮を鞣すのも、他の村人の大切な仕事である。


そもそもが少年の父親より大きなソードボアの肉である

父親と母親、そして少年の三人暮らしの家では、三日かけても食べきれないだろう。

村の人達に分ける事に少年も異論はない。

村人からの賛辞に笑顔で応える父親を、さらに誇らしく思ったくらいだ。


なお、少年の母親も治癒魔術士という村唯一の仕事をしている。

冒険者時代はその卓越した治癒魔術で仲間を、そして少年の父親を癒した熟練の魔術士だったそうだ。

村に移り住んだ今でも、村人の怪我や病を癒す大切な存在である。


村中から尊敬を受ける両親を持つ少年は、いつか自分も両親のような立派な大人になろうと思っている。


ソードボアの肉を大量に使った母親の料理に舌鼓を打ちつつ、狩りについて興奮気味に語る少年。

身振り手振り交えながら一生懸命狩りの話をする少年を、父親は誇らしげに、母親は温かく見つめた。


こうして、生まれて初めての冒険を終えた少年は、満たされた腹と心身ともに疲れた体をベッドに預けると、そのまま眠りに落ちた。

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