第51話 「・・・顔に出なくて良かった」

 雄二が美人姉妹の家にいる頃。雲雀は姉の沙織と雄二の自宅マンションにいた。

 

 興奮気味に部屋を見て回る沙織に呆れ気味つつ、雲雀が紅茶を淹れている時、


「雲雀はさぁー、ご主人くんのこと好き〜?」

「………はい?」


 いきなりの質問に、雲雀はティーポットを傾けるのをやめた。僅かにだが、頬がピクリと動いた気がする。

 妹のことに敏感な沙織は、そのことに気づいた上で、


「質問を変えよう。ご主人くんに何かしてあげたいことってある?」

「質問の意図が変わってませんか」

「まあまあいいじゃなーい! で、どうなの?」

「何かしてあげたいこと……。メイドの私が普段とは違うことをして喜ばれるのでしょうか?」

「はいはい、そんな自分を卑下しない! 雲雀は魅力的な女の子だよっ! ご主人くんも可愛い可愛いって毎日だらしない笑みを浮かべてるでしょー?」

「雄二様の顔は怖いですよ」

「それは知ってる! じゃなくて……と、とにかく! 雲雀みたいな可愛い子が何かしてあげれば喜んでくれるの!」


 納得がいってない様子の雲雀に沙織は続ける。


「中間テスト最終日って言ってたじゃん。お疲れ様ーってことで、ご主人くんにご褒美あげない?」

「ご褒美……ですか」

「そう、ご褒美! ご主人くんもテスト勉強頑張っていたでしょ!」

「そうですね……」


 雄二が中間テストのために夜遅くまで勉強していたのは、同居人の雲雀がよく知っている。


 雲雀は顎に指を添え考える。

 ふと、ショッピングモールでの会話を思い出して……。


『てか、結斗は男だから! たとえ男じゃなくても……なんとかなるわ多分! いや、絶対男! 男に決まってる! だから入浴の練習なんていらないから!』

『そうですか。私との混浴は断られてしまいましたか』



「……混浴」

「おお? 雲雀のお口からそんな言葉が出てくるとは……意外。むしろエロい!」


 口に出してハッとする雲雀。

 すぐ訂正しようとしたが……


「1つ目は混浴……その名もメイドのご奉仕お風呂で決まりだねぇー! ご主人くんいいなぁー! アタシと変わって欲しい〜〜!」


 沙織がノリノリなので訂正は無理だとすぐに判断した。


「他は他は!」

「他……。………。思いつきません」

「もうちょっと考えてよ〜。例えばぁー、身体でご奉仕、とか♪」

「冗談でもそういうことを言うのはやめてください」

「ごめんなさいー」

「そんなことをしても雄二様は喜ぶところが逃げるかと思います」

「ほう? 彼はヘタレなのか?」

「ヘタレというか、無自覚ヘタレです」

「あー、もっとタチが悪い」


 あちゃー、とおでこを叩きながら沙織が次なる案を考えた。


「じゃあくじを作ろう。3つくらいでいいかな。『テスト勉強を頑張ったご褒美が書いてます♡』と言って選ばせれば、彼も拒否はできないだろう」

「悪知恵が働きますね。ですが他の案が思いつきません」

「3つとも、お風呂にすればいいのだよ」

「姉さんはほんと、変なところで賢いですよね」

「ふふふーっ! もっと褒めてくれてもいいのだよ? って、今姉さんって言った!? 言ったよね!」

「言ってません」

「もう一度言ってよ〜〜」


 うるさい姉から離れるように雲雀はティーポットを持ちながらキッチンへ向かう。


「メイドのご奉仕お風呂……」


 私なんかが、ご褒美になるのでしょうか。




「ふーん。ご褒美をあげたいと思うほど彼を慕っているんだねぇ……」





「では雄二様。マットに仰向けになっていただいて」

「それは本当に洒落にならないからやめよう」


 腰にタオルを巻いて浴室に入れば、雲雀がそう言ってきた。よく見ればマットなんてない。……良かった。


「なぁ、【メイドのご奉仕お風呂】ってなにをするんだ?」

「………」

「?」

「なにをしましょう」

「考えてないんかい」

  

