SAVE,

@marp

第1話

「ポッポー、パッポー……」

 身体の中に響くような鳩時計の音で僕は目が覚めた。あまり目覚めが良くはなかった。

 

「最近、良い夢見ないなぁ」


 僕はぼそっと独り言を言いながら自らの重い身体をベッドから起き上げる。それから寝室のドアを開けて洗面所へ向かう。 


 僕は洗面所の鏡の前に立ち、自分の長い髪を縛って、顔を見ながら歯を磨いていく。それが終わった後が朝食だ。朝食と言っても、朝から食べる気はしないので紅茶を1、2杯分飲むだけが習慣になっている。


 昨日、飲み残したであろう紅茶の入ったマグカップの中身を捨ててから洗って、新しい紅茶のパックにお湯を注ぐ。 


 テレビ前にある席にマグカップを持って座る。ボーッとテレビを見て紅茶を啜りながら朝食が終了した。


 今日は平日で大学がある日だ。頭の中の片隅にある何か、しなくてはいけないことがあったことを思い出そうとしながら、クローゼットから服を選んで着替えていく。 

 

「そうだ、あとちょっとで提出期限のレポートの事忘れてた!」


 ちょうど着替え終えた頃に叫んだ。


「後で大学着いた時に友達の参考にさせてもらえばいいかな」


 自分に言い聞かせながら、大学へ行く支度をしていつもより早く大学へ行くことにした。


 鍵をかけ家を出て早る気持ちを抑えながら急ぎ足で大学へ向かう。


 歩いてからそこそこ時間が経った所で横断歩道の赤信号に止まった。 


 依然として少しばかり焦っている気持ちだったので、早く青信号にならないかと信号をじっと見つめていた。


 その時、隣に立っていた1人の女性が前に少しずつ進んでいく。気がつけば車道に少し入っていた。 


「危ない!」


 気がつけば、猛スピードで車両がその女性にぶつかる瞬間、僕は自ら身を乗り出し、女性の背中を押していた。

 あまりの突然の出来事に自分でも何が起こったのかよくわからない。


 信号は青色に変わり、だんだんと遠のいていく意識とは反対に信号から奏でられるカッコウの音色が強くなっていく気がした。



「ポッポー、パッポー……」

 体の中に響く鳩時計の音で僕は目を覚ました。


「ゆ、め……なのか……」


 重い身体を起き上げて、身体中を確認する。

 しかし、どこにも異常は見当たらなかった。



 奇妙だ。まるで信じられない。自分の見た夢が依然、現実味を帯びていて、とても嘘だと考えることが出来なかった。

 

 と言っても、身体中どこにも怪我をしたような跡がない以上、自分の見た夢が嘘だと考えるほかないのである。

 

「気を入れ替えて、頑張るか」


 そう言ってベッドから身体を下ろしていつものように洗面所へ行き、歯磨きをして、台所からマグカップを1つ取ってその中に紅茶を入れていく。

     

 テレビを見て、紅茶を啜り朝食が終わる。夢の中で見た通りに着替える。

けれど、夢のままだと縁起が悪いと思って夢の中のとは違った服を着ることにした。


「そうだ、レポート見せて貰わなくっちゃ」   


 夢の中で考えてたことを順に思い出すうちに重要なことに気がついたのだった。


 けれども、夢よりは提出期限があまり迫ってはいなかった。

 それならあんまり早く出なくても良さそうだと思い、ゆっくり準備をして、大学へ向かった。


 歩いてから少し経ったぐらいで夢の中と同じ横断歩道の赤信号に止まった。

 その間、夢のことについて再び考える。

 

