第7話 誕生日の魔法石(3)

(外が騒がしい……?)


物置の隅で膝を抱えて丸くなってから、そう時間が経っていない頃。

なんだかやけに外が騒がしい。

なにか不備でもあったのか怖くなったが、今は出ていけないのでどうしようもない。

大したことじゃ無ければいいなぁと思っていると、今度はニーナの金切り声が聞こえてきた。


(なにがあったんだろう……?)


ニーナのああいう声が聞こえてくる時は、大抵ろくなことが起きていない。

ニーナや夫人がカンカンに怒っているのでと不安になってくる。


エリーゼの不安とは裏腹に、声と足音はだんだんこちらへ近づいてきた。


(え……!?)


何故こっちへ来るのか。

不安で震えているエリーゼだが、物置小屋の戸が急に開かれて目を見張る。


「わっ……!」


目の前にいるのは、美しい男性だった。


「ここにいたのか」


そう言った声は、透き通るようで美しい。

さらさらとした白い髪を揺らし、宝石のような瞳でエリーゼの前に膝をつき、目線を合わせる。


「おやめ下さい!そのものは娘などではございません!そのような汚らわしいものに触れることは……」


「黙れ」


喚く夫人を、一声で黙らせてしまった。

男爵も、ニーナも夫人も鬼のような形相でエリーゼを見ていることしかできない。

一体この男性は何者なのだ。


「だ、誰……?」


震えながら尋ねるエリーゼに、彼は高らかに応えた。


「初めまして、我が弟子よ。私の名はシルヴァルド・アルスフィア。この帝国で一番強い魔法使いだ」


そんなこと言ってニヤリと笑い、彼は私に手を差し伸べた。


「まほう、つかい……!」


「そう。魔法使いだ。君の師匠となる、偉大なる魔法使いだ!」



それが、エリーゼの師匠シルヴァルドとの出会いだ。

あの後、騒ぎ立てる男爵たちに目もくれず、シルヴァルドはエリーゼを、彼の住処である塔へと連れ出してくれた。

そこで待っていたダリウスとも出会い、エリーゼは自分が魔法使いの弟子として招かれたことを知るのだった。



──────────────


(あの時は、ダリウスがあまりに師匠に似ているものだから親子なのかと思ったなぁ……)


しみじみと思い返す。

彼の塔へ初めて足を踏み入れた時、そこで待っていたのはダリウスで、エリーゼの面倒を見てくれていた。

風呂に入り、新しい服を貰い、美味しいご飯を食べる。

何もかもが久々の感覚だった。

ダリウスは初対面の時、そのムスッとした表情から不機嫌なのかと怖がっていたが、それは元々の表情というだけで、彼は怯えるエリーゼを甲斐甲斐しく世話をしてくれていた。

そのうち、エリーゼも彼や師匠と普通に会話ができるようになり、知識を身につけ、魔法の勉強を始めるようになった。

毎日が楽しくて、新鮮で、幸せだった。

だがそれも、永遠には続かない。

エリーゼが十一歳の時、十五歳となったダリウスは修行を終えて、帝都のアカデミーへ行ってしまった。

二人が共に修行をしたのは、わずか三年間のこと。

エリーゼが、ダリウスが公爵家の出身だということを知ったのは、彼が塔を去った後のことだった。


「……」


そっとドレスを脱ぐと、傷ついた腕が鏡に映る。

大抵の傷は師匠が治してくれたが、これの治りだけはかなり遅かった。

治ったあとも傷痕は濃く、師匠はそれも消してやると言ってくれたが、それは断った。


(どうして、どうしてあの時……)


なぜ傷痕を消さなかったのか。


自分への戒め?

全てを忘れて幸せにはなれない?


分からない。

あの時、どうしてこれを消せないと強く思ったのか。

ただ一つ言えることは、傷痕が消えようが残ろうが、あの時のエリーゼの苦しみは一生残ったままで、エリーゼの生まれが賎しいことも変えられないことだった。

どれほど遠くに離れても、自分にはあの男の血が流れている。

その事実を忘れて幸せに生きることは、今のエリーゼには、まだ難しいことだった。


「やめましょう。今はこんなこと考えてる時間はないわ」


首を振ってもやもやした考えを振り払う。

今エリーゼが向き合うべきことは、第二皇子アーネストのパーティーだ。


依頼人は第二皇子及び宮廷の魔法研究機関だ。

普通に贈り物を受け取るだけでは退屈だから、機関が第二皇子へ贈る予定の魔石を、今話題の魔法鑑定士にその場で鑑定して価値を定めてもらおうというのが趣旨である。

ダリウスからこの話を聞いた時、どこにも所属せず個人で活動しているエリーゼがでしゃばるのは、宮廷直属の魔法使いたちの気分を害するのではないかと危惧したのだが、アーネスト殿下がそれを望むのならと彼らは結構乗り気らしい。

ただパーティーを賑わせるだけならまだしも、宮廷に実力を試されるようなことになるとは。

しかしこれに成功すれば、ダリウスの言う通りチャンスになることは間違いない。


エリーゼの実家、スミスター男爵家は、魔法鑑定士の正体があのエリーゼであったことに気づき、社交界で娘だと吹聴して回っている。

エリーゼは我々が育てた素晴らしい自慢の愛娘、だと。

今の「トワイライト」という姓は師匠から貰ったものだが、エリーゼという名前、外見、様々な要因から突き止められてしまった。

彼らが今更エリーゼのことを気にかけるとはつゆも思っておらず、なんの対策もしていなかった結果こんなことになるとは思わなかった。


ニーナに至ってはエリーゼのことを姉と呼び、自分と仲良くすれば魔法鑑定士とお近づきになれる、などと言って偉そうにしているそうな。

前にお客様の令嬢から、その話を聞いて大変驚かされた。


血縁関係は事実であるものの、彼らに大切に育てられたということも、姉や娘として扱われたことは、ただ一度もない。

まさに、厚顔無恥とは彼らのことを言うのだとエリーゼは理解した。


もちろん、皆が全てそれを信用しているとは限らない。

本当にスミスター男爵の娘が魔法鑑定士なのか疑っている人もいるし、その逆で「魔法鑑定士は我々の一族の娘である」などと言い始める人もいるぐらい、魔法鑑定士の正体は有耶無耶になっている。


もうそこまで来ると、エリーゼには付き合いきれない。

前提として、そもそもスミスター男爵の愛娘などではないのだから、勝手に言い争ってればいいとしか言えない。


しかし、ただ言いふらすだけなら勝手にすればいいのだが、問題はエリーゼの評判にも関わることだ。


スミスター男爵家は大した権力もない、田舎の貧乏貴族だ。

その上、夫人はヒステリーで娘は身の程をわきまえないワガママなお嬢様ときた。

元々あまり良くなかった社交界での評判のおかげで、一部では魔法鑑定士の名にスミスター男爵家の娘というレッテルが貼られている。

ニーナは評判はともかく、社交界での活動にかなり力を入れているようなので、顔は広い。

様々なパーティーに出席し、同じ年頃の友人もたくさん作っているのであれば、第二皇子のパーティーに招待されている可能性が高い。

第二皇子は、魔法鑑定士を呼ぶことを企画したように、派手好きのようだからきっとかなり若い貴族や令嬢たちが来るはずだとダリウスも予想していた。


「ここで私の力を見せつければ、あの人たちも何も言えなくなる、か……」


本当にそう上手くいくものだろうか。

エリーゼはそう思いつつ、ドレスを片付けるとまた元の黒い衣装をまとった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る