 まあくじは沙織さん作成って言っていたしなぁ……。


「沙織さんの悪ノリに付き合わされているんだったら無理しなくていいぞ?」

「無理はしてません」

「お、おう?」


 妙にやる気なんだな。しかし、沙織さんの差金なのは多分間違ってないと思う。

 雲雀はまだ何をするか決めてないようだし、変なことを言う前に俺の方から……。


「じゃあ背中を洗ってもらってもいいか?」

「分かりました」


 雲雀がボディタオルをお湯で濡らし、泡立てている間に、俺は椅子に座る。


 な、なんだか緊張するなぁ……。


 落ち着かない俺は指を動かしたり、腕触ったり……ついには、首だけ動かし、チラッと雲雀を見る。


 雲雀もバスタオル一枚の状態である。一枚ということは、より身体のラインが分かるということで……。


 手入れされた腰まで伸びる綺麗な黒髪。スタイルもよく、腰は細いのに出るところはしっかり出てる。特に今は豊満な胸がはっきりとわかる。


 いずれも美人姉妹に劣らない美貌。


 雲雀って……美人だよなぁ……。


 居心地の良さから忘れていた、当たり前のことをまた実感する。


 雲雀がメインヒロインとして登場していたのなら、結斗主人公もすぐに惹かれたりして……。


「雄二様。お背中を洗わせていただきます」

「あっ、ああ。お、お願いします……」


 どうやら準備が終わったようだ。

 背筋を伸ばして前を向くと、まずは温かいシャワーの水で軽く背中を流された。次にたっぷり泡立てたボディタオルで背中から優しく撫でるように洗われる。


「洗い加減はどうですか?」

「ああ、ちょうどいいよ……」


 ゴシゴシと心地いい泡の音と、肌を傷つけない痛さつつも、汚れを落とすようにしっかり洗われる。


 むに、むにゅ。


「………」


 時折、背中に泡とは全く別物の柔らかいものが当たる。俺は鈍感ではないのでナニが当たっているのか、すぐに察しがつく。


 ……おっぱい。おっぱいだよな!!


 背中を洗うにはある程度近づかないといけない。だが、身体よりも出てしまうものがある。それがおっぱい!!


「たはぁ………」

「どうされました雄二様? 頭など抱えて」

「いや、なんでもない。続けてくれ」


 いかんいかん……互いにバスタオル一枚という空間のせいか、普段考えないアホみたいなことが脳裏を過ぎる……。


 雲雀は真面目に背中を洗ってくれているんだ。俺が堂々とそれを受け入れないでどうする。


「お背中、おおきいですね。逞しいです」

「………っ」


 なんでこういう時に限ってなんだか色っぽいことを言うのさ!!


「よ、よしっ。もう綺麗に洗えただろうし、流していいぞ……!」

「はい」


 泡を流し終えると、分かっていたが雲雀が言う。


「雄二様。次は何をしましょうか」

「雲雀……」

「はい、なんでしょう」

「もうご褒美は堪能したから終わっていいぞ」

「………」


 雲雀は相変わらずの真顔だが……「はい?」と思っているのを感じるぞ……!


「考えてみろ。雲雀みたいな美人のバスタオル一枚姿を見れただけでご褒美なのに、背中まで洗ってもらったらもう、ご褒美超えてバチが当たるかもしれない!」

「私が自らの望んでしていることに、なぜ雄二様が遠慮するのですか?」

「……うぐっ」


 超正論。ここ断れば雲雀の好意を無駄にすることになるけどさぁ……!


「雲雀はさ、すっごい美人なの」

「はい?」


 自分でも唐突に何を言っているか疑問に思うが、もう正直に話すしかない。


「美人で身体もすごく綺麗だし……そんな雲雀に、俺みたいな男はこれ以上されてしまうと、心臓が持たないのですよ……」


 顔面がとんでもなく熱くなってきたので雲雀から顔を逸らす。


 恥ずかしい…… 。さっきまでタオル一枚で浴室にいるのとはまた別の恥ずかしさ。むしろこっちの方が……。


「雄二様もそんなお顔をされるのですね」

「へ?」

「お顔、真っ赤ですよ」

「っ!?」


 指示され、ますます赤くなる。そんな俺に対して、雲雀は相変わらずの真顔。俺だけ意識してどうするんだよ……。


「雄二様が終わりでいいと言うなら私は上がります」

「ああ……あとは1人でゆっくりするよ……」

「ではごゆっくり」


 雲雀は浴室から出た。その後、着替え終わって戸が閉まるのを聞いてから、


「は、はぁ……」


 盛大なため息をつく。


「雲雀のご奉仕お風呂……あのまま続けていたら、どこまでいったのやら……」







 私のような感情が表に出ない、顔に出ない女が、メイドとしての仕事以外のことをしても雄二からすればつまらないと思っていた。

 そこまでいかなくても、普段のように何事もなく終わると思っていた。


 なのに、


『美人で身体もすごく綺麗だし……そんな雲雀に、俺みたいな男はこれ以上されてしまうと、心臓が持たないのですよ……』


 耳まで真っ赤な顔。恥ずかしさから少し潤んだ瞳。


 ——本気で照れていらっしゃる。


「……顔に出なくて良かった」


 雄二様の初めての表情に、見惚れて私まで顔を真っ赤に染めてしまいそうだったから。

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