魔界の落ちこぼれプリンス、異世界に行く
下手の横好き
第一章
第1話
「おいアーク、今日は大事な晩餐会がある。
お前は念のために城から出ていろ。
決して人前に顔を見せるなよ、良いな?」
「はい、父上」
「俺を父と呼ぶんじゃない」
父はそれだけを告げると、さっさと部屋から出て行った。
俺はこの魔界を統べる王家の第3王子・・のはずなのだが、ある理由から、この使用人が使うような部屋に住み、専属のメイドすら与えられていなかった。
食事はメイド達が使う食堂で、彼女達と同じ物を食べ、風呂も使用人が使う浴場で、女性の皆さんと同じ時間に入る。
俺はまだ15歳、いや、『もう』か。
けれど、人間との混血で、うだつが上がらない俺を気に掛けるメイドなんておらず、一緒に入っていても、時々視線が身体に向けられるだけで、別に何も起きない。
魔族はその血統よりも実力を重視されがちと思いきや、しっかりと血統を重んじるし、同様に実力も評価される。
俺は血統に関しては良い部類だと思うが(なんせ王族だし)、生まれた時の実力は今一つ、いや、今三くらい?
本気で戦ったことはないが、他の兄弟姉妹と比べると、幼少時は明らかに劣った。
魔界の貴族なら誰でも入れる初等学校に、その能力値ゆえ、父がお金を積んでも入れなかった。
15歳から通える高等学園は、受験すらさせて貰えなかった。
王族を名乗ることを許されず、肉親、それも年下の弟や妹にまで敬語を使わされて、客人の前に出ることを禁止された。
魔界には様々な種族がいるが、人間だけはいない。
元からいなかったが、もしいたとしても、その高過ぎる魔力濃度に身体が耐えられない。
・・俺の母親のように。
俺の母は、ある日突然何処からか迷い込んだ人間だった。
当然直ぐに捕まり、父に面白半分に献上されて、俺を身籠った。
容姿だけは美しかったからな。
性格は・・良いとは言えなかった。
俺が3歳の時に死んだが、記憶にある限り、かわいがって貰ったことはない。
嫌々作った子供だから当然か。
母が生きていた当時、メイド達に相当八つ当たりしたようで、それも俺が孤立する一因になっていた。
そんな俺の日課は、ダンジョンに潜ること。
さすがに使用人のように働けとは言われなかったので、学校にすら通えない俺は、平民が着るような服を着て、5歳の頃から様々なダンジョンに潜っていた。
勿論、ろくな装備など持っていない。
父や他の肉親達も、俺が早くいなくなれば良いとさえ思っている。
ただ、王族としての誇りと品性ゆえ、あからさまな虐待や嫌がらせはしてこないのだ。
有難いことである。
4歳までは独学で座学に勤しみ、5歳で初めて潜ったダンジョンは、王都の中にある、超初級ダンジョン。
3階層までしかなく、出て来る魔物もスライムかゴブリンのみ。
何せ幼稚舎の卒業試験に使われるくらいなのだ(俺はそこすら出ていない)。
俺はそこを、3日かけて攻略した。
お供の者すらいないから、当然だって?
いやいや、ある程度の能力が有る子供なら、4歳でも1日でクリアできるって。
俺が時間を掛けた理由は、俺自身の能力のせいでもあるのだから。
魔界で唯一の、魔族と人間の混血児である俺には、他の魔族には有り得ない、ある特殊な能力があった。
成長する能力である。
魔族というのは、生まれた時に大体の能力が定まっている。
予め成長限界が見えるのだ。
魔界で生まれた子供は、必ず魔神殿で鑑定を受けさせられ、そこで成人になって到達することのできる能力値の限界を把握することができる。
どんなに頑張ったところで、その限界値までしか成長しない。
優秀な者は、その初期値から既に優秀で、到達することのできる限界値もかなり高いが、逆に言えばそれだけである。
特殊能力も、生まれ持ったものしかない。
後になってから増えることはないのだ。
だからこそ、血統が重んじられる訳だが。
そんな中にあって、0歳で鑑定を受けさせられた俺の初期値はかなり低く、限界値も通常の半分以下だったという。
それを知った父は、二度と母を抱くことはなく、母との間にできた子供は、俺ただ1人という訳だ。
因みに、その時の俺のステータスはこうだったらしい。
______________________________________
氏名:なし(まだ名付け前)
性別:男性
年齢:0
レベル:1
HP:20/2500(限界値)
MP:40/4000
攻撃力:2/150
物理防御力:2/130
魔力:5/200
魔法防御力:4/250
素早さ:3/100
運:30/180
魔法:【ヒール】 【ファイアウォール】 【ウオーター】
特殊能力:【アイテムボックス】
固有能力:【魔物図鑑】
______________________________________
魔族はえてして長寿だが、俺には寿命がない。
殺されれば死ぬだろうが、自然死はしないという意味だ。
外見上もゆっくりと老成し、ある程度になると止まるだろう。
この能力は、とあるダンジョンで偶然手に入れた。
食事も基本的にはほとんど必要ない。
数年に1度くらい、あるものを摂取すれば事足りる。
尤も、怪しまれるので王宮ではちゃんと食事を取ってはいるが。
王宮での晩餐会に出席するため、有力貴族を乗せた豪華な馬車が、大通りを忙しなく通り過ぎて行く。
そんな馬車を避けながら、俺は王都には不似合いの、寂れた地区に入って行く。
平民が着る服に、フード付きのマントを被った俺でも、この辺りでは金持ちに見えるらしい。
頻繁に女性から声をかけられ、スリも寄って来る。
そんな者達を軽くあしらいながら、俺は女性達を物色していく。
滅多にいないのだが、この日は目的に敵う女性が居た。
「お姉さん、幾らですか?」
派手な化粧をしなくても、それなりに綺麗だろうに、強い香水の匂いをさせた若い女性に近寄って声をかける。
「ショート?