 少し縁起の悪い夢だなぁと思いながら、夢の中で信号を待っていたら、自分の身を乗り出して事故死をしてしまうのだからそれと違った行動を取れば良いだけではと思いついた。


 幸い、交通量の少ない車道なので、周りには車は全然通っていないし、夢の例の女性もいないようだった。


「そうそう、車がいないうちに渡っちゃえばいいんだよ」


 と言った後、僕は早足で横断歩道を渡り始めた。

 しかし、道路に少しだけ入った時、急に靴が脱げて体が前傾姿勢になり思いきり顔面から転んだのでだった。 


「イ〜タァ〜イィイイイイ!」


 あまりの痛さに思わず叫んだ。

 けれど、咄嗟に意識を取り戻し、靴を拾って立ち上がろうとする一方で、


「プァン!」


 倒れている間にやって来た1台の車両がクラクションを鳴らして、止まっていた。 

 急いで脱げてた靴を持って、横断歩道を渡る。


 止まっていた車は急いだ様子で過ぎ去っていったのであった。

 そして、靴を履いて痛む顔をしかめて大学へと歩いていった。


 幸運にも、大きな怪我はなかったようだった。


「今日は不運なことばっかりだぁ」


 朝から縁起の悪い夢を見て、それと同じことをしたら良くないんじゃないかと思って、違ったものを身につけたり、違うことをしてみたのに、この様である。


 夢の中では死んで、現実では死にかけた。


 大学が終わった後、再び事故に遭わないように細心の注意をしながら我が家に帰った。


 深夜は夢の中のことや今日のことが忘れられず明日が心配になりながらも眠りについた。


 けれども、翌日以降は特には何事もなく過ごして大学を卒業した。



 それからしばらく経って、僕は社会人になっていた。

 久しぶりに大学の近くに仕事の用事で来ていた。


 今日は夢を見た日に大学のレポートを見せてもらった巡子ちゃんと遊ぶ約束をしている。

 しかし、今、僕は少々焦っているのであった。起きる時間を間違えて、1時間30分程寝坊したのだ。夢を見た日に横断歩道で倒れたことを夢に見てしまった。 


 僕は、かなりだらしない性格をしている自覚がある。

 さっそく急いで顔を洗って、長い髪の毛を縛ってから歯を磨き、銀鏡上の自分の顔をみながらメイクをする。出掛ける準備をし、車の鍵を持って出た。

 急いで鍵を開けて車に乗る。さっそくアクセルを踏んで、焦燥にパーキングを出ていく。


 見慣れた風景が目に入ってくる中で沢山新しい光景が目に映ってくる。

 しばらく時間が経って、気づかないうちに夢の横断歩道に近づいてきた。横断歩道まで道はまっすぐなのでそのままアクセルを踏み続け、周りの景色を見て再び前を向くと、

 1人の女性が、道路を横切ろうとしているのが見えた。

 それから、庇うようにその女性を押し出して、代わりに出てきた女性が見える状態となった。 

 僕は最初にクラクションを鳴らす。


「間に合ってくれ!」

 

 僕はブレーキを精一杯踏み締める。

 けど、間に合わなかった。


 ブレーキを踏んだ直後に、物とぶつかったような感覚が確かにあった。 

 僅かな間塞ぎ込んだ目を恐る恐る開けてみると、

 そこには靴が脱げて倒れてた女性が立ち上がる様子があった。


「良かったぁ」


 ひとまず安心し、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 女性が靴を拾って横断歩道を渡るのを待ってから、アクセルを踏んで約束に間に合うように急いで車を進めた。


 結局、巡子ちゃんの約束には少しだけ遅れて到着することができた。

 久しぶりの再会に喜び、充実した時間を過ごすことができた。

 その後、余韻に浸れながら客舎に帰ったのであった。

 

 客舎に着いてからバスルームに行ってメイク落としをして、シャワーを浴びて、家着に着替えて、ベッドルームに横になった。

 

 遊んで疲れてたので、早く就寝することにした。


 眠ろうとしている間、ふと思い出した今日のことについて、ブレーキを思いっきり踏んだ後、確かにものにぶつかった感覚があったはずなのに閉じていた目を開けると誰も車にぶつかっていなかったことを不思議にも怖くも感じ取れた。


 僕はだらしない性格だから気をつけていかないとと思った。他にも色んなことについて考えながら眠りについた。


「ポッポー、パッポー」


 身体に響くような鳩時計の音で僕は目が覚めた。あまり目覚めは良くはなかった。


 そして見渡すとそこは<今>はないはずの僕の部屋だった。



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