第31話 誤解と





 美味しいものは、争いをしずめる。

 そこに尊いものがあれば、さらにだ。


 すき焼きと弟のおかげで、太一も玲奈も争っているのが馬鹿らしくなったらしい。


「外では今まで通りだけど、この家では争わない。それでいい?」


「ああ。構わない」


 絶対に争うなというのは難しい話なので、いい折衷案が見つかって良かった。


「あそぼ!」


 二人がもう喧嘩しない気配を目ざとく察知したのか、食事が終わった弟が飛びついている。それを受け止めた太一は、俺に視線を向けてくる。


「まだ時間が大丈夫なら、遊んでやってくれ。いつもは二人だから、人がいて嬉しいんだ」


「そ、れなら。何して遊ぶ?」


「えーっとね、えーっとね、ヒーローごっこする?」


「あ、ああ。分かった」


 幼稚園でのやり取りに感化されたらしく、ヒーローごっこをするようだ。しかし、弟も太一もヒーロー側になった。それなら玲那が怪人役かと思えば、輪に加わることなく俺の元に来た。


「僕は、ちょっと話があるから。二人で遊んでてね」


 体良く太一に押し付けると、片付けをしている俺の隣に立つ。


「手伝うよ」


「助かる。とりあえず、洗い終わった食器を拭いてくれるか」


 話をするついでに手伝ってくれるらしい。遠慮なく仕事を与えると、文句を言わずに拭き始めた。


「……ねえ、聞いてもいい?」


「なんだ?」


「……今、あの子と二人で暮らしてるの?」


 言いづらそうにしているから、どんな質問をしてくるかと思えば、なんてことないことを聞いてきた。


「そうだけど」


「その、えっと」


「なんだ。他に聞きたいことがあるのなら、はっきりしてくれ」


 煮え切らない態度に、イライラしてきた。知りたいことがあるのなら、はっきり聞けばいい。答えたくなければ、答えなければいいのだから。少し強い口調になれば、それでも迷いながら質問してきた。


「も、もしかしてパートナーの人は、亡くなってるの?」


 パートナー?

 なんのことを言っているのだ?

 意味が分からず首を傾げていると、何を勘違いしたのか慌て出す。


「ご、ごめん。デリカシーのない質問だったよね」


「いや、そうじゃなくて。何言ってるんだ?」


「何って……えっと、パートナーとはもう住んでないんでしょ? 離婚するタイプには見えないし、理由も無さそうだから、死に別れたのかなって」


「俺、結婚なんてしてないけど」


「へ? それじゃあ、あの子は?」


 そう言って指したのは弟だった。


「弟。言ってなかったか?」


「おっ、え、はあ!?」


 危うく皿を落としかけたぐらい、玲那は驚いていた。俺からすると、まだ弟を俺の子供だと思っていたことの方が驚きだ。そう言えば、結局誤解をといていなかったのを思い出す。

 もしもそうだったとしたら、一体何歳の時の子供だと思ったのか。ギリギリ中学生の頃、それはさすがにないだろう。弟だと考える方が一般的だ。説明していなかったとしても、俺は悪くない。


「大丈夫か?」


「どーしたのー?」


 玲那が叫んだから、何事かと太一と弟が顔を覗かせた。


「大丈夫。ちょっと驚いたみたいで、怪我とかはしていないから。向こうで遊んでな」


 食器も落とさなかったし、特に心配することはない。大丈夫だと言えば、安心して向こうに戻っていった。


「……そういうところが、誤解した原因だと思うんだよね」


「どこがだ?」


「なんか。親心に溢れているっていうか。いくら歳が離れているとはいえ、弟って面倒にならないの?」


「面倒になるわけないだろ。弟のために生きているみたいなものだ」


「それは……かなりのブラコンじゃん。たしかに可愛いかもしれないけどさ……」


 微妙な顔のまま、玲那は食器を拭くのを再開した。まだまだ言いたことはありそうだ。


「兄弟はいないのか?」


「俺? いないよ。だから、よく分からない」


「兄弟はいいものだぞ。俺は、はるのためならなんでも出来る」


「そういうものなの?」


「そういうものだ」


 にわかには信じられないといった感じだが、この気持ちは弟がいる人にしか分からない。まあ、人によるかもしれないけど。


「でも良かった。結婚していたかと思って、ずっとモヤモヤしていたから。しかも子持ち」


「さっさと聞けば良かったじゃないか。遠慮せずに。気を遣うタイプでもないだろ」


「いつもだったら聞けるけどね。認められた時が大打撃じゃん。好きな人のことなら余計にさあ」


「そうか」


 ……待て。今なんて言った。

 軽く言われたから、聞き流してしまった。しかし、聞き流したままにするには重要な言葉が紛れ込んでいた。


「……俺の聞き間違いかもしれないが、今好きだって言われた気がするんだが」


「あ。ちゃんと聞こえてたんだ。流されたから、聞いてないかと思った」


「好き、っていうのは友情とか親愛とかそういう意味でだよな」


「違うよ。恋人に立候補したいとか、そういう意味で好き」


「そ、そうか……」


 また告白されてしまった。まさか玲那にまで好かれているとは、全く思っていなかった。俺はどんな表情をしていいか困って、微妙な返しをしてしまった。


「困らせてるよね。それでも諦める気は無いから、誤解もなくなったからどんどん責めるつもり。覚悟してね」


 これがモテ期か。俺は平静を装いながらも、心臓はうるさく騒いでいた。




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