それともロング?」
「人目につきたくないのでロングで」
ショートを選択した場合、女性によってはその辺りの物陰で済ませることもある。
「・・宿はこちらで指定させて貰うわよ?」
少し警戒心を見せた女性が、俺を品定めするように見る。
「・・銀貨10枚」
庶民の1か月分の生活費が、大体銀貨40枚くらいだから、この辺りに立つ女性としてはかなり高い。
スタイルも良いから、よほど自信があるのだろう。
「朝まで付き合ってくれたら、金貨1枚出します。
勿論前払い」
手に持った金貨を見せながら、女性と交渉する。
晩餐会や行事ごとに厄介払いされる俺は、父から毎月それなりの小遣いを与えられていた。
「フフッ、喜んで。
沢山サービスしてあげる」
女性が腕を組んできて、宿へと案内される。
1泊分の宿代を支払い、大きめの個室に案内される。
小さな浴室に湯を溜めている間に、女性にお金を支払うと、彼女はそれをアイテムボックスに終い、服を脱ぐ。
大きな胸が
女性が全て脱いだところで湯が溜まり、振り向いて止めに行こうとした彼女を、後から抱き締める。
「先にお風呂に入りましょ。
お楽しみはその後で・・ね?」
「我慢できない」
俺は女性の首筋に、静かに牙を押し込んでいく。
「んん」
気持ち良さそうな声を出した彼女が、直ぐに眠りに落ちる。
俺の牙から放たれる、強力な催眠魔法によるものだ。
牙を押し込む際も、皮膚を食い破るのではなく、魔力で侵入させるだけなので、噛まれた相手に痛みはない。
【吸能】を開始する。
少量の血液と共に、今回の目的である、【魅了】の能力が流れ込んで来る。
1分程続けて、ゆっくりと口を離す。
ステータス画面を確認すると、ちゃんと【魅了】が増えていた。
満足して、眠ったままの女性をベッドに寝かせる。
上から毛布を被せ、一言詫びる。
「ごめんね。
君の能力、分けて貰ったから。
目覚めた時には俺の事なんて覚えていないけど、一応謝っておく」
穏やかに眠る女性を尻目に、音も立てずに部屋から転移した。
次に姿を現したのは、奥深い森の中に在るダンジョンの入り口。
ここは魔界にある高難易度ダンジョンの1つで、王国に所属する騎士団の精鋭達でさえ、隊を組んでも全階層の半分も進めないような場所である。
俺はそんなダンジョンの最下層に転移すると、いつものように魔物を物色するが、【魔物図鑑】を更新したくなるような存在はいなかった。
今日で最後なんだけどな。
日付が変わった今日は、俺の誕生日。
16歳になり、成人として認められる日。
本来なら、俺も晩餐会に出席して、皆からお祝いを述べられる立場なのだが・・。
まあ良い。
今夜、俺は異世界へと旅立つ。
この日のために、俺は今まで努力してきたのだ。
あの場所を見つけたのは本当に偶然だった。
生前、母が何度も訪れていたという話を耳にし、気まぐれに向かったその場所で、異世界への入り口を見つけたのだ。
母が帰れなかったことを考えると、どうやらそこを通れるのは、本当に1度きりらしい。
しかも、純粋な魔族には、入り口が反応しない。
魔族と人間の混血児であった俺だから、あの壁が反応したのだ。
壁に浮かび上がった文字を読み、狂喜してから約5年。
例外なく毎日、それまで以上にダンジョンに潜り、必死にレベルを上げ、能力を高め、【魔物図鑑】を充実させて、それでも足りないものは、先程のように他者から吸収してきた。
新たな世界では、もう誰にも俺を馬鹿にさせない。
生まれて直ぐの、たった1度の判定だけで、俺を、この俺の全てを、測らせはしない。
・・済みません、嘘です。
単にこの世界に飽きただけです。
ちょっと熱血してみました。
そろそろ晩餐会がお開きになる時間だ。
異世界に旅立つ前に、財産分与をして貰おう。
自室に転移し、よそ行きの服に着替えてから、王宮の宝物庫に転移する。
転移防止魔法が掛かってはいるが、今の俺の魔力の前には何の意味もない。
貰う物は既に決まっている。
先ずは金塊。
向こうでこちらの金貨が使えるとは思っていないので、純金のインゴットを1000本ばかり頂戴する。
1本で1キロだから、まあそれなりの額にはなるだろう。
それから、死者さえ蘇らせると言われるエリクサーを10本。
これはたったの20本しか在庫がないから、これ以上取るときっと怒られる。
自分には必要ないけど、売れば高いだろうしね。
無視や冷遇はされても、暴力や罵声は受けなかった。
家族としては扱われなかったが、人としては扱われていた。
だから、このくらいでやめておく。
『立つ鳥跡を濁さず』だ。
旅立ちの場所に転移する。
屋根すらない、森の中にある廃屋の壁。
この日を迎えるまで、何かで崩れやしないかと、冷や冷やしながら時折見に来ていた。
俺が手をかざすと、その壁に文字が浮かび上がる。
『新たな世界の門を
この門を潜れば、もう二度と元の世界には帰れません。
準備は宜しいですか?
心配せずとも、今の装備品と、アイテムボックスの中身は全て保証されます。
もう準備ができた やっぱりまだやめておく』
今度は延期せず、躊躇わずに左に手を当てる。
壁の向こう側に吸い込まれながら、俺は手にしていた爆弾の導火線に火を点けて、そっと壁の近くに転がした。
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